終 章
ああ
ごめんなさい
わたし
追いかけては行けません
もうこれ以上
あなたの後ろ姿を
想いが走り出し
この手が
あなたに届いた瞬間
わたしはきっと
口にしてしまう
あなたを
ひき止めるための言葉を
自分自身をも
がんじからめにする言葉を
わかっていたのです
風のままに
運ばれる花には
なれはしないと
ならばいっそ
今この場所で
ダフネのように
動けぬ樹になって
言葉を持たぬ樹になって
あなたが立ち去るのを
待ちましょう
はらはら
木の葉の涙を
ふり落としましょう
こころよ
どうか
くずおれないで
たとえあの人が
ふり向こうとも
もう
そのほほえみに
ゆれてはいけない
ひとり
立ちつくす樹に
なったのだから
ああ
ごめんなさい
わたし
追いかけては行きません
まなざしだけを
どうか
わたしに刻みつけて
さよなら と
※ダフネ・・・ギリシア神話に登場する乙女。
彼女に恋をしたアポロンに追いかけられ
父である川の神に助けを求めた。
アポロンに捕まりそうになった瞬間、
ダフネは一本の月桂樹に変身したと言う。
(イラスト まさこさん)
『大きな木』