夏の終わり



夕暮れが近づくにつれ
海は透き通ってくる


真昼の光のもと
果てなく広がっていた
宝石のような青が


まるで少しずつ
水底へ沈んで行くように


だんだん淡くなり
透明になり
やがて


鏡を思わす水面は
薄紫の空にとけ込む


波だけがかすかに白く
迷子のように寄せ返す


それは
とてもなつかしく
ほんのり淋しい風景


肩先を吹き抜ける風は
カーニバルのようだった
真夏の賑やかさなど
もう素知らぬほどの涼しさで


海はただ悠々と
見慣れた姿に戻ろうとする


過ぎて行く季節とともに
この指先からこぼれ落ちてしまう
何かがあったとしても


閉じて行く扉の向こうで
さざめいている思い出を
見送るしかすべがないとしても


海は変わらず
この場所に在り続けるのだろう


夕闇に波が砕け
白い泡が消えて行く
渚の人影は立ち去ってしまう


夏は
終わる


でも
忘れない


眩い陽射しと共に刻んだ日々
大切に思ったすべてを


心地よさを誘う潮騒や
たえず変化する青の色に
彩られていた記憶を


夏は
終わる


切なさはくりかえす波
心の繋ぎ目を洗い続ける
何度でも何度でも


手繰り寄せるたびに
泣きたくなる思い出の欠片は


海の底の小さな貝のように
ぴったりと閉ざせたらいい


せめて今だけ


時のうつろいに
足踏みしてしまった気持ちが
追いついて行けるまで


そしてわたしは
ほんの少し目をそばめながら


新しい季節の匂いのする
風を受け止めて


歩き始める
ゆっくりと