−其の




「これより、結界を張る」
晴明が、いつもより幾分早口で告げた。
「皆それぞれが、結界の頂点を護ることになる。周りは怨霊たちで溢れよう」
淡々と話す、その内容に、あらためて博雅はぞっとした。
本当に大丈夫なのだろうか、自分は?


「何があっても、自分の立ち位置から動かないでほしい。これだけは断じて・・・」
そこまで言って、晴明は全員を見回した。
「頂点がずれてしまえば、結界は破れる」
そうなったら、どんなことが起こるのか。
想像したくもない、と博雅は震えた。


「できれば、声も立てないでいてほしいのだが」
晴明が、ちらっと博雅を見た。
「それは難しそうだな」
うっ、と博雅は言葉に詰まった。
声を出さない自信はない。どんな恐ろしいことになるか、わからないのだ。だが、
「声など、出すものか!」
必死に言い返した。
晴明が苦笑する。
「そうか。ならいい。できるだけ気配を消していた方が、危ない目に遭わずにすむからな」
「わ、わかった」
ごくりと、博雅は唾を飲み込んだ。
怨霊に気配を悟られてはならないのだ。絶対に、声など立ててなるものか。



「では、始める」
そう言うが早いか、晴明の両手が印を結び始めた。
呪をつぶやく声が、地を這うように低く聞こえてきた。
ぎゅっと、周りの空気が張り詰めていくのがわかる。
まるで、目に見えない縄に絡めとられて行くように、徐々に身体に、わけのわからない力がかかってくる。
これでは動くなど、とても無理だ。縛されているのと一緒。じっとしているしかない。


博雅は、かえってほっとした。
ほっとはしたものの、身体にかかる負担は、決して楽ではない。
ぐいぐい、と何かに引っ張られ、そうかと思うと押される。
それぞれの頂点から頂点へと、結界の力が結ばれ、境界線が出来上がって行くのが、身体の呪縛と共に感じられた。



今までにも、晴明の張る結界の中にいたことはある。
境界線の内側は、ごく平穏な護られた場所だった。何の負担もなく、博雅はその中にいた。
だが、その境界線に、こんなにも強い力がかかっていたとは知らなかった。
その場に、ひとつの異界を作り上げるのに等しいのだ。
とてつもないひずみを生じるのは、無理もない。
これだけのものを、いつも一人で作り上げていた晴明の呪力に、あらためて博雅は驚嘆した。



ふと、身体にかかる力が安定していることに気づいた。
横を見ると、晴明の結ぶ印の様子が変わっている。
どうやら結界が完成し、次の呪へと移ったようだ。
それは、紛れもなく怨霊を浄化するための呪であろう。
暗い中を、かすかな稲光のようなものが、いくつも奔る。ぴりぴりと、空気が震える。


博雅の注意が、結界の外側へと向かう。
今までは、身体の負担にばかり気が行っていて、背後の気配に疎くなっていた。
あらためて意識すると、博雅の背に冷気が伝った。
いつの間に、こんなにも闇が濃く重くなっていたのか。粘度を感じさせるほどの空気が、背中にのしかかってくるようだった。
これは、怨霊たちのなす業なのだろうか。
今にも、ひんやりとした手が後ろから伸びてきそうな恐怖を、博雅は必死に振り払おうとした。



晴明の呪が強まる。
それと共に、結界の外側に、ひりつくような気が流れ始める。
ひゅうぅぅっと、いくつかの青白い焔が、吸い込まれるように上に向かって行く。
おそらく、あれらは浄化された魂なのだろう。
弱い気は、わりあいたやすく呪を受け入れてしまうのだと、前に晴明に聞いたことがあった。
博雅は、消えていく焔に、心の中で手を合わせた。
よかった、こうして少しずつでも、彷徨う魂が浄化されて行けばきっと・・・


