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アニばらワイド劇場


第37話 「熱き誓いの夜に」 〜玉響〜 
 


耳を澄ますと少年の声が聞こえた。

明るく弾むような少年の声。そのリズミカルで心地良い響きに誘われ外へ出る。
ひんやりとした広間の床を蹴り、厚く重たい扉を開くと、光の粒子が大理石の床を一斉に駆け抜けた。

初夏の眩しい陽射しに一瞬目が眩んで、立ち止まる。
それから、ゆっくりと見上げた空は碧く輝いて、そう・・・真っ白な花束のような・・・鮮やかな真昼の光線がいくつも、いくつも地上に降り注いでいた。

注意深く耳を澄ましながら、風に揺れる木立ちの間を歩く。
登りやすいようにと横広がりに剪定されたプラタナスが大きな黄緑色の葉をなびかせ、まるで私たちを誘っているかのようだ。確かあの木は私と同じ年のはずだが・・・・・成長の速いプラタナスは2階の窓を軽く超え、滑らかで美しい樹幹の色合いを日々変化させながらを毎年その存在感を増している。
サラサラと歌うような葉の音を聴きながら頭上の枝に手を伸ばす。
私と少年の間で交わされた些細な約束。そこの枝が私で、あっちの枝が少年ので・・・それがお互いの指定席。どちらが眺めが良いかで言い争ったあの日がつい昨日のことのように思い出される。

ふと振り返り瞬きをする。不思議なくらい穏やかで安らかな気分でいる自分に思わず笑みがこぼれた。
爽やかな香りに包まれ深呼吸をすると、幾千もの光の粒が私の髪に降りかかり、宝石のようにキラキラと煌いた。



それまでは金髪なんて、ほめられたところで嬉しくもなんともなかった。クルクルとしたくせ毛が額にかかるのが嫌で伸びればすぐに切り、それをもったいない等と考えたこともない。だが、彼に初めて「綺麗だね」と言われた時、思いがけず私の心臓がトクンと小さな音を立てた。
・・・伸ばしてみようか・・・と、何故だかそう思った。
自分の突然の心境の変化に微かな胸の高鳴りを覚え、じっと彼の顔を覗き込む。すると少年は頬を赤く染めながら「とっても綺麗だ」、もう一度そう囁くと、そっと私の髪に触れ、優しく笑った。

私を見つめ返す少年の瞳に私が映る。・・・これは何色だろう・・・?
そう、深い森のような・・・・・美しい緑色の目をした少年。
どれくらいそうしていたのか・・・私の髪に触れるその指が、一瞬だけ頬に触れ、はっとする。
急に、アンドレが大人びて見えた。

微かだった心臓の鼓動がどんどん速くなる。


“もっと長く、もっともっと長く・・・たまにはきちんと手入れもして、そうしたら・・・そうしたら今よりも、私は綺麗に見える・・・?”




身近にアンドレの気配を感じながら、枝の隙間から零れる光を手ですくい、伸びかけた髪をそっと撫でてみる。
緑の風に吹かれてサラサラとなびく黄金色の自分の髪が、・・・ほんの少しだけ誇らしく思えた。




・・・オスカール!オスカール!!


小鳥たちのさえずりに混じって、今日も私を呼ぶ声がする。
吹き抜ける風が木々の色を濃く、深く、力強くしていくように、不思議な少年の声はだんだんと私を変えてゆく。


鼻歌交じりに歩く初夏の午後。
明るい期待感に胸は満たされ、いつしか私は彼の元へ全力で駆け出していた。



       


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