今月の「いにしえ人」
                                                       
― 源博雅―



水無月・・・

6月と言えば梅雨、と言う連想がすぐ浮かびます。
では6月に似合いそうな人、と言われると、さてちょっと悩んでしまう(^^;
水もしたたる・・・と言うのもいいけれど(笑)
いえ、それよりも今頃咲くであろう花、菖蒲に似合いそうな殿方にしようかな。
なぜ紫陽花ではなく菖蒲かと言うと、菖蒲って男の人が背景にしょってもあまり違和感のない、中性的な花(花に男女があるのか?>自分)ではないかと思うから(笑)
・・・と言うわけで、菖蒲の花でなぜか思い浮かんだのが源博雅どのでした。
とびきりの美男、と言うイメージはないけれど(失礼!)
なんとなくあの紫紺のすっきりと立った花を背景に笛など吹いて頂けたら素敵かも、なぁんてね(笑)

源博雅、夢枕獏さんの小説「陰陽師」に登場する平安時代の貴族の青年。
高名なる陰陽師、安倍晴明の親友にして、雅楽の天才。性格はおっとりおおらかで、豊かな感受性を持つ。心優しく、けっこうすぐ泣く感激屋(笑)
どちらかと言うと人と距離を置きそうな晴明をして「お前はいい漢(おとこ)だ」と言わしめるほど、心底いい人。
その奏でる笛や琵琶の音はひたすら美しく、鬼すらも心酔させるような天上の調べとなる。
・・・と言う辺りが、小説「陰陽師」での博雅像ですが、この愛すべき晴明の親友は、あくまでも夢枕さんが作られた設定。

もちろん安倍晴明同様、源博雅も平安時代の実在の人物ではあります。
そして雅楽に秀でていたと言うのも事実。なにしろ楽聖とまだ呼ばれたくらいですから。
夢枕さんは、安倍晴明の周りに実際にいたであろう貴族たちの中から、もし晴明の親友になるとしたら?、と言うような想像から博雅を設定したらしいのですが。
抜きん出て有能なる陰陽師で、時の権力者たちからも一目置かれていた安倍晴明と、貴族として宮中で出世を計るよりも、むしろ笛を吹き、琵琶を奏でることにこそ至上の喜びを感じていたのであろう源博雅。
確かに、これは異色でありながら、なかなか楽しい組み合わせですね。

今は、雅楽のCDもかなり出回っています。映画「陰陽師」のサントラも、人気漫画としての「陰陽師」のイメージアルバムなどもあります。
私もそれらをけっこう持っていたりするのですが(^^;
そんな中で、以前みつけたのが「源博雅の龍笛」と言うCD。
これは現存する最古の笛譜だそうです。
もっとも、千年以上の時を経ているので、破損や脱落して楽譜としての機能を失い、二十世紀に至るまで謎に満ちたままだったとのこと。
それがいったい、どうやって演奏へ漕ぎ着けたのか、専門家による多大なる解読の努力があったのでしょうね。

人の心を酔わすほどの笛とい言うのは、いったいどんな音色で、どんな旋律だったのだろう?
そんな興味にかられて聴いたこのCD。一本の龍笛のみの曲と、数曲は笙(しょう)が加わると言うだけの、とてもシンプルな作りです。
ちょっと意外だったのは、あまり音数が細かくないこと。メロディはあるかないか、と言うくらい単調で(^^;、ただしとても深みのあるロングトーンが空間に広がって行くような感じです。
一般に楽器の名手と言うと、他の人にできないような難しい技術を伴った演奏ができる、と思いがちなのですが。
博雅の龍笛と称される雅楽は、どちらかと言うと技巧に走るのではなく、あくまでも音色の美しさや深さを堪能するもののようです。
そう思って聴くと、なるほどそれはいかにも博雅らしいような気がします。

堅苦しい場や大勢の観衆の前で、と言うよりも、のどかでやすらかな自然の中に我が身を置いて、風や水のせせらぎと同化しながら奏でる音。
だからこそ、聴く人の心にしみいり、感動を呼び起こすことができたのでしょう。
他人の心の闇を覗いてしまいがちな仕事をしている晴明も、きっと博雅のおおどかな楽の音に耳を傾け、やすらぎを得たのかもしれませんね。

乾いた大地を潤し、次なる季節の恵みをもたらす雨。
しとしとと降り続く雨の日には、博雅の笛はいったいどんな音色となるのでしょう。
雨空にくっきりと映える菖蒲の花々を背景に、博雅が奏でる笛を聴いてみたいものだと、しみじみ思います。



平成16年6月1日
                                                        
翠蓮    
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