そう思った瞬間、ぎゅうっ、と冷たい手が博雅の足首を掴んだ。
「ひ、ひぃぃっ・・・」
驚愕のあまり、飛び出そうになった叫び声を、かろうじて博雅は呑み込んだ。
何が起こったのか、頭がしびれたようになり、考えられない。
足もとの冷たさが、そのまま恐怖となり、ぞわぞわと這い上がってくる。
結界は成功したはずなのに、怨霊が自分に触れていることが信じられなかった。
混乱しながらも、声を出してはいけない、とそれだけを自分に言い聞かせた。


――― く、苦しい・・・ やめ・・させて・・・くれ・・・


ふいに、しわがれた声が聞こえ、博雅はぎくりとした。
地の底から絞り出されたような、暗く歪んだ声音。
これは、浄化を拒む者が、必死にもがいているのか。
足首を掴む力は緩まない。
溺れかかった者が、救いを求めるような・・・ふと、そんな気がした。
もしかしたら、苦しさのあまり、闇雲に伸ばされた怨霊の手の先に、自分がいたのだろうか。
それとも、うっかり何かの気配を発してしまったのだろうか。


見てはいけない、そう思えば思うほど、見ずにいられなくなる。
固まった首をぎくしゃくと動かし、博雅は怖々、足もとに目を落とした。
冷たい皮膚の感触がするのに、薄闇にぼーっと浮かんだそれは、細々とした骨の手だった。
枯れ木かとも見紛うような指が、博雅の足首に食い込み、さらにもう片方の手も、何かを探るように伸びてくる。
それどころか気がつけば、背中や首にもじっとりと湿った気配が近づいてきていた。
博雅の忍耐が、限界に達した。


「うわ、わあぁぁぁぁっ・・・」


博雅の叫び声に、それまで呪に集中していた晴明の気が、一瞬それた。
(しまった!)
びりびりと張り詰めていた、結界の外の空気がふっとゆるむ。
呪縛を逃れた怨霊たちが、ぞろりぞろりと博雅の周りに集まってくるのがわかる。
まるで、そこだけが自分たちの拠り所だとでも言うように。


――― 私を、どうする気だ・・・

――― やめさせてくれ。苦しめないでくれ、もう・・・

――― この無念が、おまえにわかるか?・・・


――― 口惜しい、寂しい・・・


様々な怨霊たちの恨みの声が、博雅のもとに殺到する。
幾重にも伸びてくる朽ちかけた手が、博雅を捕え、がんじがらめにしようとする。
「うわぁっ、や、やめろっ・・・」
博雅は、半狂乱のように両手を振り回し、今にもその場から飛び退きそうになった。

「だめだっ、博雅! 耐えろ!」
晴明は短く叫ぶと、ぐっと声に力を込めて、呪を強めた。
じりっと、怨霊たちがたじろぎ、博雅から離れる。
博雅は、唇をわななかせながら、なんとか踏み止まった。
けれど、一度結界の脆い部分をみつけてしまった怨霊たちは、再び呪に抵抗して、博雅へと向かおうとするだろう。


(まずいな、このままでは博雅がもたない)
晴明の胸に焦りが生じる。
もともと、人ではない朔夜や密虫には、怨霊の声はさほど届かない。
怨霊たちは、自分たちの恨みを理解してくれる者を求めているのだ。
そうでなくとも、情にもろい博雅は、怨霊の哀しみにも感化されやすい。
結界を託すに当たり、晴明にとって、一番気掛かりだったのが、博雅だった。
(何か手を打つべきだった)
何も護りとなるものがないまま、博雅を結界の頂点に立たせなければならなかったことを、晴明は悔いた。
仕方がなかったとは言うものの、博雅を苦しめることになってしまった。


だが、今にも崩壊しそうな博雅を護るには、晴明自身もゆとりがない。
怨霊を浄化する呪を唱えながら、結界の強化を手助けするのは、さすがの晴明にもきつい。
一刻も早く、怨霊を消し去ることが、唯一晴明にできる闘いだった。
どれほど苦しくとも、博雅に耐えてもらうしかない。
(頼む、博雅! なんとか・・・)
晴明は祈るように、さらに呪を強める。



