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よもぎさんへ感謝をこめて


義  心


〜華容道〜


武運とは
まこと先の読めぬもの


いかほどに
強大な力とて


些細な油断から
壊滅の憂き目を
見ることもあるものかと


今更ながらに
時の運の深遠さ
空恐ろしさよ


大いなる河を
遡らんと組まれた
鉄壁の大船団が


よもやの逆風に煽られ
紅蓮の焔に包まれ


呉国の華たる
白皙の都督の策に
見事落つるとは


今や周りのすべての国を
脅かすほどの勢いを見せる
魏の丞相たる貴方が


これほどにも打ち砕かれ
惨めな敗走をなさるとは


敵とは言え
運命の流転の皮肉さに
ふと虚しき心地する


昔日の折
捕虜たる我が身に
貴方は手厚く
礼を尽くして下さった


その御心をも顧みず
去って行かんとする際にすら


寛大なる許容と
餞別とを下された


借りとは思わぬ


だが
あの時のご厚意に対し
黙したままと言うは


義に悖る(もとる)


ましてや
弱き立場におられる貴方に
追い討ちをかけるなど


できはしない、と


我が胸の誇りが
頑是無く首を振る


甘い考えなのは
重々承知


今叩かなければ
潰しておかなければ


惨敗の苦渋から立ち直った時
あの国はまたさらに
強靭になってしまうだろう


我等が望む夢を
阻まんとするは必定


それゆえに追撃せんと
皆が奔走しているを
知りながら


このような迷い
裏切りにも等しいこと


いかほどの非難を
受けるも道理


我が殿は
仲間たちは
そして軍師どのは


決して我が行いを
許さぬであろう


目の前に在るは敵
それを認めつつ


なぜ


この後に及んでも
わたしはまだ
ためらっているのか?


傷つき疲れ果て
泥と血と屈辱にまみれて
逃げ惑う敵の大将を
情け容赦なく討つことなど


漢(おとこ)として
認められぬと


せめぎ合う矛盾を噛み締めて
立ち尽しているのか?


常に
尊大なほどの自信に
満ち溢れている貴方の


惨めな今のお姿を
見るは忍びなく
胸塞がるる思いがする


今の貴方を討ち取ることなど
あまりにもたやすく
それゆえにつらい


かまわぬ!
わたしは心を決めた


貴方を見逃すことの罪は
すべて我が身に被ればよい


わたしは
動かぬ樹になろう


何も見ず
何も気づかず
何も言わぬ樹に


どうか貴方も
そう思って
通りすぎて頂きたい


貴方らしくもなく
まるで許しを乞うように
頭などお下げになったりせず


その強いまなざしを上げたまま
悠々と通って行かれるがよい


この一度だけ


貴方に道を譲るのは
これきりとなろう


次に見える(まみえる)時あらば
私は全力を持って
貴方に挑んで行く


借りも負い目も
何ひとつ捕らわれるものなく


堂々と
互いの武運を競い合わん


お忘れなきよう


私はあくまでも
貴方に敵対する者


我が殿に
この命のすべてを捧げる者


いつの日か我等は
必ずや貴方を倒すであろう


それを誓いて
今は
その後ろ姿を見送らん


いざ
早々に立ち去られよ


ご無事を祈る・・・





※ 華容道・・・三国演義の中で、赤壁の戦いに敗れた曹操軍が落ち延びた道。