このイラストはカウント10000を記念して
よもぎさんからいただきました。
よもぎさん、ありがとうございました。




玉響(たまゆら)



その屋敷には
荒れるに任せるがごとき庭あり


ぼうぼうたる草生い茂り
木々は思い思いに枝を伸ばし
季節ごとの花が薫り放つ


主(あるじ)は縁に座し
しどけなき様にて
庭を眺むるなり


その視線の先には
松の樹にからまり
見事に咲きたる藤


はらはらと
風にこぼるる花弁
一面に地を覆い
むらさきの薄縁(うすべり)と
見まごうばかり


みつめたる主の口元に
かすかなる笑み


そろそろか、と
つぶやくうちに


いと不思議


重たげな花房の合間より出づる
朧(おぼろ)の光
やわらかき気配となりて
すぅと伸び


見る見る間に
あでやかなる女人の姿を生ず


白き顔は能面のごとく
紅き唇も結ばれしまま


音もなく
散り敷いたる花の上に降り立つや
しずしずと
縁の前まで進み来たる


主は静かに頷くのみ


花には花の
虫には虫の
無垢なる魂が宿ることであろう


いかなるしがらみをも覚えず
季節ごとに生まれ
季節過ぎれば去り行く


それはそれにて
幸いなること


なれど
人となりて気づき得る想いも
人ゆえの哀しさ愚かしさも
またいとおしきかな


せめて短き間なれど
人の姿装うて
人の心を生きてみよ、と


主の無言の声が
胸に届いたものか


式神の面(おもて)に
初めて浮かびたる
美しきほほえみ


貴方様の御傍にて
お仕え申しますると


礼を取るその雅(みやび)なる所作を
いかなる舞にたとえようか


まなざし巡らせば
はや暮れ行かんと
移る空の色の趣きよ


草も木も花も
さわさわと風が運び来たる
宵のもと沈めば


あとは月の出を待ちて
ゆるりと杯を傾けん


人の世は玉響(たまゆら)
夢に酔うのもまた一興と
独りごつ主の横顔


薄闇に白き狩衣の
その人こそ
陰陽師 安倍晴明なり


                               


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