身をよじるような、苦しげな声があちこちから立ち上る。
そのまま、浄化されていく者、立ち消える者・・・
だが、かえって憎しみや恨みの念を強める者もあった。
怨磋の声が、地鳴りのようにわき起こる。
ぼぉっ、ぼぉっ、と青白い焔が揺らめき立ち、それが人の形を成して行く。


博雅の目が見開かれたまま、その様をみつめていた。
あれが、あの者たちが、また自分を捕えようとしている・・・
痺れた頭の中を、再びどうしようもない恐怖が占めてくる。
足もとが、こらえようもなく震える。
ひゅうっ、と背後で気配がした。
(来るっ!)
博雅は、なすすべなく首をすくめた。
その時、


――― そなたらの憎む相手は、我であろう・・・


低く細い声が、すっと頭の中に流れ込んできた。
それまでの、しわがれた怨霊の声ではない。
静かな、けれど凛とした意志をひめた娘の声。
博雅は、はっとして、向かい側の頂点に陣取る白い姿に目をやった。


娘の様子に、何ら変わりはない。
人形のように、微動だにせず佇んでいる。
だが、確かにその声は伝わってきた。
いや、博雅だけではなく、この竹林に流れたはずである。


――― よく聞くがいい。我こそは、そなたらをここに閉じ込めた一族の末である・・・


えっ、と博雅は耳を疑った。
何を言っているのだ? これでは、まるで自分を襲えと言っているようなものではないか。
博雅の背後に感じた気配が、するすると離れて行く。
間違いなく、復讐の相手をみつけたと言わんばかりに。
青白い焔が、少しずつ娘の周りに集まり出す。
がらがらと喉を鳴らすような声も、博雅の向かい側へと移って行く。
このままでは、娘が・・・


「おい、晴明!」
思わず、晴明に向かって叫んでいた。
晴明は答えず、呪を唱え続けている。その気が、どんどん高まっているがわかる。
そうだ、今の晴明に、呪を強める以外に何をせよと言うのだ。
少しでも早く、怨霊たちを浄化させるしかない。
(だが・・・)
博雅は、娘を見遣った。
さきほどまで自分を捕えていた苦しみが、今度は娘を襲おうとしている。
自分をかばって、娘は自ら背負おうと言うのか。

(そんな、私のために?・・・、私が意気地がなかったばかりに・・・)
博雅は、居たたまれなかった。
(なんとかできないのだろうか)
もう一度、自分に怨霊たちの注意を向けさせればいい。
先ほどのように、大声を出してみようか。
そう思った矢先、


――― やめよ。おまえには係わりない。これは我が背負うべきこと・・・


娘の声が流れ込んできた。
間違いなく、自分に向けられたものである。
博雅は戸惑い、前方に目を凝らした。
娘の様子は変わらない。
青白い焔に囲まれても、動ずることなく佇んでいる。
だが、その小さな顔が、苦痛を必死にこらえているように、博雅には思えてならなかった。
しかも、娘を取り囲む焔は、どんどん増えて行く。
晴明が浄化し終える前に、娘が力尽きてしまうのではないか。


――― 案ずるな。我は大丈夫だ。決して倒れたりせぬ・・・


そう言いながらも、ゆらりと娘の小さな身体がかしぐ。
崩れそうになる手前で、かろうじて立て直す。
よほど苦しいのか、顔は俯いたままだ。
たとえ力を使い果たしてでも、立ちつくすつもりなのだろう。
博雅は覚悟を決め、息を吸った。


「一人で背負おうとするな!」


自分でも驚くほどの大声が出た。
隣で、一瞬晴明が息を呑む気配がした。そして、迷う気配。が、何も言わず、そのまま呪を唱え続ける。
なんとか呪の威力を増し、一気に怨霊たちを祓おうと決めたのだろう。
結界が成立しているうちは、怨霊たちにできることも限られているはずだった。

晴明の結ぶ印が、闇を切り裂くように、仄かな光の軌道を描く。
その清冽さに、博雅は確信した。
大丈夫だ、きっと晴明はうまくやれる。
だから、その間だけ自分も耐えて、怨霊の邪気を分散させればいい。
博雅は、今度は怨霊たちに向かって、声を放った。


