馬酔木

                             ― 大津皇子に捧ぐ ―


あなたを
守りきれなかったわたしを
許して下さい


母のぬくもりを
恋しがって泣いた幼い頃から


魂近く寄り添いあって
生きてきたふたりなのに


あなたひとり
逝かせてしまったわたしを
許して下さい


どんに哀しい朝も
運命を嘆いた夜も
あなたがいたから


あなたの無垢な瞳が
わたしを見上げていたから


わたしは強くなろうと思った
あなたをやさしく包みたかった


あどけない笑顔に
たくましさが加わるごとに


あなたの才の煌きが
朗々とした生き方が
どんなに誇らしかったことか


あなたが
あなたにふさわしい場所に
辿りつけるよう


人々から慕われ
望まれるよう


いつも
祈りつづけてきたのです


けれど
容赦ない嵐の前に
わたしのひそやかな夢など
散り散りになってしまった


とも綱を切られた小舟が
ゆらゆらと行方も知れずに
流されていくように


あなたは霧にまかれて
まだ見ぬ彼岸へと
旅立ってしまった


あなたを失った今
わたしに
どう生きろと言うのでしょう


あてどもなくさまよい
ふと見渡せば


早い春の訪れを告げるように
咲き始めている馬酔木の花


あなたの好きだった白い花


しんと深い緑の中から
まるであなたを悼むように
花穂もうなだれています


もう
この花を見せるために
はしゃぎながら
わたしの手を引いて走った
あなたはどこにもいない


ひとりで愛でるには
寂しすぎる花


みつめるそばから
滲んでこぼれて
涙の奥にかき消えてしまう


馬酔木よ
できるならその名のように
ひとときでもいい
わたしを酔わせて


幻でもいい
愛しい弟に会わせて


この抜け殻のこころを
花のしとねに投げ出して


わたしも永遠に
眠りつづけてしまいたいから



(写真 筑波実験植物園 植物データベースより )