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アニばらワイド劇場


愛の手紙は誰の手で? 〜白昼夢〜



「・・・でな、あいつときたら・・・まぁ偽手紙の一件が尾を引いてるんだろうが・・・こういうものを見ると吐き気がする!って言って、ビリビリーーーと破って、ポイッだ」


目の前の男が先程からワイングラス片手に虚ろな目で語っているのは例によって一般的な貴族の生活風景ではないだろう。だが、大変興味深い。

平民でありながら由緒ある貴族の屋敷に雇われ次期当主たる人物の護衛を任される。更に日常的にベルサイユ宮へ伺候しているとなると・・・さて、どんな事情と才覚と運があればその地位に付けるのか?先ずはその点に興味をそそられた。だが付き合いが深まるうちに この男の話すことすべてが面白くなり、創作意欲が刺激され、今では気安い飲み仲間を越えた大事な存在だ。

特権階級のやつらの我儘を四六時中聞きながら頭を垂れる日々・・・貴族の護衛なんてものはさぞかしストレスが溜まる仕事だろう。可哀想に・・・身も心も疲弊しきっているに違いない。
最初のうちはそうやって、彼に同情していた。

だが、俺の貧困な想像力などは追いつけないところに、どうやらこの男は居るらしい。


見るからに上等な身形というわけではないが、アンドレはいつも綺麗にしていた。ん?男に綺麗という表現はどうかな・・・?小説家を目指していながらあまりにも単純でつまらないこんな言葉しか出て来ない自分がほとほと嫌になる。
う〜・・ん、そうだな・・・絶妙なさじ加減で嫌味なく上流階級の薫りを漂わせ、牧歌的だが品もある。おまけに気さくで話しやすい。・・・こんな男ならきっと女にもモテるだろう。ベルベッドのリボンでしばった黒髪が少し乱れて、前髪から覗く眉毛がキリッと男らしい。あどけなさを残しながら時折 妙に色気のある瞳は、今は酔っ払って充血気味だったが見つめられると思わず笑い返してしまう人懐っこさがある。そして何より、やっぱりこんな店はおまえには不似合いだと思える高貴さが漂っていた。

美少年という言葉は、ちょっと違うな・・・

野郎の姿をこんなにまじまじと観察したことはないが、見れば見る程アンドレは“綺麗”な男だった。あと数年もすれば更に魅力的になるだろう。幼さが抜けきらない今の様子も微笑ましかったが、男は大人になったアンドレの姿を想像してニヤッと笑った。



「どうしたんだ、ニヤニヤして?・・・なぁ、ひどいと思うだろ?読むだけ読んでやればいいものを・・・」

「差出人が女なら読んでいるんだろう?」

「ああ・・・そうだな。うん、女からの手紙なら、読んでるな・・・」

アンドレはポカンとした表情で酒場の濁った天井を見つめると今度はクスクス笑い出した。

「そりゃ〜・・・さすがのあいつだって乙女の恋心を無下には出来ないさ。真剣だものな・・・恋の前では性別とかはもう、関係ないのかもしれん」

薄汚れた天井のシミをどういうわけか愛おしそうに見つめてアンドレが呟くのがおかしくて、茶々を入れてみる。

「男からの恋文は鼻もかんでもらえずに即破り捨てられるんだろ?性別は関係あるんじゃないのか?」

「ああ?・・・・・そうだなぁ・・・」

笑顔が消え、目を瞑ったかと思うと・・・今度は声を上げて笑い出した。

「おい・・・アンドレ?」

「何故だか あいつは恋文って決めつけてるけど、贈られてるのは実は恋人を取られて怒った男達からの抗議文か、或いは果たし状かもしれんぞ。ははははははっ!・・・でなきゃ・・・どんな愛の言葉をあいつに囁こうっていうんだ・・・・?」

