風待ち草



扉を開けると


そこは
海の見える庭


まだ少し
湿った葉を持つ草木たちが


ゆらめく青を背景に
眠たげにうつむいている


ひとつひとつ
小さく声をかけながら
そっと触れれば


目覚めた緑は
鮮やかに薫り立ち


そして
わたしに
海を気づかせる


聞きなれた波の音が
ふいにささやきを強め


鎮まっていた
こころをざわめかせる


抜け出たはずの迷宮に
また捕らえられ


なし崩しの切なさに
他愛なく陥ってしまう


海が呼んでいる


緑から青へと
引き寄せられる視線


ゆるやかに舞い
鋭く水面を切る水鳥たち


眩い光は
繰り返し寄せ来ては
砂の上に砕けて行く


まるで
それが永遠の営みであるかのように


ここは
海に近すぎる


なのに


海の向こうにあるものを
わたしは
まだ知らない


草木たちも知らない


知らないまま
祈るように待っているだけ


想いも涙も
憧れも哀しみも
戸惑いも孤独も


すべてすべて
そっと抱きくるめるように
さらって行く風の帆を


扉を開けて


いつもと変わらず
踏み出す一歩が


ただひとつの
運命へと繋がる
そんな未来(あした)を


波の音と呼応するのは
わたし自身のつぶやき


密かな呪文のように
愛しい名前を紡ぎ出す


海の向こうなど
誰にも見えはしない


見えはしないからこそ
焦がれるのだと


迷宮の中で
自分に言い聞かせよう


本当の風は
どこ?


わたしのもとに
吹いて来るのは
いつ?


こうして
海に向かって佇みながら


無心に風を待つ
緑の草木になってしまえたら


それもいいかもしれない


そんな気がして
小さく
笑った


きゅっと
目にしみる


海の青