おしろい花



足早なる夏の終わり
仄白き夕べの訪れ


火照りを残した薄闇に
一番星よりまだ早く
星屑真似て目を覚ます


小さき紅の
おしろい花よ


かすかに甘い香
夕風に漂いて


目を閉じれば


遠い夏の向こうに
佇む幼い自分がいる


ちりりん
ちりりん、と


軒下に鳴る
硝子の風鈴


並べて干した
濡れたままの水着


鮮やか色の浮き輪に
砂のついたゴムぞうり


シャリシャリと


西瓜にかき氷
とうもろこし


泳ぎ疲れてまどろむ枕元に
蚊遣りの匂い


うつらうつらと
波に揺られる夢を見て


ただ無邪気に
はしゃいでいられた
幾つもの夏


暑さの盛りがやわらぐ頃


紅色の花々は
薄緑の葉に囲まれて
黒い小さな種となり


手のひらに
ひとつひとつ集めては
暮れ行く空を眺めていた


短い季節の輝きが
褪せて行くのが寂しくて


あれは
いつの夏だったろう


気がつけば
今でも同じ


心地よい風が
少し疲れた道端の
おしろい花をそっと揺らすと


遠い記憶の扉が開いて
夏の名残りの切なさに


あの頃のまま
わたしは立ち止まる


戸惑っているうちに
秋の足音に追いつかれそうで


ああ そうだね


たぶん
どの夏もこんなふうに
過ぎて行ったね、と


頷くように
またかすかに紅色が揺れる


小さき星よ


ほんのり闇に浮かび咲く
香もなつかしき
おしろい花よ



(壁紙 PIPOさん)
『吹く風と草花と』