言い終わる頃には又してもうつむいて、今度は儚げに頬杖をつくと目を潤ませていた。
いつにも増してコロコロとめまぐるしく感情が入れ替わる。いやー・・・忙しい男だ。



彼は主人であり、尚且つ近衛隊長をつとめる幼馴染みの貴族の令嬢に淡い恋心を抱いてしまい、悶々とする日々を送っていた。

冗談でもそうそう思いつかない奇想天外なシチュエーションだ。

その上での彼の身の上話を聞いているうちに、何やら自分が壮大な冒険旅行にでも出たような気分になり、一緒に笑ったり落ち込んだり・・・気が付けばアンドレ・グランディエという無謀なヒーローに、俺はファン1号として会う度にささやかな拍手と声援を送るようになっていた。




    


   


「・・・というわけで、逆に不健全だと。最近は屋敷の仲間からも心配される始末だ」


3倍目のグラスを空にして、気持ちが盛り上がって来たせいか自虐的な話がかえって心地いい。
もちろん、酒が入ったせいでこんな話をしている。
素面の時は・・・・・あれ?最近は夜こうして会うばかりで昼間に会話することがなくなったが、もともとは絶対君主制に対する微かな反発心に共鳴し合った仲だ。

教会の管轄下にあった学び舎から上級学校へ上がる栄誉を共に得て、俺たちは親交を深めた。本が好きで優秀だった彼は卒業後すぐに神父様の勧めもあって王立図書館の司書見習いとなり、今では自分でも何かを書いているらしい。
何を書いているのかな・・・?初めはコルベールが集めた東洋の写本を一般市民向けにこつこつ翻訳していたようだが、今は独自の感性で物語でも書いているんだろう。自由な発想の持ち主で、物事を決して頭から否定しない人柄はなかなか魅力的だった。
そんなわけで・・・・・ついつい彼の前だと喋り過ぎてしまう。誇張しているつもりはないが彼の反応はいつも予想以上で、随分と興味深げに耳を傾けてくれているところをみると・・・そのうち俺に似た境遇の主人公が大活躍する話が読めたりするんじゃないかな?・・・と、密かに期待している。

喜劇になるか悲劇になるか、それは分からない。

“王立図書館に収められた15万冊の書物を紐解いても、おまえみたいな奴は多分いないだろうな”
どういう意味かは知らないが、とにかくそれが彼の・・・カミーユの、俺に対する口癖だった。




「俺も、悪いがそう思う」

笑いながらそう言い放たれ、空のグラスに再度ワインを注がれた。

「このまま不毛の愛に身をやつして干乾びたいのなら勝手にすればいいが、そのうち性犯罪に走ってお手討ちとかな・・・そんな姿はさすがに見たくない」

言いやがる・・・。
辛いところだ。・・・くそっ・・・!数カ月前の俺ならまだ余裕があったろうが、今は否定し切れない。

俺がオスカルに襲いかかるだと?
ない。それは、ない。有り得ない。そこまで理性を失くすくらいならピレネー山脈の熊と格闘した方がまだマシだ。勝算だって、その方がきっとある。

なみなみと注がれたルビー色の液体を眺める。
身体以上に頭が熱く火照って、なんだか目の前がぐるぐるし始めた。


俺は理性的な男だから、大丈夫!そんなことはしない。


だが・・・、もしも・・・・・あいつから迫って来たとしたら・・・どうだろう?



  
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「また朝帰りなのか?」

今朝もまたオスカルに見つかった。
早朝の冷え切った屋敷の空気とオスカルの視線に首をすくめてみせると彼女は怒ったような悲しいような複雑な表情で溜息をついた。

「3日連続か・・・・・夜の街が楽しくてしょうがないらしいが、いい加減にしないと―――」

「楽しくなんかないさ」

ぶっきらぼうにそれだけ言ってクールに立ち去ろうとしたが、後ろから腕を掴まれた。

「・・・・・・・?」

そういえばオスカルの服が昨夜出掛ける前に見た時のままだった。
瞬きを繰り返す瞳が赤い。青白い顔で・・・俺以上に疲れた顔をしている。
もしかして、一晩中寝ずに待っていたのだろうか・・・?

