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毬さんへ感謝をこめて


無  想



「行ってくる」


いつも
そなたに残して行けるのは
この言葉のみ


どのような場所へ
赴こうとする時も


それがたとえ
修羅の業火燃え盛る
深き根の底だとしても


邪悪な呪詛の罠を
張り巡らせて待っている
相手のもとだとしても


わたしは
平生のごとく
そなたの見送りを後にする


そして
そなたも
決して問おうとはしない


どこへ向かうのか
どんな相手なのか
どれほどの怨念なのか


無事に帰れるのか


とめどなく
こぼれおちてしまいそうな
繰り言の代わりに


ただ
やわらかな微笑みを浮かべ
小さく頷いてひとこと


「いってらっしゃいませ」


そのたおやかな立ち姿に
いかな嘆きを
隠しているのか


追いすがり
この袖を捕らえて
引き止めもしたいのだろう


行かないで、と


気休めとわかっていても
せめて約束を
交わしてほしいのだろう


必ず戻ってくる、と


わたしの背中が
遠くなった瞬間


その目に
溢れ出すであろう涙を
察していながら


すまない


わたしには
何も言うことができない


言葉は呪だと
わかっているからこそ


なおさら
口にできぬこともあるのか


大丈夫だ・・・
きっと帰ってくる・・・
心配するな・・・


どの言葉も
己のこころを
執着で縛りつけようとする


そして それは
迷いを生む
不安を生む


怖れにも
哀しみにも
痛みにも捕らわれず


無のままで
目の前にある魂を
見据えねばならぬ


自我が先に立てば
さらに強き呪のもとに
引き摺られてしまうから


わたしは
何も想わぬ


何も欲せぬ


今は
空なる風に
同化して行くのみ


そなたの想いを
すり抜けて行くわたしを
許してほしい


もし
闇を超え
怨念を昇華させ


無事に
暁の中
戻ることができたなら


心配のあまり
冷たくなっているであろう
そなたの指先を
そっと包んで暖めよう


わたしを迎えるためだけに
施されたその装いを
美しいと愛でよう


おそらく


その時ですら
わたしは何も言えぬ


言葉などにできぬほど
そなたへの想いが
胸深く満ちるから


これだけは
信じていてもらえるだろうか


そなたがいればこそ


わたしは
幾度でも闇の底から蘇り
この現世(うつしよ)に
帰って来られるのだと


そのための
せいいっぱいのひとことだけを
残して行くのだと


いや
そなたはきっと
わかっていてくれるのだな


今宵も
静かに微笑みながら
佇んでいる


いとしき人よ


「行ってくる」






※ この詩に毬さんが素敵なイラストをつけて下さいました。
イラストはこちらから