今月の「いにしえ人」
                                    
〜 黄夫人〜


長月・・・

実のところ、毎月この「いにしえ人」に誰を選ぶか、かなり迷ってしまうのです。
今月も、さてさてどうしようかと散々悩んで決まらず、ふと「そうだ、去年の9月は孔明だったから、今年は奥さんにしようかな」と思い立ち、いとも安易な人選となってしまいました(^^;

もともと、ほとんど女性の登場しない三国志、なにせまさに男の世界(笑)ですから。
そんな中に、わずかに取り上げられる女性となると、これはとにかく美しいはず、掃き溜めに鶴(失礼!)的存在となるのも不思議はない、と言うところかな(^^;

その代表格は、呉の孫策・周瑜と言うビジュアル系主従にそれぞれ嫁いだ大喬・小喬姉妹(二組の夫婦揃ったら、さぞかし眩かったことでしょうね)。
そして、魏の曹操が袁氏の根拠地に攻め入った時、曹操の息子曹丕がその城の奥でみつけ一目ぼれしてしまった、袁熙の妻であった甄氏(しんし)。
曹丕は甄氏を連れ帰り自分の妻としたものの、後にある疑いにより、自ら彼女に死を与えることになります。
ふむ、美女は確かにドラマを生むけれども、必ずしも幸福を掴むとも言えないらしい(^^;

さて、そして肝心の黄夫人・・・かの有名な三顧の礼で劉備に迎えられた有能なる人物、諸葛孔明の妻。
もっとも、彼女が嫁いだ時は、まだ孔明はいわゆる在野に埋もれていたわけですが(^^;
それでも、孔明はその土地では有名だったのでしょう。
黄承彦(こうしょうげん)と言う地元の名士が、「君は妻を捜しているらしいね」と、孔明のところに自分の娘を売り込み(?)に来ます。
ところが、その売り込み文句たるや・・・
「私に醜い娘がいる。赤毛で色黒だが、才智は君とお似合いだ」と言う、なんともユニークなもの。
うむむ、父親にもろ「醜い」と言われてしまう娘の立場ってどうなんだろう(^^;
もちろん「でも賢いんだぞ」と言うフォローはありますけど。

そして孔明さん、なぜかあっさりとこの娘さんを妻としてしまうのですね。
そのため、郷里で「孔明の嫁選びをまねるでない。承彦の醜い娘をもらうはめになる」と言う諺が流行ってしまったと言う、これまた女性にとってはなんともむごいように思うのですが(-"-;)

要するに黄夫人、三国志に登場する貴重なる女性=美女、の枠から見事に外れてしまっているらしい。
孔明さんも、そんな図はまったく気にならないらしい。
確かに、傾国の美女と言う言葉もありますし、今後の国の行く末を憂い、高き志を持つ者、美女の色香に迷っているひまはない、と・・・孔明さんなら考えるかも(^^;

 
それと、地元のことであるし、たぶん孔明はその娘さんのことを知っていたのではないか、と言う説もあります。
聡明さや人柄を知っていたからこそ、黄承彦の話をすぐに承諾したのだろうと。

小説では、それぞれ少しずつ違った形でこの妻が登場します。
柴田錬三郎さんの「英雄ここにあり」では、なかなか印象的に描かれています。
ここでの孔明の奥方は、顔立ちは醜いながら、凛とした気品と佇まいを見せ、訪ねてきた劉備は、醜女が思いがけず美しく見えることに驚きます。
そして、この奥方は孔明の仕官が決まったと知るや、心置きなく夫が出立できるよう、静かに自害してしまうのです。

陳舜臣さんの小説「諸葛孔明」では、色は黒いけれど目がぱっちりしていて、ただ背がとても高いとなります。
名前は綬。どちらかと言うと、はきはきとしていて聡明。背は高いもののかわいらしいイメージ。
孔明は、ちゃんと綬さんのことを知っていて、あの人ならと納得して妻とします。
この奥さん、自らも発明好きで、うどん製造機などを作って見せたりする(笑)、なかなかユニークな女性です。

北方謙三さんの「三国志」では、ごく平凡で地味な奥様として登場します。ここでは、劉備のもとへ仕えるようになってから結婚するのですが、やはり前から知っていた間柄のよう。
質素だけれど、しっかり者で家をきちんと守る感じの奥様です。

いずれにしても、美しさよりも聡明さを長所とする孔明の妻。
孔明と言う人は、間違いなく仕事一辺倒で、家はとにかく何の心配もなくいられることが一番だったのでしょう。
美しさを誇り華やかに装うより、控えめでもしっかりと家を守ることこそが、妻としての何よりの美点と考えていたのではないかと思います。

夫としての孔明・・・もちろん経済的な心配や浮気される心配はないだろうけど(笑)、いわゆる家族サービスとやらは期待できそうにないですねえ(^^;
常に仕事のことが頭から離れないだろうし、忙しければ帰ってこないだろうし、休暇もなかなか取りそうにないし。
妻はたった一人で家を切り盛りしなくてはならない。うろうろ遊んでもいられないでしょうし(^^;
何か家でできる発明でもして、自分も楽しむくらいの聡明さが必要かな(笑)

内助の功と言うのは、実は乱世にこそ求められるべきものなのかもしれません。
とは言え、わかっていても美女に傾く英雄たちが多いのも、また乱世ならではなのでしょうか(笑)


平成17年9月1日
                                                        
翠蓮