「オスカル、おまえ・・・」

言いかけた言葉を白く長い女の指で遮られる。

「なんて顔をしてるんだ・・・アンドレ・・・・」

潤んだ瞳に至近距離で見つめられゾクッとなる。

「毎夜パリへ出掛けて、スッキリして帰って来るのならまだしも・・・日増しにやつれていくようだ。どんな相手と夜を過ごしているんだ・・・?何故そんな暗い顔をしている?楽しくない夜遊びを何故するんだ?」

どういうつもりなのかオスカルは益々距離を縮め、俺の唇わずか数センチのところで悩ましく囁いた。
途端に俺は、どうしようもなく泣きたくなって、眉間の辺りがツンと痺れる・・・。
駄目だ・・・オスカル。それ以上俺に近づいたら・・・・・・俺は、俺は、もう自分を抑えられない。

「アンドレ・・・、おまえには私がいるだろう・・・?もうパリなんかには行かずに、そういう気分の時は・・・・・・私を好きにすればいい」


・・・・・・・“私を好きにすればいい”・・・・・・・?

とんでもなく優しい声でそう呟くと、オスカルは俺の外套を脱がすように手を差し入れた。そして・・・安物の香水と酒の匂いの染み込んだ外套が床に落ちるのと同時に、俺は理性と道徳心を綺麗さっぱり失った。


細い身体を思い切り抱き寄せると、逃げようともせずオスカルは・・・俺を見つめ・・・やがて、静かに目を閉じた。



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「おい、アンドレ。・・・おい!・・・・・大丈夫か?」


彼は妄想に浸ってうっとりとしていた。
見慣れてはいたが その姿があまりに面白かったので声を掛けるのを止めて暫く見ていようかと思ったのだが・・・店主に空のボトルを見つけられ次を勧められてしまったので仕方がない。それに、先ほどからチラホラと感じる女たちの視線も気になった。外套を抱き締め恍惚となる男に黙って寄り添う男ということで・・・万が一にでも変な関係と思われたらアンドレにとってマイナスだ。相当に手強い男女に惚れてるらしいが、本物の男には・・・こいつは興味なんかあるまい。
と・・・なんやかんや逡巡している間にアンドレは我に返ったようだ。


「ここまでだ・・・」

「は?」

アンドレは頬を紅潮させつつも真剣な眼差しで語り出した。

「ここまでなんだ。誓って、これ以上はない。この先を想像したとして・・・・・いや、出来ない。顔を合わせた時、どうしていいか解らないからな」

「何言ってるんだ・・・?おまえの妄想の詳細を、別に知りたいとは思わないよ・・・」

言いながら堪えきれず吹き出してしまった。
変わった男だ。自分以外にも随分と出来る奴がいたものだと嬉しくなり一挙手一投足に気を配って観察してみてからというもの、俺はアンドレの大胆なロマンティストぶりに驚かされるばかりだ。
貴族に日々かしずいて生きているのが信じられないくらいにいろいろと自由なところをみると・・・彼はさぞかし恵まれた環境にいるに違いない。そして、アンドレが夢中でいるオスカル嬢・・・・・片時も離れず彼と共に育ったのならば、彼女もきっと・・・・・いい人間なのだろうな、こいつみたいに・・・。素直に、そう思う。



   

  


「なぁ アンドレ、身分制度ってやつをさ・・・どう思う?」


冷や水を浴びせられた・・・という程でもないが、現実に引き戻された。
そろそろ帰ろうと思っていたところだし、酔い覚ましにはちょうどいい話題だ。
だが・・・カミーユのことだ。分かって振って来てるんだろうなと思いながらも、微かな苛立ちを覚える・・・
話したこと全てが急に恥ずかしくなるじゃないか!

