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夏がだんだん苦手になってくる気がします(^^;
その一番の原因は、夏場に修羅場を迎えてしまう仕事のせいでもあるのですが。
夏に、どこかに遊びに出かけるなんてまず無理。それどころか、どうやって体力気力を夏中保つかと言うのが、一番の課題です。
でもねえ・・・やっぱり息抜きほしいんですよね。
となると、手近なところで本を読むくらいしか気分転換できるものはなさそうです。
う、ちょっとささやかすぎるけど(^^;

そんなわけで、一番現実逃避できそうなお話と言えば、そうファンタジーかなあ・・・と、なんとも短絡的な考えから読み始めたのが「ブレイブストーリー」。
ちょうど今アニメの映画にもなっていますが、原作はミステリー作家の宮部みゆきさん。わりと好きで、以前はよく読みました。
初めて読んだ宮部さんの本は、「魔術はささやく」でした。日本推理サスペンス大賞受賞作だそうです。
たまたま友達から面白いよと薦められ、読んでみたのでしたが、一風変わったミステリーで、いっきにはまりましたねえ(笑)
ここでも主人公は少年。なかなか魅力的で、事件の謎を追うことにより、自分の心と向かい合い成長して行く。最後に犯人が姿を見せた後、さらに少年はある決意を迫られることになり・・・その結末に感動したのを覚えています。
ミステリーのトリック自体に関しては、これはいまいちフェアではないかも、と思ってしまいますが(^^;
もしかしたら宮部さんが書きたかったのは、謎解きよりも、少年の揺れ動く心の機微、そして悩んだ末の決断などだったのかもしれません。
それから言うと、今回の「ブレイブストーリー」もその路線をを行っているのかな。

おっと、、前置きが長くなってしまいましたが(^^;
肝心の「ブレイブストーリー」、もしかしたら好みが分かれる本かもしれません。舞台設定はファンタジーなのでしょうが、かなり現実的な重さを感じさせる部分もありますし、そうかと思うといきなりロールプレイングゲームのような展開になったり。
その両方を楽しめてお得、と思うか、ついて行きにくいと思うか・・・
とりあえず私は、ちょっと戸惑うところもあったけれど、かなりお得感を得ています(笑)
もともと宮部さんの小説の中には、SF的と言うか、現実離れしたテーマのものもかなりありましたし、作者の愛情や思い入れが感じられる人物描写が好きでしたから。

原作の文庫本は上中下の全3巻、なかなか読み応えがあります。たぶん映画では、だいぶ省略されている部分もあるのだろうなあ。
上巻はほとんどが少年を取り巻く現実の世界での出来事です。
主人公ワタルはごく普通の少年。ものすごく頭がいいわけでも、スポーツ万能でもなく、素直でゲームが好き、仲のいい友達がいて、と言う普通の少年です。
ただ、ちょっぴり物事を理詰めで考えないと納得できないと言うところがあり、そのせいで女の子たちから「リクツばっかり言うからきらい」などと言われ、落ち込んだりします(笑)

・・・この先、ちょっと(かなりかも)ネタばれありです(^^; 
知りたくない方は、読まないようお願いしますm(__)m


ごく平凡だけれど楽しかったワタルの生活は、ある日突然持ち上がった両親の離婚によって崩壊して行きます。
街の「幽霊ビル」と呼ばれている場所に、幻界(ヴィジョン)と言う想像の世界への扉が出現したのは、そんな時。
その扉は、10年に一度だけ、命を賭けてあらゆる困難を乗り越えてでも運命を変えたいと願う人がいる時に姿を現す。
実際には、その扉を出現させたのは、ワタルの学校へつい最近転校してきたミツルと言う少年だったようですが。
ワタルよりさらに悲惨な過去を持つミツルは、すでに幻界の「旅人」として動き始めていました。
幻界の魔導師となったミツルは、現世でのワタルの危機にかけつけ、「運命を変えたいなら、おまえも扉の前に行くといい」と。
幻界のどこかに「運命の塔」があり、そこに辿り着ければ女神さまがひとつだけ願いを叶えてくれると言うのです。
そして、ミツルから「旅人」としての証しを手渡されたワタルは、決心して幻界への扉をくぐります。自らの運命を変えるために・・・

上巻で描かれるワタルが直面する現実と言うのは、なかなかシビアです。
父親に他の女の人ができて、家を出て行くと言い出す。その相手の女性とワタルの母親との対決などもあり、出て行った父親とワタルが外で会って、父親からつらい言葉を聞かされたりと、この辺りは子供が読むにはリアルすぎるかも、と思ってしまうほど。
転校生ミツルが遭遇した過去の事件も、かなりショッキングな内容です。
どれほどミツルが自分の運命を変えたかったか痛感できるほど。