「私はおまえたちと同じだ。ここに閉じ込められている。だから、お前たちの気持ちはよくわかる!」


すすり泣きのような音が、するすると博雅の背後に迫ってきた。
憎しみより嘆きの方が大きい怨霊が、すがろうとしているのだろう。
ぞくりとする背中。博雅は必死に、恐怖に耐えようとした。


――― なぜ、私なのだ・・・

――― 何もしていないのに、なぜ・・・

――― 帰りたい、ここから出たい・・・


そして、はらわたの底から絞り出されるような泣き声。
ふいに、博雅の胸に恐怖とは別の感情が押し寄せてきた。
哀しみ、孤独、絶望・・・
ここで斃れ、成仏できないまま、長い時を彷徨い続けている霊たちの嘆きが、まるで自分自身の感情のように湧きあがってきたのだ。

残してきた人、会いたい人がいたことだろう。
どんなに帰りたかったことか、どれほど無念だったことか。
今だに、成仏することもできず、この地で嘆き続けているのだ。
哀しい、と・・・。 寂しい、と・・・。帰りたい、と・・・。
いつのまにか、博雅も泣いていた。
ぼろぼろと涙が頬を伝う。止まらない。
泣けば泣くほど、霊たちの気持ちに近づいていくようだった。


「だめだ、博雅! その者たちに同化しては。とり憑かれてしまうぞ!」


晴明の声が、やけに遠くから聞こえた気がした。
だが、もうどうでもいい。
今、自分がいる状況すら、忘れかけていた。
このひたひたと寄せる哀しみに浸ってしまいたい。
どんどん水の深みにはまるように、博雅は胸しめつける思いに溺れて行った。


(もう、これまでかもしれない・・・)
心のどこかで、あきらめとも安堵ともつかないため息が湧いた。
それすらも、他人事のようにしか感じられなかった。
晴明の呼ぶ声が、すーっと遠ざかる。




突然、淡い光がふわりと広がり、博雅の閉じかけた目に飛び込んで来た。
その光のあまりの清らかさに、意識が引き寄せられる。
うつろな半眼のまま、光のもとを探す。
それは、娘の隣の頂点に佇む、たおやかな姿からだった。

(密虫・・・?)

答えるように、優しい光がさらに増す。
甘い花の香りが、霧が流れるように漂ってきた。
そっと癒され、励まされるような光と香り。
うっとりと、博雅はその心地よさを吸い込んだ。
博雅をがんじがらめにしていた哀しみが、少しずつ解きほぐされて行く。
だが、まだ頭の中は、はっきりとしてこない。
自分がどこにいて、何をしているのか、捉えきれない。


ぼんやりする博雅の耳に、今度は、いきなりガァァッ、と烏の鳴き声が響き渡った。
びくりっ、としたとたん、博雅は憤りを覚えた。
朔夜だった。威嚇するように、鋭い鳴き声を何度も上げている。
うるさいな、と博雅は思った。
どうしてこんなに鳴くのだ。耳に突き刺さるようだ。
今は、人の姿をしているはずだろうに。
ガァァッ、ガァア〜、と朔夜は鳴き続ける。
いらいらする。頭に響く。


「うるさいぞ、朔夜!」


思わず、叫んでいた。
その瞬間、博雅はハッと我に返った。
いったい、自分は何をしていたのだろう。
自分ではない何者かの感情に、支配されていたのか。
ぶるるっ、と頭を振る。
助かった。
密虫と、そして朔夜が、目を覚まさせてくれたのか。
危うくすべてを放り投げるところだった。何があっても、この頂点を護らなければ。
意識がはっきりしたとたん、背後の気配が哀しみから怒りに変わった。


――― おのれ、裏切り者・・・

――― やはりお前には、このつらさはわからぬ・・・


再び沸き起こる恐怖に、博雅は必死に耐えた。
大丈夫だ。怖れが先に立っていれば、怨霊に同化することはない。
恐怖は、怨霊ではなく、博雅自身の感情。
耐えればいいだけだ。
気がつけば、竹林全体から次々と青白い焔が浮き上がっては消えて行く。
晴明の呪が、確実に怨霊たちを浄化して行っているのだ。

