渇  望

                      ― 十市皇女に捧ぐ ―


わたしは
父の背中が誇らしかった


そこに漂う
おおらかな暖かさに
寡黙な忍耐強さに
そして
時おり迸る
無骨な情熱に憧れていた


同じ父を持つ貴女になら
たぶんわかるだろう
その存在の大きさが


幼かったころ
貴女とわたしは
なんと無邪気にたわむれていたことか


陽だまりの中
笑い声を響かせあって


いつからだろう


愛くるしいまなざしを
日毎にたおやかさを増す横顔を
かけがえなく
愛しく思い始めたのは


誰よりも強くなって
多くのことを学んで
父の片腕となり
ゆるぎない場所を自らの手で築きたいと


高く高く空を目指し
枝を伸ばせば
その先に
貴女と言う花を迎えられると


一途に夢見ていたわたしを
おろかだと笑うだろうか


人には
動かせない運命があり
努力しても得られないものがある


そんなことに
気づきたくはなかった


けれど


あの父でさえ
涙を呑んで
貴女の母を手放す道を選ばされた


まして自分に
許されるはずもない


からみつく思惑も
戒めの楔も
すべて打ち壊し
想いを遂げる無謀など


そう悟ってしまったわたしを
貴女はなじるだろうか


あきらめにも似た微笑みを
寂しげに投げかけて


貴女はゆっくりと
目の前の流れに身を任せた


今は
手の届かない岸の向こうに
ひっそりと咲く美しい花


わたしは決して
忘れたのではない


たとえ
この手に触れることのできない
蜃気楼のような夢だとしても


貴女への想いが
今でもわたしを突き動かす


より強い力を
より高い空を求めて


もしもいつか
あなたが嵐に巻き込まれ
救いを求めたなら


きっとこの手で
助け出し
守り抜き
誰にも傷つけさせはしないと


儚い望みが
わたしのまなざしを上げさせる


どんな皮肉なめぐり合わせに
翻弄されたとしても


父が貴女の母を
ひそやかに愛し続けているように


わたしの想いも
生涯止むことはないだろう


貴女という
ただ一輪の花をみつめて