藤壷の宮

― 恋と言う罪 ―


定めと申すには
あまりにも皮肉でございましょう


年若くして
新しき母となりし女御さまは
輝く日の宮と謳われるほど
気高く美しく


亡き母御に似ていると
教えられればなおのこと
光の君の慕わしさは募るばかり


仲睦まじく
いつもお側近くにて
遊び語り親しんでおられる様は
さながら麗しきご姉弟のよう


春の陽射し 夏の風
秋の夕暮れ 冬の雪


移り行く四季の足音は
思いがけぬほどに早く


いとけなき若君は
いつしか
元服の時をお迎えになり


おふたりは否応なく
薄き一枚の御簾に
隔てられたのでございます


光の君のお寂しさは
いかばかりか


身分高き姫君を
娶られなさっても


絶え間なき女人との噂に
華やぎなさっても


誠のこころを偽るには
女御さまの面影は
あまりにも
鮮やかすぎたのでございましょう


時を経るごとに募る
なつかしき女御さまへの想い


禁じられし恋
叶うことあたわぬと申すなら


なぜふたりは
逆らえぬ流れの中
めぐり会わされてしまったのか


誰よりもこころ通わせ合い
笑い合うことのできた
あの暖かな日々が


今これほどにも
冷たい孤独となって
胸の奥まで凍らせる


お会いしたい、と


ただひとめお会いして
この狂おしい想いを
告げさせたまえと


かきくどく光の君を
押し留めることなど
誰にできましょう


たとえ
神の御心に背こうとも
悔やみはせぬと


たまゆらの夢に
賭けた一夜


それこそが
なおのこと女御さまを
業火の責め苦に
陥らせることになろうとは


おやさしい帝を裏切り
あまつさえこの身は
恐ろしき罪の子を宿してしまった


この先
どれほどの地獄が
待ちうけていることか


いいえ
我が身のことなどかまわぬ


ただ生まれ来る子の
行く末を思えば


罪深さに胸うち震え
帝への申し訳なさに
こころは潰れんばかりなり


いっそ
夜明けの露のごとく
はかなくなってしまえるなら


すべての罪を


光の君の罪をも
共に我が身に置き換えて
彼岸の闇に
消えようほどに、と


うち臥しては嘆かれる
女御さまの悩ましさに


どのような言葉も慰めも
虚しき霞の如く
薄れ行くばかりでございます


誰もがうらやむほどの
めでたきご運に
導かれしはずの女御さま


思いもよらぬ茨の路への
涙のしるべが
生涯ひとつの恋だとは


いかほどに
いとおしく想い合おうとも
この世の理では許されず


さりとて
深い縁(えにし)にて
つなぎ止められし魂は
忘れるることすらおぼつかぬ


互いの身を案じつつ
ひそやかにまなざし交わすことすら
苦しさのみを募らせる恋


これを罪と申すなら


なんと哀しく
つらき定めにございましょう