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アニばらワイド劇場


陽は沈み、陽は昇る 〜勲章〜



またか・・・・・・・。
人々の視線にうんざりする。


国王陛下の御恩情により事なきを得て以来、妃殿下の落馬騒ぎの一件はその後責任問題が蒸し返されたりすることも無く収束へ向かった。
事態の深刻さに対し、あまりにも寛大な国王の御沙汰は王族やその周辺貴族たちの反発を招くのではという懸念もあったが、今のところそれも無い。表面上は概ね寛容な態度で受け止められている。
妃殿下やフェルゼン伯、そして処罰無しのご裁断を即時下された国王陛下にはどんな感謝の意をもってしても足りることはない。

その国王陛下が突然・・・お倒れになった。

第一報を受け緊急会議が開かれ、出来る限り内密にことを運べとの指令が下る。
まだ宮廷は静かだ。御年64歳の陛下の身にもしものことがあれば・・・一部の貴族たちは大混乱に陥るだろう。

ベルサイユがひっくり返る前の静けさは、一件以来感じる妙な視線と相俟って耐え難い息苦しさを私に与えていた。と言うのも、どうも近衛隊長の地位に女が就いているという不自然さを、ある下劣な想像によってでしか納得できない人種がいるらしい。

妃殿下お輿入れの際、父でさえ口にした"身代わり"という言葉がふと頭に浮かぶ。

男ならば一心不乱に職務に没頭し、命をかけてフランス王家をお守りする――― それが私の人生であっただろう。だが、女は違う。本来いるべきではない場所だからなのか・・・<王室を守る為>では足りないようで、女ならではの特別な存在理由が、今の私にはなくてはならないらしい。


オスカルは諦め半分今日も微かな溜息をついた。



  


「そう言えば・・・・・近衛隊長、私の妻もどうやら君に夢中らしい。若い愛人と遊ぶのをやめて、最近では君の話ばかりしているよ」


急病により国王不在となるも、ベルサイユ一豪華な部屋で開かれる晩餐の宴にはいつも通り、暇を持て余す王族たちが集まった。
たけなわを過ぎ、男ばかり6名程が残った酒の席でオスカルの憂鬱はピークを迎える。



「女性が女性を魅了するとは、実に不思議な現象ですな。私は恋人に相手にされなくなりましたぞ。君に彼女の愛情を横取りされた格好だ。さて・・・どうしてくれよう?」

領地の農民をこき使い いかに多くの物と金を搾取するかについての議論が一段落すると話題の矛先はオスカルへと向けられた。
ニヤニヤと酒臭い息を吐きながら好奇な視線を送る王族たちを見つめ、さて・・・今夜はどこまでエスカレートするかな? オスカルは自虐気味に思案する。妙なもので、自分よりもジェロ―デルの反応が気になった。「こんなところで要らん騎士道精神を発揮するんじゃないぞ・・・」そう思ってチラッと視線を投げかけるも、案の定 彼は早くも侮蔑の表情を浮かべ王族連中を睨みつけていた・・・。


「君が若い女性の関心を・・いや、女性だけではなさそうだが、一身に引き付けているのが気に入らないと言っているわけではないよ。君は実に優秀な武官だそうじゃないか?それに随分と情に厚いらしい・・・妃殿下の落馬事件は、あの陛下ですら感心していたようだが・・・・・実際、君はあの従僕と離れがたい特別な関係にあるとか・・・そういうことなのか?」

「命を投げ打ってまで平民上がりの従僕を守ってやらねばならない理由を知りたいと?貴公も詮索好きだ」

何がおかしいのか豪快に笑いながらワインを飲み干す連中の姿は場末にたむろする下品な酔っ払いと変わらない。彼らを最高権力者の一族なのだと認識するにはかなりの努力と忍耐を要したが、オスカルはそれらを表に出すことはせず無表情を貫いていた。


「ふん・・・どんな事情があるにせよ、ご立派な行為には違いない。妃殿下の我儘に付き合うのはさぞや骨の折れる仕事だろう。今回は・・・その、大怪我をしたそうじゃないか?」

