この詩は、当館カウンタGET 
晶さんへ感謝をこめてm(__)m







〜中大兄皇子へ〜




春の夜は
いつも
どこか物憂くて


うっすらと
やわらかな大気は


目に映るすべてを
ゆるやかな幻へと
すりかえてしまう


そこにあるはずなのに
はっきりと形の定まらない


淡い月を見上げるたび
わたしは
我が身の姿に重ねていました


触れることのかなわぬ
薄い紗の幕に
目の前を遮られ


自分の居場所すら
さだかではない


曖昧な中空に
誰かの手で押し上げられ


心もとなく
浮かんでいるだけ


そう
わたしには


選べるものなど
何ひとつなかったのです


父君が
無実の罪に落とされ
討たれたあの日から


幼い弟たちの命すら
容赦なく奪われ
母君も逝ってしまわれた


何もかもを
巻き込んで奪った
冬の嵐のような出来事


ただひとり
嘆きの淵に追いやられ
心細さに凍え


それでも
生き永らえるしかなかった日々


やがて
そこから
掬い上げて下さったのが


あろうことか
無慈悲な嵐を巻き起こした
その手の持ち主だったとは


わたしに
撥ね付ける自由など
ありませんでした


たとえそれが
ただの罪滅ぼしだとしても
冷徹な政略だとしても
気紛れな憐れみだとしても


選んだのは
他ならぬ貴方であり


わたしは
こわばった頬のまま
貴方のもとに参りました


冷ややかな
けれど
力強い意志にあふれた手


まっすぐに
前だけをみつめて
揺るがない背中


この国を担う多難の前には
わたしの迷いなど
瑣末なものだと言うように


貴方はいつも
うっすらと微笑まれる


時の継ぎ穂は
ゆるゆると
飽きるほど繰り返され


いつしか


憎むことも
恨むことも
泣くことも
あきらめることも


ぼんやりと輪郭が薄れ
熱をなくして行きました


長い間
とても長い間


わたしは
終わらぬ春の朧の
薄闇の中を


ぼんやりと
たゆたっていたはずなのに



貴方を
失うかもしれないと言う事実が


わたしの中の季節を
急激に変えてしまった


ぴんと空気の張り詰めた
凍れる冬へと


貴方とわたしを巡る
とりとめない日々のすべてが


まるで
たった一眠りの間のことのように


鮮やかに蘇ってくるのは
なぜなのでしょう


貴方がさりげなく
口にしたお言葉や
仕草を辿るたびに


こんなにも
愛おしく
狂おしく


胸にこみあげるものは
何なのでしょう


わたしは
少しずつ
こころに刻まれて行く
貴方への確かな想いに


自分の手で
繰り返し紗をかけ
霞ませていたのだと


朧の空を仰ぐように
はっきりと見えないことで
安心していただけなのだと


焦がれるほどの後悔と共に
気づいてしまったのです


この国の礎を
築かんとしていた貴方


どれほどの重荷を
その肩に背負われていたことか


自ら課した運命と
常に
戦い続けてこられた貴方を


もっともっと
支えて差し上げることができたなら


何事もないようなお顔で
わたしに微笑まれる貴方の
静かな優しさに


なぜ
もっと強く
もっと暖かく
応えて差し上げなかったのか


こんな時になって
ようやく
わたしの中の朧が晴れ


貴方を
まっすぐに
みつめることができました


どうか
叱って下さいませ


遅すぎるではないか、と


いつものように
まなざしで笑って
仰って下さいませ


大丈夫だ、と


ああ
貴方が
逝っておしまいになる


どれほどの涙も
どれほどの言葉も


足元を掬われそうな
この頼りなさを


闇に塗りこめられそうな
この苦しさを


やわらげることなど
できはしない


今にも
飛び立って行こうとなさる
貴方の魂を


繋ぎとめるすべがあるなら
わたしは
どんなことでもするでしょう


こんなにも
熱い哀しみが
まだわたしの中に
残っていたなんて


こんなにも
貴方を愛しく想う気持ちが


鎮まることを忘れたように
わたしのこころに
迸り続けている


なんと言う
鮮やかな痛み


うつろだった目を
覚まさせるような


もう二度と


わたしは
朧の夜に
さ迷うことなどないでしょう


冬の厳しさが
背筋を凛と正させる


どれほどつらくとも
どれほど寂しくとも


貴方が晴らして下さった
目の前の道を


煌々と冴える月を
しっかりと見上げて


ひとりで
歩いて行かねばなりません


わたしは
貴方に定められた后


貴方が力を注がれたこの国を
貴方の代わりに
見守ってまいりましょう


それだけが
わたしの貴方への
想いの証し


いつか
数知れぬ季節を越え


再び
あの空の彼方にて


貴方の傍らに辿り着いた
その時には


どうか
もう一度


わたしを
迎えて下さいますでしょうか


孤独に耐えた魂を
掬い上げて下さいますでしょうか


わたしの中の朧を
かき消して下さった


その力強く
端麗なお手で