「ブレイブ・ストーリー」

宮部みゆき 著

「今月のメッセージ」に書いたばかりで、またもや・・・とあきれられそうですが(^^;
修羅場の夏、しっかりはまってしまいました、「ブレイブ・ストーリー」。
おおまかなところは「今月のメッセージ」に書いてしまったので、ここではさらに踏み込んだところまで。
と言うことで、かなりなネタばれとなります。
これから読もうと思ってらっしゃる方は、すみません、読まないほうがいいかと思いますm(__)m

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この物語の中で、「どうなってしまうのだろう」と常に気にかかっていたのが、主人公ワタル・・・ではなく、彼の友達でありライバルでもあるミツルでした。
転校生としてワタルの前に現れたミツル。頭もよく、ちょっと大人びた雰囲気を持つミツルと、なんとか友達になろうと試みるワタルは、ことごとく軽くあしらわれ、相手にもされません。

一見、鼻持ちならない少年のミツル。けれど、そこにはミツルの悲惨な過去が投影されていたのです。
ミツルが小1の時、不倫をしていた母親とその相手の男性を父親が殺し、さらにその場にいた2歳の妹まで殺してしまったのでした。
そして父親はミツルが学校から帰るのを待っていたのですが、近所が騒ぎ始めたので逃げ出し、自分も自殺してしまった。
ミツルは、父親の無理心中の生き残りなのです。

ですから、父親が母親と離婚して家を出て行ってしまい、失意のどん底にあったワタルが、思わずそのことをミツルにもらしてしまった時、ミツルは冷たく言い放ちます。
「それが何だって言うんだ、たかが離婚くらいで」
ショックを受けるワタル。ですが、後にミツルの過去の事件を耳にし、呆然としてしまいます。

同じように運命を変えたいと思い、幻界(ヴィジョン)へと旅立つことになった二人の少年。
けれど、二人はスタート時点からすでに違っていた。
ワタルには、まだ守らなければならない大切な母親がいる。できることなら、父親が出て行くなどと言う事実をなかったことにしたい。
そして、すべてを失っていたミツルの願いは・・・妹を生き返らせたいと言うことでした。
「だってあいつは、とても幼かったのだから」と・・・ 

もしかしたら、ミツルにとっては不倫をしていた母親も、そんな母親を殺してしまった父親も、どちらも素直には許せなかったのかもしれない。
しかも、何の罪もない幼い妹まで道連れにしてしまった、それは大人の身勝手さ以外の何ものでもないと感じていたのでは・・・
もし、せめて小さな妹が生きていたなら、ミツルは妹を守るためにどんな苦労をも必死で乗り越えたのでしょう。
たった一人、どこにも気持ちのぶつけようがなくて、頑なに心を閉ざすだけにはならなかったはず。そう思うと、哀しくなります。

幻界でも、ワタルとミツルはまったく正反対の旅をします。
気のいいキ・キーマやワタルを慕うミーナ、厳しいけれどまっすぐなカッツなど、ワタルにはすばらしい仲間たちができます。
ワタルのいいところは、相手の気持ちに素直に応じられ、しかも相手の気持ちを推し量ることのできるやさしさや、豊かな感受性を持っていること。
それがマイナスに働くと、相手を思うあまり、自分に自信がなくなって迷ってしまうのですが、そこがまたかわいい(笑)
常に、これでいいのだろうかと悩み、幻界のトラブルにも巻き込まれ、自分自身の心の闇とも直面し・・・そんな中で、一進一退し、仲間にも支えられ、確実にワタルは成長して行きます。

けれど、ミツルはいつも一人ぼっち。絶大なる魔道の力を得て、たやすく旅を進めて行くミツルには、幻界の危機も、そこに住む人々の苦悩も、まったく関係ないことと映ってしまいます。
大事なのは、ただ自分の旅の目的のみ。宝玉をすべて集め、運命の塔へたどり着いて、あまりにも不当な運命を変えてもらう。
そのためには、邪魔となる森や町を魔法の力で吹き飛ばしてもかまわない。怪我をしたり、命を落とす人がいても、気にとめない。
こんなやり方がいいはずないと、誰もが思うでしょう。

子供だから、自分勝手だから、冷たいから・・・いくらでも理由は挙げられるでしょうが、ふと思ったのです。
もしかしたら、ミツルがこんなにも心にかけない、かけたくないと思っている、滅んでもいいと思っているのは、本当は幻界なのではなく、悲惨な事故から後の現実の世界だったのではないか、と。
幻界は、現世の人々の想像力からできている世界と言います。
だとすると、ミツルにとっての幻界は、つらかった現世を映していることになる、だからこそ愛着がわかなかった。
どこにも居場所のなかった現実の世界。何を支えに生きればいいのかわからなかった世界・・・ 実際にミツルは一度自殺未遂を起こしているらしい。
それほどの思いをしたからこそ、なんとしても、何を犠牲にしても運命を変えたかった。

