幽明花



さやさやと
かすかな葉擦れの音


この竹林では
風さえも迷子になると言う


年経た数知れない竹が
まっすぐに天を指す見事さ


光と影が
夢幻の綾取りをしているような
この林をさ迷いながら
いつも私は問いかけるのでございます


人はなぜ
とこしえの命になど憧れるのかと


不老不死
それは終わることのない生


前へ進むことなく繰り返される
緩慢なる日々の営み


出会う人誰もがみな
自分を追い越し
限られた生を全うして
彼岸へと旅立って行くのを


ああ
なんと数知れず見送ってきたことか


老いも死も超えてしまった女は
すでに生の輝きすら持てないのです


花は枯れるからこそ
ひとときの美しさを愛でられる


枯れぬ花など化生と変わらぬ
そう 私とて同じこと


見せかけの鮮やかさをまとい
ひんやりと雪の中に咲き続ける
季節はずれの徒花(あだばな)


わかっております


さだめを恨んだとて無為なこと
ただ


陽炎のように漂いながらも
少しずつ身内に澱んでくる
終われなかった生の燃えかすが


いつしか私を取り込み
鬼と変じてしまうかもしれない


そんなわが身の業が
恨めしいのでございます


あなた様は私の身体から
穢れを落として下さろうとなさる


数十年に一度の再会


前にお会いした折
あなた様はおいつくでしたろうか


次にまたお会いすることが
かないましょうか


いいえ
そうではない


このようなことを繰り返しすより
いっそ
私がこのまま鬼に変じてしまったなら


あなた様のふるうお力によって
この呪われた生を終わらせることが
できるのかもしれない


たとえあさましき姿となろうとも
あなた様に祓われ浄化され
露のごとく消えられるなら


私はほほえんで
彼岸へと旅立てましょうか


それとも


宿命に逆らうことなく
永久の時の流れを見続けることが
行くべき道なのでしょうか


そんな思いに
幾度もたゆたいながら


やはり
私はこの竹林を抜け


数十年ぶりにあの橋を渡り
あなた様のお屋敷へと
向かおうとしている


今宵が約束の日


あなた様の涼やかなまなざしを
思い浮かべながら


変わることのないこの姿を
あなた様の前に晒そうとしている


枯れることのない生を厭いながら
その生を切り離すこともできない


これもまた
わが身の業の深さなのでしょうか


竹の葉が鳴る
さやさやと


この林は
まるで幽明の境


葉擦れの音に
引き戻されるように振り向けば


深い竹林の上に
晧晧と
月が照るばかりでございます



(写真 まさこさん)
サイト『大きな木』