動揺する素振りのないオスカルにイラついたように公爵のひとりが席を立ち、いやらしい仕草でワイングラスを弄ぶ。至近距離に迫られ酒臭い息を吹き付けられると、さすがのオスカルも目を閉じた。

「美しいその顔に傷が付かなくて良かったが・・・身体の傷も大変なものだろう?一時は命まで危なかったそうじゃないか・・・若い女性が、可哀想に。だが、それで君は評価を上げた。同じことをしろと言っても他の武官にはまず出来まい。君だけの、それは見事な勲章といってもいい」


早鐘のように心臓が騒ぎ出す
・・・・・・・・・・嫌な予感がした・・・・・・・・・



  


「見てみたい」


泥酔しているとは思えなかった。
公爵はこの場で私に裸になれとでも言うのだろうか?


「どうした?陛下が心を打たれた勲章がどんなものか・・・構わんだろう?我々にも見せてくれ」


冗談ではないらしい。
ここまでの要求は初めてだったが・・・・・そうか、動揺しているのは彼らの方だ。
国王が倒れ、このまま崩御ともなれば現在の栄光そのままというわけにもいかず、今頃どうしようもない焦りと、不安の中にいるのかもしれないな。それでこんな無茶なことを言って気を紛らわせているのだろう。
やけに冷静にそう考えると、心臓の鼓動がみるみる静まった。


「・・・何をおっしゃるのですか?そんな事が許されるとでも―――」


わなわなと震えながら身を乗り出したジェローデルを制して、公爵を見つめる。



「うん?わしは近衛隊長に訊いている。どうなんだ?オスカル」


「分かりました。それ程までにご覧になりたいのなら・・・お見せ致します」



  


  


ベルトを解きサーベルをジェローデルに渡す。

軍服を脱ぐ間、何も考えないようにしていた。王族たちの薄ら笑いには軽い吐き気を覚えたが・・・ここで何らかの感情を表に出す方が恥と思われたので、黙々と作業を進める。

ブラウス姿になると部屋がしんと静まり返るのが分かった。
しかし、胸元のリボンに手をかけようとした瞬間、その声は聞こえた。



  


「そこまでだ。運悪くこの場に居合わせてしまったことで私まで同類と思われては適わない。近衛隊長、部下の前でとんだ余興に付き合わせてしまったようで、大変申し訳ない。軍服を着たらすぐに退出したまえ」


オルレアン公が王族たちの馬鹿げた要望を取り下げるのを聞いて、内心安堵する。
身体の傷を見たいと迫った公爵は、小さく舌打ちをすると相変わらずニヤけながら「つまらんのう」と呟いた。
それを見てオルレアン公が咳払いをする。ひょっとするとジェローデル以上に、彼は強い侮蔑の表情を浮かべ公爵を睨み付けていた・・・。


「貴公のような無礼者が同じ一族とは嘆かわしい。オスカル・フランソワは命がけで王太子妃を救った。その手柄を賞賛するどころか身体を見せろとは破廉恥にも程がある。覚えておかれた方がよいな・・・オスカルは次期王妃であるマリー・アントワネット様から一番にご寵愛を受けている人物だということを」


それからオルレアン公は私に向き直り、気持ち悪いくらい慇懃な態度で謝意をあらわにした・・・。



  



  


「本気で脱ぐと思ったか?」


悪趣味な場面に立ち会わせてしまった後悔もあり、少しおどけながらジェローデルに呟いた。

「そんなこと、私がさせませんよ」

即答したジェローデルは一呼吸置いて続けた。

「あれ以上続くようなら、殴ってでも止めています」

「・・・・・・・」

「公爵をですよ」

「・・・勘弁してくれ!!頼むからこれ以上、王族に怪我を負わせるのはやめて欲しい。勲章なんか、もう要らんぞ」



私の疲れた笑い声は弱々しく天井に響き・・・微かな余韻は太陽王の彫刻に吸い込まれ、空しく消えた。



  