(もう少し、もう少しの辛抱だ)

身体がふらつく。冷や汗が出る。
先ほど、霊に同調しかけたせいか、ひどく疲れきっている。
怨霊に取り憑かれると言うことは、生命力を絞り取られることなのだと、身をもって感じた。
自分自身の意志は、なんとか戻ったものの、気力も極端に弱まっている。

しっかりしなくては、と自分を叱咤し、歯を食いしばった。
だが、目を開けているのすら、すでにきつい。
泥沼に沈み込むような眠気とだるさが襲ってくる。
もう少し、もう少し・・・
そうつぶやきながら、博雅の意識は薄れて行った。



      *  *  *  *  *


ぽかっと目が覚めた。
一瞬、自分がどこにいるのか、わからなかった。
ひんやりする場所に、仰向けに寝ていることだけはわかる。
やけに静かで、薄暗い。
でも、頭上に切り取られたように見える空は、かすかに明るくなっているようだ。
夜明けなのかもしれない。


(それにしても、背中が痛いな)
博雅は、顔をしかめた。身体のあちこちが、凝り固まっているようだ。
葉擦れの音が聞こえる。
葉擦れ? 何の・・・?
ハッとして、博雅は飛び起きた。
いきなり記憶が戻ってきた。
そうだ、竹林の中だ。怨霊たちはいったい・・・



「目が覚めたか。大丈夫か、博雅?」
いつもと変わらぬ晴明の声がした。
振り向くと、薄明かりの中、晴明が佇んでる。
さすがにやつれたような顔つきに見えたが、様子は穏やかだった。
娘の姿も、密虫も見えず、朔夜は横になって眠っているようだ。
何よりも、竹林に立ちこめていた禍々しい気配が、見事に消えている。
涼やかな風が通り、さわさわと竹の葉が鳴る。

(終わったのだ・・・)

ふっと、身体の力が抜けた。
心の底から、安堵の思いが湧きあがってくる。
悪夢のような、長い一夜。もうだめかもしれないとも思ったが、どうやらぎりぎりで切り抜けられたのか。
空が徐々に明るさを増してくる。
清らかな朝が訪れようとしている。



「博雅、見てみろ」
晴明が、指差した先に、目をやる。
あっ、と博雅は声を漏らした。
竹林のあちこちから、稲の穂のようなものがたくさん連なって垂れ下がっていた。
それらは、風が吹き抜けるたびに、しゃらしゃらと揺れ、夜明けの薄明かりの中で瞬いているようだった。
見たことのない不思議な光景に、博雅は見とれた。


「たぶん、これが竹の花だろう。これで、この竹林は枯れる」
晴明が、ぽつりとつぶやいた。
枯れる前に、最後の命を燃やすように、竹の花が咲く。
本当なら、とっくに迎えていたはずの枯れる時を、まさに今、この竹林は得たのだ。
数えきれない人柱による呪縛が、ようやく解け、あるべき姿に戻って行くのか。
竹の花は、その終焉を彩る、はかない光のように思えた。



博雅の胸を、切なさが占めた。
この竹林を護る、そのためだけになされた犠牲。
一族の使命に縛られ続けた娘。
なんて哀しいことが起きてしまうのだろう。
生きるために竹林を護ろうとした一族も、捕らわれて命を落とし、その怨みで怨霊と化してしまった者たちも、一様に哀しく、やりきれなく、ただ憎むことはできない。


けれど、すべて終わったのだ。
これで、あの娘も救われたことだろう。
怨霊と化した者たちも、帰るべきところへと帰って行った。
長い時をかけて紡がれた、すべての宿命を洗い流すかのように、竹林に幾筋もの朝日が射しこんで来た。



      *  *  *  *  *



その後、この竹林に閉じ込められていた数人が助け出された。
残念ながら、すでに間に合わなかった者の方が多かったが、それでも日が浅かった者たちは、なんとか命を取り留めた。
その中には、博雅の親友である橘清実の姿もあった。



 <完>               
        



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