別  離

― 十市皇女に捧ぐ ―


運命は
いつも人の想いを
あっけなく裏切って行く


いや
それとも


これこそが
あるべき姿だったのか


不自然にたわめられていた流れは
真の力を持つ者を得て
すさまじい奔流の中に
わたしを取り込もうとしている


思えば
そなたもわたしも
抗えない思惑のもとに
娶わせられた者同士


血族の争いを避けるため
すでに幼い頃から
この路は決まっていたのだろう


ただ違っていたのは


そなたが
そんな自分の宿命を
どれほどか嘆いていたこと


そう わたしと違って


わたしは
父たちによって
結びつけられたこの縁(えにし)を
ひそかに喜んでいたから


まだ振り分け髪のそなたが
たどたどしい足取りで
けなげに追っていたのが
わたしではないとわかっていても


いつしか
まばゆいほどの乙女となり
それでも


その涼やかなまなざしが
いとしさを持って
わたしに注がれることなど
ありはしないとあきらめていても


そなたをみつめるたびに
同時に押し寄せてくる
喜びと苦しみ


それは
わたしを戸惑わせ
無口にさせた


馴染まない色と色とを
無理やり混ぜ合わせるように


わたしはいつも
屈折した想いの中にいた


そなたは
わたしのことを
どこか怖れているがごとく
視線を外そうとし


わたしはわたしで
もどかしさに苛立ち


今思えば
なんと青臭く
子供じみた感情だったろう


もっとやさしく
もっと正直に


そなたを受け入れれば
よかったものを


かの者の影を
勝手に妬んでいたのは
わたしの愚かさゆえ


なぜもっと
おおらかなふところで
そなたを憩わせることが
できなかったのか


最期の時になって
こんなにも悔やむことになろうとは


いや いいのだ


そなたは無事
この難を逃れるだろう


他でもない
そなたを今も
想い続けているかの者が


わたしを討とうとする輩と共に
ここへ向かっているはず


そなたを救い出すために


今こそ
そなたを戒めていた楔を
解き放とう


わたしとの日々など忘れ
生き長らえよ


新しく射し込む
光だけに向かって


これから
取り戻すことのできるものが
きっとあるはずだから


さあ
ためらわずに
ここを去るがよい


振りかえることなど
必要ない


ただ
できることなら


何ひとつ
喜ばしい思い出を
作ってやれなかったわたしを
許してほしい


そして
これだけは信じてくれないか


こんなわたしでも


そなたを
誰よりも
いとおしく想っていたことを


本当は
哀しい顔など
させたくはなかった


やわらかな陽射しの中で
微笑むそなたが見たかったのだと


去り行こうとする今
そなたが
わたしのために流してくれた涙


清らかな涙


それだけが
わたしの
最期の誇りを守ってくれるだろう


もう
怖れるものはない


さあ
一刻も早く
この嵐の宿命を逃れよ


どうか


どうか
しあわせに