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よもぎさんへ感謝をこめて。


惜   春



わたしは
どこにいるのだろう


ふいにまぶたの奥に
やわらかな光の気配


今は朝なのか
それとももう昼なのか


朦朧とした眠りの底から
ゆっくりと目を開ける


のろのろと
記憶の歯車が回りだし
鈍い痛みが蘇る


なぜ
みんな泣いているのだ?


それほどひどい有様を
わたしはしているのだろうか


見なれたいくつもの顔の中に
無意識に探している


一番見たいと思っていた
一番側にいるはずのその顔


だが
見つからない


 いないのか・・・


そうだな
こんな情けない姿
見られなくてよかった


少しの安心と落胆が
胸の中でせめぎ合う


ぼんやりとかすむ視界が
また狭まってくる


まぶたを閉じ
切ないほどなつかしい面影に
語りかける


おい
どうしていないのだ おまえは?


いったい
どこで何をしている?


ああ そうか
きっと今頃 必死に
ここに向かっているのだな


長江の流れの中
もどかしい思いで
船を急がせているのだろう


大丈夫だ 慌てなくても
わたしはちゃんと待っているから


おまえに伝えたいことが
たくさんありすぎる


いや おまえはすべて
わかっていてくれるな


おまえはただ
わたしを叱りいさめるために
ここへ来ようとしているのだろう


どうやら
わたしはへまをやってしまったらしい


いつもおまえに
もっと注意するようにと
口うるさいほど言われていたのに


たかが刺客と侮ったのだろうと
おまえの小言が聞こえるようだ


おかしなものだな


戦いを怖れたことなどなかったのは
己の力を過信していたからか


人の命とは
こんなにもあっけないものなのか


わたしは
もしかしたら
全力で駆けすぎたのかもしれない


父の意志を継ぐため
この国の力を天下に知らしめるため
がむしゃらに進んで来た


おまえと一緒に
ずっと駆け続けて行けると信じていた


楽しかったな
おまえと夢を分かち合うのは


おまえほどの友は
他にいない
わたしの何よりの宝物だ


なのに


すまない
わたしは遣り残したことすべてを
おまえに託さなければならない


わたしの後を継ぐであろう弟を
どうか助けてやってほしい


わたしを助けてくれたのと
同じように


この国を治める重責を
担わなくてはならない年若い弟を
どうか支えてやってくれ


父を亡くした時の
心もとないわたしを支えてくれたように


おまえだけに
頼めることなのだ


時が流れ 季節が再び巡っても
わたしが残して行く人々が
わたしの逝った春を嫌いにならぬよう


おまえのやさしさで
包んでやってほしい


そして友よ


どうか泣いてくれるな
おまえの涙は
わたしには辛すぎる


おまえはいつも
香気溢れる風のように
気高くしなやかな花のように
涼やかに微笑んでいてほしいのだ


無茶を言うと
また叱られそうだな


もう一度
おまえの顔が見たかった


怒った顔でも
困った顔でも
そうだ 泣いている顔でもかまわない


おまえに会いたかった


窓の外は美しい春
生きる者みなに希望を与える春だ


こんな晴れやかな季節に旅立つとは
ずいぶんと心やすらかだと思わないか


おまえの前途に
眩い光が絶えず射し込むよう


おまえの手から翻る旗が
青空に一番映えるよう


わたしは
わたしの願いを
天まで抱いて逝こう


そしていつまでも
誰よりもおまえを見守っていよう


我が
愛する
友よ