この現実世界を描いた部分が長すぎる、と言う読者の感想をネットでよく目にしました。ファンタジーものと前置きがあるので、さくさくと幻想世界に入れると思って読み始めたら、なにやら重〜い現実の話が長くて、と言うことなのでしょうか。
でも、私はこの現実世界の部分は興味深かったです。
日常のささやかな出来事や、それらが少しずつ狂いだす不安感、その中でのワタルの複雑に揺れ動く心理。
けなげなワタルの言動は胸にしみます。

そして最初はまったく気にもとめてもらえなかったミツルとの接点が、様々な事件を経て増えて行く。
何かと自分の前に現れるワタルを鬱陶しく見てきたミツルも、ワタルが自分と似た不運に見舞われたことを知り、さらにピンチを救われたりしたことで、ワタルを気にかけるようになります。
その過程があって初めて、幻界での二人の係わりも納得できるのだと思えました。
もし、ファンタジーの要素なしにこの物語が進むのだったら、いったいどんな展開になったのだろうと言う興味さえ持ってしまったほど。

ですから、むしろワタルが幻界に入ってからしばらくの間は、なんだか違和感がありましたねえ(笑)
なにしろ、幻界へ旅立ってからはいきなりRPG(ロールプレイングゲーム)の世界(^^;
どうやら宮部さんご自身も、だいぶRPGがお好きらしい(笑)
老魔導師や、動く彫像のいる洞窟、勇者の剣に真実の鏡、トカゲそっくりの水人族やらネコ族やらと・・・それまでの現実世界とのギャップに、かなり戸惑ってしまいました。
もちろん徐々に慣れてしまいましたけど(^^;

そうそう、幻界にたどり着いてすぐに、ワタルは「おためしの洞窟」に行くことになります。
おためし、ようするにここで旅人としての適正をためされるわけです(^^;
そこで、4体の彫像から「望むもの」をたずねられます。これから旅をするに当たり、自分に授けてもらいたいものを答えるのです。
さて、みなさんなら何を望みますか?
ちなみにワタルくんは「勇気」「知恵」「健康な身体」「喜び」でした。
なかなかの答えだと思うのですが、老魔導師からは「平凡じゃ。独創性に欠ける」と言われてしまいます(笑)
そして「ミツルよりだいぶ劣るな」とも。
はたしてミツルくんが何と答えたのかは謎なのですが(笑)
ふ〜む、自分だったら何だろう、と一瞬悩んでしまいました(^^;
こんなところも、RPGの要素大ですよね(笑)

ところが、ゲームそっくりのファンタジーの世界と思いきや、読み進むうちにこれまたシビアな世界だと思い知らされます。
幻界にも、人種差別や世界を守るための犠牲など、ワタルが怒りを覚える理不尽なものが存在する。
それはワタルの仲間やワタル自身の危機にも繋がるかもしれない。
さらにワタルは、自らの心の内にひそむ闇の部分に直面させられる経験をもします。
ここのシーンもかなりリアル、ワタルの恐怖がじわじわと読み手にも伝わってきます。
悩むワタルに、賢者は「幻界は旅人の心を映して変化する。幻界に理不尽なものがあるのは、おまえの心にも理不尽なものがあるからだ」と言うのです。
これって、考えたらものすごく怖い。自分の心の中の隠された部分、醜い部分や残酷な部分などが、理不尽な現象として幻界に現れるのだとしたら・・・ゾッとして前に進むことができなくなってしまいそうです。
けれど、賢者はさらに言い募ります。
よいものも悪いものも、おまえの心から生まれたもの。自分自身をしっかりみつめた上で、運命を変えるとはどういうことか考えるように、と。

ここまで読むと、もうこれは人としての自分の生き方を問われているようにさえ思えてしまいます(^^;
少年を主人公にしてはいても、子供向けのファンタジーと言いきれるかどうか。
運命を変える、願いを叶える、そのために幻界に来たはずのワタル。
けれど、自分の願いとは別の幻界のことも気がかりでしかたない。何が正しい道なのか・・・
同じ目的で幻界にいるミツルは、周りにお構いなくまっしぐらに運命の塔への道を得ようとしている。
ただし、ミツルのしていることは破壊さえも恐れない強引な、邪悪とさえ言えるやり方。
こうまでしなくてはならないほど叶えたいミツルの願いは、そのまま現世でのミツルの深い心の傷や激しい怒りに重なるようで・・・
頑ななほどの意志の強さが、逆にとても痛々しく哀しく思えてしまうのは私だけかな。

叶えられる願いはたったひとつ。様々な思いに引き裂かれつつ、はたして最後にワタルの選んだ道とは・・・
さすがに宮部みゆきさん、しっかり引き込んでくれます。
ワクワクドキドキ、時にうるうるしながら、私も不思議な幻界を旅したような気分になりましたし、自分自身を振り返ってしまいました。
もしかしたら、読者は問いかけられているのでしょうか。
「あなたにとって、本当の勇気とは・・・?」


平成18年8月1日
涼