ああ!・・・分かってる・・・分かってるさ・・・・・。




「それは前にも話したじゃないか。俺は上級学校で啓蒙主義について学ばせて貰ったって事だけで、感謝してるよ。絶対王政の世の中と言えど人民ひとりひとりの心まで王が支配できるものじゃない。本当なら、俺は今頃 修道士にでもなっていたかもな・・・そうしたら、こんなところで友達と酒を飲んで馬鹿な話で笑ってはいられなかった。感謝してるんだ、本当に・・・旦那様には。身分制度については・・・・・大丈夫。分かってるよ、カミーユ」


  


意地が悪いな、俺は・・・・・
先程の問い掛けがひどく悔やまれた。そう、分かってるんだ、俺たちは。夜のこんな場所で、別に話さなくてもよかった。そういうことを・・・むしろ忘れる為の時間だったのに。

アンドレは笑いながら水を一口飲んで、次の酒をと盛んに薦めて来る店主に済まなそうに手を振っている。


そうさ。分かってるんだよ・・・・・・おまえは・・・・。






「・・・・・あのー・・・・もう一杯いかがですか?先日ボルドーから仕入れたもので・・・うちでは一番上等のワインです。あの・・・ね?お願いします・・・もう一杯・・・」

この店で一番上等だと思われる娘が、気が付けば申し訳なさそうに赤褐色の高級ワインを差し出していた。
店主に行って来いと尻を叩かれたのだろう。チラッと後ろを振り返って首をすぼめている。それからアンドレを見て顔を赤らめた。強引な接客に後ろめたさを感じているのはアンドレに好意があるからだろうな・・・・・この娘を使ってどれだけぼったくる気なのか・・・・・やれやれと思って軽く睨んでやると店主は意味ありげにニヤリと笑って厨房へ消えた。


「悪いなぁ、今夜は帰るよ。近いうちまた来るから、それは取っておいて」

娘は「はい」と小さく返事をするとワインをリザーブした俺ではなくアンドレに にっこり微笑んで、去って行った。

「飲み足りないな・・・よし アンドレ、店を変えよう。いいところへ案内してやる」

「え?今夜はもういいよ・・・また次の機会に―――」

「アンドレ、いいところへ案内してやるって言ってるだろ?」


ホントに意地が悪いな、俺は・・・・・・!
一旦沈んだ気分が妙なことをきっかけに再び盛り上がった。
さっきの娘の何十倍もの強引さでアンドレを店から連れ出す。


「おまえの、さっきの妄想のな・・・続きをみせてやる。ふふふ・・・世界が変わるぞっ・・・付いて来い!」



   




  


「朝帰りか?」

背後から響いた声に思わず飛び退くと目の前にオスカルが居た。

「アンドレ、なんて顔をしてるんだ?驚いたのはこっちだ」

朝からよく通る声で・・・・・酒と、あと他にもうひとつ体験したことの興奮から覚め切らない頭にオスカルの凛々しい声は痛いくらいにキーー・・ンと響いたが、俺はもう昨日までの俺じゃない。
目を見開いて、ここはあえて堂々と対峙してみよう!・・・・・と一瞬思うも、駄目だった。

なるべく目を合わせないように、朝のご挨拶をしてみる。


「おはよう・・・オスカル。今朝はまた随分と 早起きじゃないか」

「そうか?出仕の時刻まであと2時間。普通だと思うが。・・・?・・・・・・・・」


・・・妙な間があった。不穏な空気が漂い緊張が走る。
沈黙に耐えられずオスカルを見ると、不思議そうに彼女は俺を見つめていた・・・。
どうしてなのか、初めて出会うひとを見るような目で、オスカルは俺を見つめていた。
不機嫌な様子はない。ただ・・・不思議そうにしていた。
そうだな・・・・・・・もしも馬が背後で、人の言葉を喋ったとしたら、振り返ってこういう顔をするんじゃないだろうか?

そんな風な顔を・・・オスカルはしていた。


「・・・・・・・・・・・・」

「オスカル・・・?」

「・・・え?・・・・あぁ、そういうことか」


突然何かに納得したように瞳を光らせ・・・・・
それきり、何も言わずにオスカルは行ってしまった。


取り残された俺は独り、目を閉じる・・・ズキズキと痛む頭の中に言葉を喋る馬がぼんやり現われ、俺に向かって一言 「バカ」と呟いた・・・。









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