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季節ごとに、私たちの目を楽しませてくれる花。
心惹かれる花を見かけた時、ふと、「この花は、いったいいつからこの国に咲いていたのだろう」と思うことがあります。
そして、いにしえの人々は、どんな思いで眺めていたのだろう、と。

それぞれの花が、いつの時代から咲いていたものか、それが日本古来の花であればあるほど、正確に知るのは難しいのかもしれません。
むしろ、外来の花なら、いつ頃どこの国から伝来、とわかるのでしょうが。
そうなると後は、少なくともこの時代には咲いていたらしい、と言う推測。
たとえば、物語や和歌集などに出てくる花。
花の名前が、今とは違うこともありますし、これまた正確にとは行かないのでしょうけれど、目安にはなりそうです。

最近、偶然知って、びっくりしたことがありました。
うちの玄関先に並んだ鉢植えの中のいくつかに、なぜかネジバナが紛れ込んで(?)咲いているのですが(このページの壁紙が、ネジバナです。PIPOさん作)、たまたまネットでネジバナについて調べていたら、百人一首の中で歌われているとあったのです。

   みちのくの 忍ぶもじずり 誰ゆえに 乱れそめにし 我ならなくに

                    源融(みなもとのとおる)


この歌の意味は、一般的には「陸奥で織られるしのぶもじずりの模様のように、いったいだれのせいでわたしの心は乱れ始めてしまったのでしょう」と言うもので、この「もじずり」とは、陸奥国信夫郡から産出する乱れ模様の絹織物のことです。

ところが、ネジバナにも「もじずり」と言う別名があり、この歌の中の「もじずり」がネジバナのことだ、と言う解釈が、あちこちにみつかる。
捩花(ねじばな)、捩摺(もじずり)、捩じる(ねじる)と言う文字が共通しています。その名の通り、花がらせん状にねじれているのです。
そして、織物の信夫捩摺(しのぶもじずり)。
実際には、どんなだったのかわかりませんが、きっと捩じれて乱れたような模様だったのでしょうね。
ネジバナの捩摺(もじずり)の命名と、どちらが先なのかしらん(^^;

さて、和歌に詠われたのはどっちだろう、となると・・・
まあ、歌の雰囲気からしても、わざわざ「みちのく」とあるところからしても、おそらくは織物の方のことではないかと思います。
ネジバナの花を詠うのに、「みちのく」に限定することもないでしょうしね。
乱れ模様の美しい絹織物、そこに自分のままならぬ恋心を重ねた。その解釈の方が自然なような気がします。

なお、万葉集には「ねっこ草」と言う名で詠われている花があり、これがネジバナではないかと言う説もあるようですが。
もしそうなら、いつ「ねっこ草」から「もじずり」に変わったのか、とか、さらに謎が出てきてしまいます(笑)
う〜む、花の名前も奥が深い(^^;


そう言えば、紫陽花についても興味があり、調べました。
紫陽花、和の花っぽくもあるし、でも微妙に海外産ぽくもある。いったい、いつ頃から日本に咲いているのだろうか。
昔も紫陽花と呼ばれていたのだろうか、と。
こちらは、なんとそのままの名前で万葉集に詠われていました。

  あぢさゐの 八重咲くごとく 弥(や)つ代にを
             いませ我が背子 見つつ偲はむ

                                      橘諸兄 (たちばなのもろえ)


紫陽花の花が八重に咲くように、何代も栄えておいで下さい、わが君。私は花を見るたび、あなた様を偲びましょう。
ここでは、八重に咲く紫陽花を、栄える象徴としてめでたく捉えています。
ところが、もう一首、

  言問はぬ 木すらあぢさゐ 諸弟(もろと)らが 
               練りのむらとに あざむかえけり

                             大伴家持(おおとものやかもち) 


物言わぬ木でさえ、紫陽花のように色が移るものがあります。言葉をうまく操る諸弟ら(男たち?)に、だまされてしまったのですね。
こちらは、紫陽花を信用できない人にたとえています(^^;
この歌は、大伴家持が、妻となる坂上大嬢に贈った歌のひとつとか。意味深です。

同じ花でも、やはり見る人によって、またその時の状況によって、受け止め方が違うのですね。
現代でも、紫陽花の花言葉を見ると、「移り気」「気紛れ」「冷淡」などと言うのがあるかと思えば、「辛抱強い愛情」「元気な女性」と言う花言葉もあるようです。
でも、うまく欺くような人を紫陽花にたとえるのは、あまりにも紫陽花がかわいそうですねえ。


