今月の「いにしえ人」 〜 六条御息所〜 |
葉月・・・ さて、夏真っ盛りと言うことで、やはり少々ひやりとする人物を選んでみようかと・・・ 深すぎる情念と嫉妬のあまり、生き霊にまでなってしまう六条御息所です。 六条御息所、先の東宮妃と言う高貴な身分、美貌と教養、洗練された物腰と誇り高さ。 彼女の屋敷は、彼女に憧れる若き公達のサロンのようだったとか。 源氏の君も、そんな一人。 もちろん、あまたの公達の中でも、源氏の君はおそらく抜きん出て目立ったこととは思います。 ましてや、源氏の君自身が御息所に興味を持ち、情熱的にアプローチしたなら・・・ 六条御息所と言う女性は、華やかな人々の中にいながら、孤独を隠し持っていたのかもしれません。得てして、プライドの高い人は、そうでない人より孤独になりやすい気がしますし・・・ 同じように、藤壺の上への禁断の思いに、寂しさを募らせていた源氏の君が、いともたやすく御息所の心を射止めてしまったのも、ありがちな流れなのかな。 でも、二人には決定的な違いが・・・ 源氏の君は、たとえどれほど様々な恋に溺れようとも、本当に求めている人(あるいは幻想?)が常に心の底にあった。 そして六条御息所にとっては、いつしか源氏の君こそが、心から求める相手となってしまった。 そんな思いの濃さの差が、表に現れてこないはずはないでしょう。 御息所の不幸のひとつは、皮肉にも聡明なゆえに、源氏の君が本気ではないことに薄々気づいてしまったこと。 いえ、もしかしたら御息所は最初から怖れすぎたのかもしれない。 自分よりずっと若い相手に、いつか捨てられるようなことになったら、自分のプライドがずたずたになると・・・ だからこそ自分の情熱を隠そうとし、けれど隠しきれず、その鬱屈がなおのこと源氏の君を気重にさせてしまう。 六条御息所はおそらく、源氏の君を愛してはいても、信じてはいなかったのでしょう。これは哀しいことですよね。 どれほど愛しても、きっといつかこの人は背を向けて去って行くのだろうと言う、絶望的な予感・・・ 信じることのできない恋人なのに、思いきれない自分。 それゆえに、素直になれず、ことさらそよそよしい態度を取ってしまう。 相手がうんざりしているのが察せられても、どうしようもない。 それでいて、実際には自分は、醜いほどにこの若い恋人に執着し、彼が時に逢いに行っているであろう、顔も知らぬ女たちにじりじりと嫉妬している。 なんともつらい、堂々巡りのような矛盾ですね。 生き霊となり、憎い相手のもとへさ迷い出て、髪を掴んだり打ち据えたりする感覚や、ふと我に返り、身体中から漂っている芥子の香りに気づく様など・・・ じっとりと暑い夏には、なかなかぞっとさせてくれるシーンではあります。 息苦しいほどの御息所の苦悩、女性なら(いや、男性でも?)少なからず想像できるのではないでしょうか。 共感できるかどうかは別としても・・・(^^; 六条御息所の生き霊に最初にとり殺される相手、夕顔。 彼女は、まさに御息所の対極にあるような女性ですね。 なよなよと頼りなく、素直で、男性の思い通りになってしまう女。身分もそれほど高くなく、気楽に逢うことができる。さぞ男性の保護本能もかきたてるのでしょうね。 現代で言えば、妻たちにとってこれほど油断のならない敵はいない、と言うところかもしれません(笑) 確かに、あまりにも男性に都合のいい女性に見えてしまって、私もあまり好きではないのですが(^^; はたして、自分の意思はどこにあったのかとさえ思われるような儚げな夕顔は、六条御息所の激烈な情念の前に、いともあっけなく命の灯を消してしまいます。 さて、タイプとしては、むしろ六条御息所と似たところがあるのではと思われる葵の上。 源氏の君の正妻であったと言うこと、そして不安定な状態にあった六条御息所に妊娠を知られてしまったこと、さらに牛車同士の争いで御息所に恥をかかせてしまったことなどが、葵の上に死神を招きます。 身分高く、プライドも高く、冷たく打ち解けない葵の上。でも、彼女には御息所ほどの激しい情念はなかったように思えます。 むしろ、極上の箱入り娘のかたくなさ、幼さを感じてしまうのは私だけでしょうか。 それだけに、いったんかたくなな心が氷解してしまえば、きっと彼女は素直な女性になり得たはず。皮肉にも、そうなれた矢先に六条御息所の生き霊にとり憑かれてしまうのですが・・・ 臨月の苦しみとも相まって、息も絶え絶えな頼りなげな葵の上の様子に、源氏の君も初めて哀れみといとおしさを覚えます。 お互い夫婦の情がわいたものの、すでに遅く、忘れ形見夕霧を残して葵の上も亡くなります。 六条御息所に殺された夕顔と葵の上・・・ それでも二人は、死ぬ間際、源氏の君に愛されたことを実感できたのではないでしょうか。 そこのところが、わずかでも救いに思えます。 けれど、六条御息所は最後まで、とことん恋に苦しんだ。 生き霊になるほど執着し、嫉妬し、我が身のあさましさを源氏の君に知られ、絶望のうちに身を引き・・・ それだけではなく、自分の娘にまで源氏の君が言い寄るのではないかと恐れを抱く。 そこまで源氏の君を信じられなかったと言うことが、なにやらとても哀れに思えます。 六条御息所にとって、源氏の君との恋を幸せに思えた瞬間ははたしてあったのでしょうか。 せめてもう少し、自分の愛した人を信じるおおらかさや、ひとときの恋にでも素直に飛びこむ潔さがあったなら・・・などと、私が言うのもおこがましいですが(^^; 疑心暗鬼、疑いから生まれるものは、ただ闇色の鬼だけ。 そのことに気づけなかった六条御息所の悲劇、それは私たちにも警鐘を鳴らしてくれているのかもしれません。 平成17年8月1日 |
翠蓮 ※ページを閉じて戻って下さい。 |