根  雪

                ― 中大兄皇子に捧ぐ ―



この想いは
たぶん恋ではない


甘やかなときめきや
こころ湧き立つ喜びを
不思議なほど
わたしは感じていないから


なのに
なぜでしょう


気がつくと
いつのまにか わたしの視線は
あなたを探している


あなたの背に漂う
肌をさす厳冬のような空気を


そのひんやりとした感触を
なつかしむわたしがいるのです


どんな批難をも怖れず
どんな情にも流されず


薄氷を踏む危うさと
それでも進もうとする
張り詰めた意志とが
常にあなたを取り巻き


みつめるわたしを
こんなにも胸苦しくさせるのです


これが恋だと言うのなら
あまりにも重くつらすぎる


だから


わたしは
自我を保てるだけの
距離をおいて
あなたを見守りましょう


近づきすぎては
見えないこともあります


こころを醜く歪ませる
もろもろの感情たちを
さらりと脱ぎ捨てて


やわらかなまなざしだけで
遠くから
あなたを包んでいましょう


甘美な切なさに溺れるより
ささやかでもいい
あなたの力になりたいのです


それが
あなたが無意識に
わたしに求めていることなのだと信じて


あなたが担う季節が冬ならば
わたしも共に寒さに耐えましょう


あなたの行く道に舞う吹雪なら
わたしも共にかぶりましょう


あなたのこころから
消えることのない根雪


跡形もなく溶かすことは
できないかもしれないけれど


しんと凍ったその寂寥感を
あなたと同じ痛みとして感じ
冷えた手足を温めるように
息を吹きかけてあげられたら


孤独の魂をもてあました時
あなたがつぶやくように
わたしの名を呼んでくれたら


それだけでいいのです


やすらぎの春を迎えるためには
厳しい冬を越さねばならないのだと


ただひとり
この国の未来を背負って
冷然と歩きつづける偉大なる人


あなたのこころで
あなたの想いを詠いたい


いつか
あなたの願いが叶う日を
歌に託して祈りたい


そのためだけに
わたしは存在したいのです