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よもぎさんへ感謝をこめて。


激    動



遥か海を隔てた異国の河口に
我が船団は集結しているだろう


次々と厚みを増す軍船
だが敵の軍勢はすでに
その河口を覆っているやもしれぬ


果たして望みはあるのか


我が国の命運を分ける戦
頬をなぶる風の便りは
わたしに何を告げようと言うのだろう


星の欠片すらも見えぬ闇空
押しつぶされそうな圧迫感


振り払うように視線をそらせば
ふと背後に軽い足音


ぼんやりと白い
やさしげな面影


頼りなげに肩を振るわせ
おまえが立っている


ああ 来たのか


張り詰めたこころに
やわらかく安堵が訪れる


だが
近づこうと足を踏み出した瞬間
それは燃え出した


ぽぅっと音もなく現れる
青白い火、火・・・


足元にまといつくように
ちろちろろと踊り出す


小さな叫びをあげるように
焔は燃え立ち
ふたつに割れ よっつに割れ


息を呑む間もなく
おびただしい数の群れとなる


びっしりと
わたしの周りを火の海に変える


怯えた顔で
悲鳴をかみ殺すおまえ


よろけながら
必死にこちらに来ようとしても
何ものかに遮られるように
足をすくませてしまう


見えるのか おまえにも


伝わったのか
わたしを襲った
息もつけぬほどの苦しみが


この鬼火は
遠い異国で今まさに
死に行かんとする者たちの魂


逃げ惑い 慄きながら
力尽きて行く命の欠片


膨大な敵が迫り来る恐怖
退路さえも断たれる絶望
鋭い切っ先に血が流される苦痛
使命を果たせず散り行く無念


まるで地獄絵図のように
わたしの脳裏に浮かび上がる
すさまじい戦いの模様


我が船団に
もはや勝機はないのか


無数のうめき声が
地の底から湧きあがり
わたしを責め立てているようだ


業火の狂い舞いは
わたしを取り囲み


わたしのこころに
寄り添わんとする
おまえをも取り囲む


ああ 苦しい


わたしは
どうしたらよいのだ


ふいに
胸も張り裂けよとばかりに
悲痛な声で
わたしを呼ぶおまえ


はっと悪夢から覚めるように
呪縛が解ける


雨の矢に打たれたごとく
幻の火はすべて消え去り


何事もなかったような闇だけが
静かに横たわっている


倒れかかるおまえに
とっさに腕を差し伸べれば


冷えた身体に
まだ止むことのない胸騒ぎ


鬼火は消えても
鬼火を見てしまったと言う悔恨は
わたしをずっと苛むのだろう


そして
またいつか
わたしに鬼火を見せるのだろう


なんと言う茨の路を
わたしは進むのか


今までも
そしてこれから先も


わたしの行く手は常に
修羅の焔に彩られるのかもしれぬ


蒼ざめながらも
わたしから逃げもせず
冷静さを取り戻そうとするおまえ


恐ろしくはないのか
わたしの弱さを蔑まないのか


もしかしたら
おまえこそが
わたしの唯一の支えなのだろうか


いや
まだおまえの清冽な魂に
溺れてしまうわけには行かぬ


なさねばならぬことが
押し寄せるほどあるのだ


今なら間に合うかもしれぬ
嘆いているひまなどない


この危機を覆し
さらなる襲撃に立ち向かうため


たとえ
どんな非難を受け
冷酷な皇子の名に甘んじようとも
わたしは先へ進まねばならない


おまえが
わたしと同じものを
みつめ続けてくれると言うなら


どうかその強いまなざしを
わたしのこころの奥に
灯していてくれ


わたしがためらうことなく
暗雲の路を切り開いて行けるよう


その冴え冴えとした瞳に宿る
ひとすじの
暁の光を信じさせてくれ



わたしは
まだ
負けるわけにはいかない