さて、大伴家持から紫陽花の歌を贈られた坂上大嬢(さかのうえのおおいらつめ)ですが、これまた花を題材にした、素敵な歌を詠んでいます。

  月草の うつろひ易く思へかも 我が思ふ人の 言も告げ来ぬ

                      大伴坂上大嬢
   

月草とは、露草のこと。月草、または鴨頭草と書かれたようです。
露草もきれいな響きですが、月草と言うと、これまたなんとも風情がありますね。
露草の青は美しいので、染付けに好んで使われましたが、色が褪せやすかったのだそうです。
そこで、歌では人の心のうつろいやすさにたとえられたとか。

月草染めのように、変わりやすい気持ちでいらっしゃるからでしょうか。私が恋しく思うあなたから、言伝もこないのは。
これは、さて誰に贈った歌なのか(^^;
大伴家持は、どうやら恋多き殿方だったようで、他にも彼との恋を花に寄せて詠った歌をみつけました。

 昼は咲き 夜は恋ひ寝(ぬ)る 合歓木(ねぶ)の花
                       君のみ見めや 戯奴(わけ)さへに見よ

                       紀女郎(きのいらつめ)

合歓の花は、ネムノキの花のこと。
ちょうど、これからの時期が見頃ですね。ピンク色のほわほわした花をつけ、その葉は夜になると、ぴたっと閉じると言います。

昼は花開き、夜は恋に焦がれて眠る合歓の花を、あなたもご覧なさいよ。私だけが見るのではなく。
私だけが恋焦がれるのでなく、あなたも同じ目を見なさいよ、と言っているのでしょうか。ちと怖い(^^;
紀女郎は、大伴家持の年上の恋人だったとか(10歳くらい上?)
聖武天皇の時代、遷都のため、坂上大嬢を旧都に残して移り住んだ恭仁(くに)に、紀女郎はついてきたそうです。
この歌の他にも、情熱と機知に富んだ歌のやりとりを、二人はしています。
ところが数年後、再び奈良へ遷都の後、このやりとりはぷっつりと途絶えたとか。
短い間の大人の恋、だったのでしょうか(^^;


さて、花の中でも、いかにも西洋を思わせるバラ。
こちらも、すでに万葉集の中で詠われていたようです。

  みちのへの茨(うまら)の末(うれ)に延(ほ)ほ豆の
               からまる君を はかれか行かむ

                                     丈部鳥(はせつかべのとり) 

あの時代は、バラは「うまら」「うばら」と呼ばれていたそうです。
バラに巻きつく豆のように、私にまつわりつく君(奥さん?)を、置いていかなければならない。
丈部鳥は、防人(さきもり)だったそうです。仕事に赴くために、哀しむ奥さんを置いていかなければならなかったのでしょう。

そして、古今和歌集になると、バラは「そうび」として詠まれています。
「薔薇」と言う漢字は、中国から入り、「そうび」「しょうび」と読まれていたようです。

  我はけ
さ うひにぞ見つる 花の色を あだなるものと 言ふべかりけり

                    紀貫之(きのつらゆき)

「我はけさ」の「
」と、「うひにぞ見つる」の「うひ」で「さうひ(そうび)」と読ませているのですね。「うひ」は、初めてと言う意味だそうです。
私は今朝初めてみたけれど(薔薇を)、この花の色は移ろいやすく、はかないと言うべきものだった。
この歌は、古今和歌集巻第10物名にあります。
物名=隠し題。あるひとつの言葉を、別の言葉の繋がりの中に読み込むようです。
ちょっとした言葉遊びみたいなコーナーなのでしょうか。
現代の薔薇と言うと、華やか、鮮やかと言うイメージが大きい。けれど、ここでは「はかない」と詠っています。
万葉集で「茨」と言う字が当てられていたことからも、野いばらに近かったのではないかと思います。


ここに挙げただけでも、少なくとも紫陽花、露草、ネムノキ、そして薔薇もは万葉集の時代から在り、人々に詠われてもいたことがわかりました。
他にも、探せばまだまだみつかりそうです。
いにしえの人は、自らの思いを様々な花に託して歌い上げています。
その花が、時代を超えて、現代にも咲いている。
時の流れの壮大さと、大地に根付き、種を紡ぎ続けて行く花のたくましさを感じます。
人のまなざしもまた、時代を超えて、花の上に注がれていくのでしょう。

みなさんは、どんな花に心惹かれますか?


平成20年7月1日
                                                          
涼       



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