明日は・・・休みだ。


屋敷に戻り一息ついた途端に怒りと悔しさが込み上げた。
オルレアン公に止められなかったらどうするつもりだったのだ?
ジェローデルの助けを待つのか?
それでは本末転倒だ。万が一にでも部下を危険に晒すまいとあの行動に及んだのに・・・
いや、違うな・・・・・。何もかもが酷く面倒に思えた。常識も、正論も、通用しない世界がある・・・
見たいなら見せてやろう。それで気が済むのなら、それで終わるなら・・・。

・・・・・・女の身体は、不自由だ。周りは男ばかり・・・だから、私は常に気を張って用心していなくてはならない。



「なんだか疲れたな・・・・・・・」

声に出してみると意外に間抜けで、乾いた笑いが込み上げた。


・・・なんだか、とても疲れたけれど・・・それもやがて、どうでもよくなった。



  


「オスカル!オスカル!!入るぞ」


ドアを開けると既に出来上がった様子のオスカルがソファーにひっくり返っていた。
豪快に軍服をはだけて横たわる姿はとても女とは思えない・・・・・
酔い覚ましに持って来た水をかけてやろうか。
一瞬グラスを持つ手が傾きかけた。
・・・眠っているのかな?
・・・こいつがこんなになるのは・・・初めてのことだ。

何かあったのか・・・?オスカル、どうした?何があっ・・・た・・・


「痛っ!・・・おいっ・・・何するんだよっ!?」

ソファーに近付き屈んだ矢先に、股間を蹴り飛ばされた・・・。
しみじみ・・・油断大敵だと思い知る。



「ん?なんだ・・・アンドレか?どうした、何をしている?ここは私の部屋だぞ」

「何をしているじゃないだろ!?おまえ勝手に旦那様の酒を持ち出しただろうが・・・その行為は、残念だが おばあちゃんにバレている。怒ってたぞ!・・・おい・・・オスカル、その年で なんて酒飲んでるんだ、おまえは・・・・・!?」

オスカルは眠そうな目を擦りボトルを取り上げるとラベルを確認する。

「これか?・・・ええー・・と、コニャックだそうだ」

「だそうだじゃない。女の飲む酒じゃないぞ」

「・・・・女?私は、女か・・・?」

はて・・・酔っ払って記憶が飛んでいるのだろうか・・・?
だからと言って、おまえ・・・とうとう自分の性別まで分からなくなるなんて!アーメン・・・ッ 神よ・・・!!


「おい、アンドレ。オスカル・フランソワは女か?」

「嗚呼もう・・・女でも男でも、どっちでもいいよ。オスカル、とにかく起きろ!風邪を引くぞ」

「・・・身体の傷を見せろなんて・・・・・まったく、ふざけるな・・・・・」

「え?なんだって・・・?オスカル、今なんて言ったんだ?」

相当飲んでいるようだ。本当に・・・今日は何か大変なことがあったに違いない。
ゆっくりとオスカルを抱き起こしながら耳を澄ます。


「アンドレ、おまえも見たいと思うか・・・?」

「何を?」

「私が今ここで裸になったら、どうする・・・?」

「・・・風邪を引くって言ってるだろ?やめとけよ」

「冗談で言ってると思ってるだろ?」


本気で心配になって来た・・・。今夜のオスカルはどうかしている。
冗談で言ってるんでなければ何なのだ?誘惑してるのか、俺を?
そんな事があり得るのだろうか・・・?

コニャックの薫りを纏ってぐったりするオスカルを抱えながら全力で思案した結果・・・『何か強烈に嫌な出来事があったせいで強い酒をあおり、よって今夜のオスカルは一時的に錯乱している』という結果に落ち着いた。



「へぇー・・・俺に襲われたいのか? ほらほら、しっかりしろよ。おまえに欲情しなきゃならんくらいに俺が切羽詰まっていたら、そこらの女が放っておかないよ。ははははは〜・・・」

ははははは〜・・・じゃないだろ・・・。
我ながら切ない・・・・・こっちは素面なんだ。手も足も出ないさ・・・・・・勇気を振り絞ったとしても、出るのは涙くらいかな?切なくて、オスカル・・・泣けてくるよ。分かってんのか、おまえ!?

