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PIPOさんへ感謝をこめて。









恋待月



このように
月の美しい夜は
なぜかこころざわめいて


うつろう風に誘われるまま


わたしは
そぞろ歩いてみたくなる


笛を手に


ほろほろこぼれる
月華のもと
川のほとりを訪ぬれば


銀砂を散らした如く
ゆるやかな流れは煌き


空にある月は
くっきりと
金色に切りぬかれ


水辺の草も虫たちも
うつらうつら
まどろみの中


静まりかえる夜の闇の
なんと香しいことか


わたしの胸は
あやしいほどに高鳴り


とめどない想いを
苦しいほどの切なさを


熱い息吹に変えて
この笛を謳わすのみ


さすれば


ひととき
わたしは
わたしでなくなる


大いなる大地に溶けこみ
魂のみが
不思議な力となりて


さざなみを起こし
風をひきつれ
月へと舞い
宙(そら)を超えて行く


清冽なる調べは
天からの賜りものか


指先が消え
唇が消え
この体すべてが消え


ただ
笛の音だけが
天衣無縫に駆けぬけ
透き通って行く


なんと言う愉悦に
わたしは
捕らえられることだろう


忘我の境から
立ち戻りて


ふと気づけば
月は少しずつ傾き


わたしはいつしか
ひとつの夢を待ちわびて
佇んでいる


望月の夜に
めぐり逢うた御方


叶うなら
今いちど


もしや
麗しいお姿を乗せた牛車が
目の前に現れはしないかと
儚き望みを抱くのみ


名前も存じ上げない
高貴なる女人


笛に惹かれて迷い出た
天女の如く


いつもこの川辺に現れては
わたしの笛を聞いて下さった


わずかに覗いた白い御手と
差し出された花の枝
やわらかきお声


わたしの名前まで
知っていらした
貴女は
どなたなのです?


たおやかで
どこか哀しげな風情を
簾の陰に隠しながら


いつもすっと
月影の中を去って行った牛車


最後にお目にかかったのは
もう
何年前になるのだろう


あれから
数え切れぬほどの月の夜


わたしは笛を吹いては
貴女を待っていたのです


どんな事情が
おありでもいい


どんなふうに
変わってしまっていてもいい


この川辺で
わたしの笛を聞く
貴女にお逢いしたかった


けれど


時は
貴女とわたしとを隔てたまま
ゆるゆると通りすぎて行く


想いのたけをこめ
遥か天まで
冴え渡って行く調べは


もう
貴女には届かないのだろうか


わたしは今宵も
慕わしい面影に引き寄せられて


こうして
やるせなく
笛を吹いてしまうと言うのに


ああ
ならば


それもこれもすべて
この美しい
月の光のせいにして


今しばし


わたしを待たせる
まぼろしの恋に
たゆたっていようか


そしてひっそり
貴女を呼んでみようか


わがなつかしき
望月の君よ