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アニばらワイド劇場


第37話 「熱き誓いの夜に」 〜溜息〜



自由を求める市民の叫び声を背後に聞きながら、オスカルは必死にアンドレの名を呼んだ。



屋敷を出て僅かのところで暴徒化した市民に襲われ、二人の兵舎への道は塞がれた。
三部会の閉鎖、大蔵大臣ネッケル氏の罷免、続々とパリに集まる王家の軍隊。
王室に裏切られ続けた市民はすっかり見境を失くしたようだったが、辛うじて逃げ込んだ郊外の森だけは夕刻の静寂に包まれている。

虐げられ圧政に苦しんでいた民衆はついに武器を取り、立ち上がった。
今しがた起きた惨事はほんの序章に過ぎない。ぐったりと馬の首に寄りかかるアンドレの背中をさすりながら、オスカルは込み上げる恐怖に震えた。
わずかの時間、戦場とはかけ離れた場所、それでもアンドレに負傷させてしまった事を考えると、この先の任務を終えて無事に彼を屋敷に帰す事などは到底出来まい。
オスカルが何よりも恐れることが現実として迫る中、もはや選択の余地はないものと思われた。




「アンドレ、アンドレ・・・!」
耳元で呼び続けるオスカルの声にアンドレはようやく反応し、目を開けた。

「気が付いたのか・・・アンドレ?」

「!!・・・オスカル・・・?どうした、おまえ、怪我は!?」

目を覚ましたアンドレは馬から転げ落ちるようにして下りると勢いよくオスカルの肩を掴み、引き寄せ、全身をくまなく見渡した。
瞬く間の行動に驚き圧倒されたオスカルは逆によろけて倒れそうになったものの、慌てて体勢を立て直し、アンドレの瞳を覗き込む。

「私は大丈夫だ。おまえの方・・・・・」
オスカルが言い終わらないうちにアンドレは「よかった」と短く叫ぶと安堵の表情を浮かべ、草木の中へ崩れるように腰を下ろした。

「アンドレ!?」

オスカルの声は悲鳴に近かった。



「・・・・・・・・」

ここは何処だ・・・・?

黒い木々のシルエットの間に紅から藍色に変わる空の様子が垣間見える。
草木の匂い、手に触れた地面の感触、・・・森の中であることに気付いてようやく状況が飲み込めた。


「アンドレ・・・!」

動揺するオスカルの声がすぐ近くまで迫った時、頭部に違和感を覚えた。
視力を失っている左目付近は右側よりも感覚が鈍くなっているらしく、触れるとぬるりとした鮮血を感じるものの不思議と痛みはない。

そう・・・身体の傷など、もうどうでも構わない。

愛するひとが今、目の前で少女のようにか弱く不安げでいることが、肉体に受けた怪我の何倍もの痛みとなって、アンドレを傷つけた。




「オスカル・・・」
アンドレは微かに視力の残る右目を見開いてオスカルを見つめた。



「大丈夫だよ!・・・・・ごめんな、オスカル」

笑いながら囁くアンドレを見てオスカルは折れるようにその場に屈み込むと、そっと彼の手を握り、長く静かな溜息をもらした。




              



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