顔で笑い、心で泣き叫んでいるとオスカルは少し正気に戻ったようで・・・深呼吸とも溜息ともとれる大きな息継ぎをした。


「・・・そうか・・・。うん・・・・おまえは、きっと そう言うと思った。ふふふ・・・・・・・」


さっきまでの酔っ払いは急に冷静な素振りでそう呟くと、笑いながら立ち上がり、ぐわーーー・・・と、壮大な伸びをした。




「しかし・・・何を言い出すかと思えば・・・・・・おまえに誘惑されるのも、まぁ、悪くないけどな。出来ればもっと違うシチュエーションで頼むよ。さっきはほら、思い切り蹴っ飛ばされてるし・・・・・もっと優しく誘われれば、気分も違ったかもな?」

乱れたソファーのブランケットを直しながら照れ隠しにブツブツくだらない事を呟いてみる。

「だいたいな、おまえが知らないだけで俺だってけっこうモテるんだぞ。・・・・・・・・って、聞いてるのか?」

そして振り向いた瞬間・・・目を疑う光景が飛び込んで来た。

「うわっ!?・・・オスカル!おまえ・・・何してるんだ・・・?」

上半身裸のオスカルがそこに居た。
解きかけたコルセットをかろうじて身につけてはいたが・・・・・とにかく、女の肌を露にしたオスカルが目の前に居た。



「ちょっと・・・待て!・・・・オスカル・・・」

「ん〜?・・・なんだ・・・アンドレ。おまえ、まだ居たのか?」

ぼんやりと俺を見つめて、なんの警戒心もなさそうだ・・・。

「早く出て行け。私はもう寝るんだから。・・・今日はもぅ・・・疲れた・・・・・ふぁ〜・・・」

大胆な格好でのんびりと欠伸までしている。



「それとも・・・一緒に寝るか?昔みたいに」




今夜の俺は、酒など一滴も飲んではいない。したがって、酔ってはいない。
けれど、急激に頭がクラクラし・・・立ち尽くす身体は炎のごとく、一瞬で燃え上がった・・・。



  


  


「それで・・・?その後、どうしたんだ・・・?」

いつもの酒場で、カミーユの奴が息を殺して聞き入っている。

「今回のは妄想じゃないんだろ・・・?なぁ、それで?ついにお姫様と・・・寝たのか?」


「・・んなわけ・・・・ないだろっ!?」


妙な緊張が解け、カミーユが深い溜息をついた。
こいつ・・・情けない野郎だ。とか思ってるに違いない・・・。
くっ〜・・・・・・

「すぐに部屋を出て来たさ!オスカルのことはブランケットでぐるぐるに巻いてベッドに転がしてな」

「よく分からん・・・その状況で何もしないのはかえって失礼なんじゃないかと思うのは・・・上流階級の作法を知らない下衆の発想なのか・・・?」

カミーユが本気で頭を抱えているのがちょっと可笑しい。
おいおい・・・作法がどうこうじゃないだろ。身分制度云々の話はどうしたんだ?今夜は俺から振ってやろうか。


「なぁアンドレ?」

「次の日オスカルは酷い二日酔いで、何も覚えてなかったよ。ははは・・・それが本当か嘘かなんて事は重要じゃないんだ。とにかく・・・"何も覚えてない"と言ったんだから」


オスカルの裸の背中が瞼の奥に浮かんで胸がきゅん・・・と痛んだ。


「そんなんで・・・現実の女の肌の感触なんかは一気に吹き飛んじまうのか・・・凄いな。見事にコントロールされてるじゃないか!たいしたもんだよ、アンドレ・・・おまえのオスカル嬢は!!」


何が小説家の卵の感性にヒットしたのかは分からない。分からないが、カミーユはいたく感動しているようだった・・・。





俺は・・・・・俺だけは、簡単にあいつに手を出しちゃいけないんだ。
もしも想いを遂げてしまったら、身体だけじゃない。心に取り返しのつかない傷が付いちまう。
オスカルの居る世界。たったひとりで、オスカルが闘う世界―――


情けなくても、構わないのさ・・・・・・
ほん少しの信頼と安堵があれば、生きていける世界が きっとある。



  
     




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