「千と千尋の神隠し」

DVD

宮崎アニメ・・・ かなりの人が一度はどれか見たことがあるのではないでしょうか。中には「すべて見ている」と言う熱烈ファンの方も・・・
私の友達には「思ひ出ぽろぽろ」が大好きで何度でもビデオを見ていると言う人もいます。それぞれ好きな作品は、好みによって違うのでしょうね。
今までにいくつかの宮崎アニメを見てはいる私ですが、たいていテレビでやっていたのをたまたま見たとか、友達が貸してくれたビデオで見たと言うものでした。
自分から、しっかり後に残る形のものを手に入れたのは今回がはじめて。そして、まさにこの「千と千尋の神隠し」こそが、私にとっては「一番好き」な作品と言えそうです。

偶然にも、人の立ち入ることのできない不思議な世界に迷いこんでしまう千尋。両親は豚に姿を変えられてしまい、それまで親に頼りきっていた、少々無気力でひ弱な感じの千尋は否応なく自分で生きるための道を切り開くはめになります。

この不思議の世界が、まずなにやらなつかしい。千尋の働く場となる湯屋は、妙にけばけばしいようなアヤしさに満ちていますけど(笑) それでいて、どこかで目にしたことがあるような、そんな錯覚に陥るのです。
橋の下を通る電車、石楠花の茂み、石炭をくべるボイラー、土間、そして田んぼの中の夜の一本道・・・
昔、自然のすべてのものに神が存在していると信じられていた時代があったに違いない。私も田舎道を車を走らせながら、ふと田んぼのずっと奥にある山や森、人が足を踏み入れそうもない場所を見かけるたびに、あそこにはひっそりと神様とか精霊とかが潜んでいるのかも、なんて思ってしまいますが。

そして、千尋が迷いこんだ世界では、言葉や名前が重きをなしているようです。
千尋を何かと助けてくれる謎の少年ハクは、まず千尋に「ここで働きたい」と言うように薦めます。この湯屋を取り仕切っているのは、湯婆婆と呼ばれる魔女。ここでは働かない者は、湯婆婆の魔法で動物に変えられてしまうのです。「働きたい」と必死で訴える千尋。恐ろしい形相でその言葉を撤回させようとする湯婆婆ですが、千尋は食い下がり、なんとか契約に漕ぎつけます。

ところが、契約書に書いた千尋と言う名前を、湯婆婆は握りつぶし「おまえは今日から『千』だ」と言います。
ハクの言うところに寄れば、湯婆婆は相手の名前を奪って支配するのだとか。そして本当の名前を忘れると、もとの世界への帰り道がわからなくなるのだとも。
そう教えるハク自身が、すでに自分の本当の名を思い出せずにいるのです。

名前の持つ力・・・これは以前「陰陽師」でも安倍晴明が言っていたことと似ているように思います。「この世で一番短い呪は名」と晴明は言います。実際に鬼と対峙した時に、名前を教えてしまった親友の博雅は鬼に「博雅、動くな!」と呪をかけられ、動けなくなりますが、嘘の名前を教えていた晴明にはその呪は効かないのでした。
名前とは、まさにその人一人を指すもの。その名前こそが、その人を表し、そして縛りもする呪と言うことなのでしょう。

「千と千尋・・・」での有名なキャラクター「顔なし」、黒ずくめに奇妙な仮面をかぶった姿で、最初は言葉を発することもできません。「顔なし」と言うくらいだから、顔はないのだろう。「顔なし」と言うのは周りの人がそう呼んでいるだけであって、本当は名前もないのかも知れない。だから顔なしは、自分と言うものをうまく表す術を持たないのかな。

この映画のおしまい近くで、千尋は湯婆婆のことを「おばあさん」と呼びます。恐ろしい魔女だと恐れていた湯婆婆ですが、いつしか千尋の中では普通のおばあさんになって行ったのではないか? ちょっと強欲だけど、どこか憎めない・・・ そんな気持ちが千尋に「おばあさん」と呼ばせ、その瞬間、湯婆婆の魔法もとけたと言えるのではないか、などと思ってしまったのですが・・・(^^;

そして、自分が発した言葉の重さもここでは重要なようです。
ハクは千尋に、「ここで働きたい」とだけ言うように、何度も念を押します。湯婆婆は「もういやだ、とかやめたいとか口に出したら、すぐに子豚に変えてやる」と千尋を脅します。その湯婆婆自身は、どうやら働きたいと言った者には仕事を与える、と言う誓いを口にしたことがあるらしい。さかんにそのことを悔やむのです。

「陰陽師」では晴明が博雅に「もし好きな相手に美しい月をあげたいと思ったら、その人に向かってそう言えばいい。それだけで月はその人のものだ」と教えます。言葉は口にしたとたん、真実と言う呪がかかる、と言うことでしょうか。
偶然にも同じ時期に上映されたふたつの映画、それぞれ趣きは違うけれど、古くから日本人が信じてきた呪術的な匂いが似ているような気がします。

「千と千尋・・・」でのもうひとつの驚きは、なんと言っても千尋の変化。気がきかなくて頼りなく思えていた千尋が、自らの力で生きることに直面して、どんどん力強く見えてくるから不思議です。逃げずに立ち向かう勇気、表面に惑わされず真実を見極める聡明さ、そして大切な人を守るためのひたむきさ・・・ ある意味でこの映画は幼いとは言え、立派な恋愛ものなのでは、などと思ってしまったりして(笑)

見終わった後、やはり心地よいなつかしさと切なさと、不思議な夢の余韻が消えませんでした。自分でも忘れかけていた遠い記憶に呼びかける何かがあるような・・・
いろいろな意味で考えさせられ、心にしっかり残った映画でした。


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