くちなし



伝えたくて
言い出せなくて


たった数歩ぶんの
隙間に入り込む
ゆるやかな風


振り向いてほしいの?
それとも
振り向かないことに
ほっとしているの?


自分のこころに
戸惑わされて


みつめるだけ


あなたの肩先に
動き始めたばかりの
夏の雲


ふいに


驚いたように
足を止めるあなた


どきり、と


私も立ち止まる
心のつぶやきが
届いてしまったのかと


そう
そんなはずないのに


あなたの視線の先


それは垣根越し
緑の繁みの中に
ぽつり ぽつりと浮かぶ
くちなしの花々


なんて無垢な白


だけど
輝きが際立つぶん
色褪せた姿は
哀しい


せめて香りだけでも
閉じ込めようか


そっと顔を近づけ
香りを愛でた後
あなたは振り向く


少し照れたように
笑いながら


思いがけず


瞳に射られて
微笑みに揺らされて
ひとときに縛られる


甘酸っぱい痛みが
心に満ち
私は
とまどいながら
笑い返す


言い出せない


おだやかな日常に
くいこむくさび
打ち込んでしまったら
もどれなくなる


言い出さない


私は臆病?


あなたが触れたくちなし
清々しいその香りを
胸いっぱいに吸いこむ


閉じたまぶたの奥
あなたの微笑みを
幾度もなぞりながら


くちなしは香る
甘く 強く
哀しく


言ってはいけない




   

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