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セルレアさんへ感謝をこめて。


空  蝉

― 惑う思い ―



夏の夜はつらつらと長く
かりそめ人にさえ
なやましき恋 生ずるものか


寝つかれぬまま
ふと耳にせし声を頼りに
闇の向こう訪ぬれば


うつらうつらと
眠りに落ち行かんとする
小さき寝姿


そのあえかなる様
いとも頼りなく


心動かさるるままに
軽々と抱え上げ
連れ去らんとするを
どうか責めたもうな


思いよらぬことに
震える女人は驚き嘆けど
声もたてられず


ゆかしく薫る衣の主が
かの噂に高き光の君と
知ればなお心乱るるなり


甘き言葉にも耳を貸さず
か細き腕にて
ひたすら抗わんとするは


ひとときの幻に流される
己が浅ましさを怖れるゆえか


たとえこの身は低くとも
ささやかな誇りすら砕かれるは
あまりに情けなしと


風にたわみながらも
決して折れぬ柳の枝のごとく
かたくななまで心閉ざす人


すでに夫のある身なれば
どのような望み抱くも叶わぬ


遅すぎた出会いなど
ただ苦しきのみ


どうぞ忘れ給えと
涙ながらにかきくどく様は
なお悩ましく
しみじみ見ゆるなり


今ひとたびの逢瀬を
いかに源氏の君が願うとも
捕らわることあたわず


その腕に残せしものは
儚き恋の抜け殻


ふたたび出会うたとて
何となろうか


せめて短き夢の間を
なつかしく思い暮らすこそ
我が身にはふさわしきこと


遠くには見え
近づけば見えずと言う
帚木(ははきぎ)の梢には


美しき君の面影が
けざやかな夏の一夜が
たゆたいて


忘れ詫び
ただひとり打ち沈みしも
自ら定めたことなれば


嘆くも甲斐なしと
哀しく言い慰む


薄衣ひとひら残し
かき消えしかの女人を
光の君はいとおしく
空蝉と呼びにけり