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水芭蕉さんへ感謝をこめて。


明石の君


〜満ち行く月〜


今宵の月の
なんと明るきこと


まるで
わたしの迷いを
光の刃(やいば)にて
断ち切らんとする如く


今頃
あの御方は
月影の浜辺を
歩んでおられるのだろうか


この邸に向かいて
何を思いながら?


たとえ
都から逃れ
侘しくお暮らしとは言え


今をときめく
光の君と謳われるような御方


都には
高貴なる姫君が
待ちわびていらっしゃるはず


このような鄙びた処で
わたしのような娘に
おかけになる情けもありますまいに


なぜ父上は
叶うべくもない夢ばかりを
わたしにお望みなさるのか


身分ある姫君方と比べられ
恥ずかしい思いをするくらいなら


このまま
お目にかかることなく
消え入ってしまいたい


望む縁(えにし)が得られねば
海に入りてしまえとおっしゃられた
父上のお言葉通り


いっそ
海竜王の后に
なってしまおうかと


詮無いことを思いながら
待つ身のつらさ


ああ
どうしたらよいだろう


あの御方が
もうすぐそこに


しめやかな足音
ゆかしき薫りが


そして
穏やかなお声が
扉越しに


やわらかく
月の光を震わせるよう


どうぞ
何もおっしゃらないで


わたしは
あなた様にお返しできる
雅やかな言葉など
持ち合わせておりませぬゆえ


どれほど
あなた様が繰り返し
お声をかけて下さろうとも


ただ貝の如く
黙しているだけ


いいえ
あなた様を厭うてなど


ましてや
軽んじてなどと
あろうはずもございませぬ


あなた様には
おわかりにはならない


光り輝くお美しさ
教養深く気品高く
天からも愛でられるほどの
すばらしき御方と


褒め称えられ
華やかなお噂に
包まれておいでになる


あなた様に憧れぬ女人など
はたしておりましょうか


風に乗りて流れ来る
琴の音の哀切なる響きに
人知れず聞き入り


幾度となく下さった
心づくしの御文
たおやかなる筆の様に
魅入られておりました


しみじみと
語りかけて下さるような
お言葉の数々にも


素直に嬉しいと
お返事することのできない
わたしをお許し下さい


雲の上の御方と思うていた
あなた様が
こうしてお気にかけて下さった


それだけで
わたしには
もう十分すぎる思い出


これ以上の幸せを望めば
ただ哀しみを
募らせるばかりとなりましょう


満ちて行く月は
いずれ欠けるが宿命(さだめ)


たとえ
互いのこころを
寄り添い合わせることができ


うたかたの間
お側にいられたとしても


あなた様は
いずれ都へと
お戻りになってしまう御方


わたしは
この寂しい海辺に
ひとり
取り残されることでしょう


我が身もわきまえず
あなた様を引き留めたり
哀しんだり恨んだりなど


そのような情けない真似を
したくはございませぬ


わたしのことは
このまま
お捨て置き下さいませ


己が矜持を守らんとする
頑ななるこころを
哀れと思うて下さるのなら


そのようなおやさしいお声で
おっしゃらないで


この扉を
わたしから開けるようになどと


あなた様に
惹かれるがゆえの怖れを


あなた様を
愛するがゆえの修羅を


どうか
わたしに
お教えにならないで