名残の桜 ああ、ほんの少し 遅かったのだね 今年も花を訪ねて ここへ来たのだけど 穏やかな空に向かって 伸ばされた枝々には すでにたくさんの 風たちの通り道ができてしまった わたしの足元には 幾重にも花びらが散り敷き まとわりつき まるで ひたひたと波の寄せる渚に ぽつんと 取り残されたようだ 爪先立って 一歩踏み出したなら 薄紅色の波紋が広がるのだろう かろうじて枝につかまった 散り遅れの花たちが 寂しげに揺れている そしてまた ここはひっそりと 忘れ去られる場所になるのか 再び巡る一年 待ち続ける者にとっては 決して短くはない時間 区切りのつかないまま 先へ進むような 心もとなさが わたしを 立ち去りがたくさせる もう一度 瞳を凝らして 梢を振り仰ぐ すると なんと言う 健気な生命力だろう 花を失った枝先は 早くも ささやかな緑の気配を 纏い始めている この木が 鮮やかな新緑に生まれ変わる日も 遠くはないのだと気づかされる 大地の営みは 立ち止まることも 思い惑うこともしない たゆみない 時の流れの中で 人だけが 目の前の出来事に 右往左往しているのかもしれない すべては 悠久のひとこま 教えてくれるのは いつだってもの言わぬ自然 深く息を吸い 陽射しに暖められ ひととき風と一体になる この次は 緑薫り立つ季節に訪れることを ひそかに心に誓って そう それはもう間もなくだろうけれど まだはらはらと 花びらを振りこぼし続ける 名残の桜を後にした 少しだけ 軽くなった足取りに 薄紅の波の感触が ふわりと蘇る |