弧月



月がさやかに光投げかけ
川面に己が姿を映す


流れにゆらめき
さらなる光の珠を弾き出し


水鏡の中に浮かび上がる
胸ふるわすほどの美しさよ


なのにその姿は
なんとあやふやなのだろう


指先を伸ばしても
触れるのは
ひんやりとした水の気配のみ


ふっと
微笑みが崩れるごとく
幻の月はかき消えてしまう


なあ
まるでおまえのようではないか


いつも隣で
酒を酌み交わしながら


おまえの心は
ひとり
虚空をさまよってはいないか


おまえが操る式神のように
そこにある姿は
ただの抜け殻なのではないか


わたしの話を
笑いながら聞いているおまえは


もしかしたら
もっとずっと遠いところから
現世(うつしよ)のあはれさを
眺めているのかもしれない


そんな思いに
時折
わたしは戸惑ってしまうのだよ


わたしたちは
同じ時を歩いているのだろうか


否応なく立ちふさがる
様々な厄災の前に
いとも軽やかに出向く陰陽師


おまえといることで
なんと多くの不可思議さに
わたしは出会ったことだろう


その度に
おまえの計り知れない力を


その力が浄化する
魂たちの怨念を
血涙を見てきたのだ


鬼を生むのは人の心
ならば
鬼を払うのもまた人なのだろう


そのことに気づかせるため
おまえは何度でも呪を唱える


わたしに
手伝えることはあるか?


側で見ていてもいいか?


おまえが「行こう」と
声をかけてくれるなら


わたしも必ず答えるだろう
「行こう」と


なぜなら


おまえは
かけがえのない友なのだから


今宵は
おまえのためだけに笛を吹こう


無性にそうしたいのだ


川面を渡る風が
この調べをおまえのもとまで
届けてくれる気がする


こころを空にし
どこまでも音色を澄ませよう
                                                                            
天の高みで
哀しいほど冴え渡る月よ
                                             
                           
たとえ
どれほどの闇が
おまえを取り囲んでいたとしても


こうして
みつめるわたしがいる限り


おまえは
ひとりではないのだよ





※ 弧月・・・ ものさびしく見える月