そして、そんなミツルの気持ちをわかってあげられたのが、唯一ワタルだったのですね。
だから、ミツルはワタルだけには、つい助けの手を差し伸べてしまう。
「お人よしでおせっかい」とあきれ、時に鬱陶しく思いながらも、ワタルの存在を無視しきれない。
ワタルが幻界の危機にばかり気をとられて、旅の目的を忘れていることを、心から心配してしまったりするのです。
とは言え、そのために自分の旅の強引さをゆるめるようなミツルではありません。

最後の闇の宝玉は、幻界を魔界の侵入から守る常闇の鏡を封印ししているもの。
その封印を破れば、幻界は確実に滅びてしまう。
ミツルをとめるべく必死に駆けつけてきたワタル。常闇の鏡の前にいたのは、ミツルと、ミツルが闇の宝玉の在り処を知るために利用した皇女ゾフィ。
封印を解かないでと、涙ながらに訴える皇女ゾフィが、ミツルを最後に引き取った年若い叔母さんに似ていることに気づいたワタルは、ミツルのつらすぎる過去を思い起こします。
あまりに不幸な運命を変えるために続けられてきたミツルの旅、それをどうしてとめられよう・・・ ワタルの中に生まれる一瞬のためらい。
それはワタルの弱さとも言えるかもしれませんが、相手の気持ちを自分のもののように感じ、苦しむことのできるワタルは、なんてやさしいのだろうと思いました。

結局、闇の宝玉はミツルのものとなり、すべての宝玉がそろったミツルは運命の塔への道を辿ります。
そして結界が破れた幻界には、魔族があふれ出し、まさに絶滅の危機が・・・
ワタルはミツルと対決する決意をして、ミツルを追います。
運命の塔を前にして、二人の少年には最大の試練が訪れます。
それは皮肉にもライバルとではなく、自分自身の憎しみの分身と戦うこと。いいえ、本当は戦うのではなく、憎しみに満ちた醜い自分を受け入れられるか、と言う試練だったのです。
こうなると、二人のこれまでの旅の様子から、どんな結果になるかは想像できるかと思いますが。

ワタルは、どんなことがあっても大丈夫、まっすぐな心とおおらかなやさしさ、仲間を思う暖かさがあれば、どんな困難をも乗り切って行ける、と安心して見ていられる。
ミツルは、常にハラハラしながら、「どうしてこうなっちゃうの。もっと周りを見て。人を信じて」と思わされてしまう。
もちろん、自分が不幸なら他人をどんな目にあわせてもいいと言う理屈は通りません。
ミツルの旅の結末は自業自得と言われればそれまでなのですが。
それでも、あまりにもつらすぎる運命を背負ってしまったこと、しかもそれを他の誰でもない、自分の親に背負わされてしまったことを思うと、なんて哀しい、なんとか救われないものかと・・・

自分の分身によって倒されたミツルは、駆けつけたワタルに「自業自得なんだろうな」とつぶやく。ちゃんとわかっていたのですね。
それでも、どうしても、どんなことをしても、運命の塔へ行きたかったのだ、と。
そして、祈りを捧げさせてくれと言うワタルの言葉を受け入れます。
幻界では、人は死ぬ時に罪を悔い改め、光となる、と言われているのです。
ワタルの「ヒトの子の罪を重ねたことを悔いているか」と言う問いかけに、「はい」と素直にうなずくミツル・・・ 思わず涙が出ました。

ワタルは幻界での旅をまっとうして、現世に戻ります。運命は変わらなかったけれど、運命に負けないくらいたくましくなったワタル。
けれど、ワタルの戻った現世には、すでにワタルの知っていたミツルの姿はありませんでした。
ああ、やっぱりねと寂しく思いつつ、ふと変なことを考えてしまいました。
もしかしたら、ワタルの幻界に存在したミツルは、ワタルの想像の中のミツルだったかもしれない、と。

幻界は、そこを旅する旅人によって、姿を変えて行く。
ワタルの幻界と、ミツルの幻界は別のものとなるはず。
だから、ワタルが幻界の中でミツルを探しても無駄だと、旅の最初に導師から言われます。
それなのに、ワタルは旅の中でミツルに出会った。それは本当のミツルではなかったのかもしれない。ミツルはミツルで、別の幻界でまったく違う旅をしていたのかもしれない。
願わくば、そのミツルの旅が、厳しくても暖かさを備えたものであってほしい、なんて・・・
あ、これは私の勝手な想像です(^^; ついそんなことまで考えてしまうほど、私もまた物語の世界を旅していたような気分でした。

そして、この物語は少年の勇気のお話ではありますが、それ以上に世の大人たちに対しての厳しい問いかけのような気もしてしまいます。
子供たちをすこやかに育てているか、子供たちがやさしさを失わない世の中にしているか、と言う・・・
自分では抗いがたい不当な運命に見舞われた子供は、必死に何かと戦わなくてはならなくなる。
そういうつらさを背負う子供を増やすことは、望ましくないのでしょうね。大人の責任として。
ファンタジーの世界での冒険と言う、一見夢のような世界の中での、なんともシビアな出来事に、いろいろと考えさせられた夏でした。


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