捻じ曲げる禁忌
7 理想は遠く、落ちてゆく魂


caution!!
キラ、ラクス(ところによってはアスラン)がお好きな方は、お読みにならないことをお薦めいたします。
もし不快に思われましても、苦情等はお受けできませんので、ご了承ください。
申し訳ありません…。

なお、もし不快に思われましても、苦情は受けかねます…。(すみません)


 律儀なサイのこと、返信メールはすぐにあった。
 それこそ、入院などで、自分ではどうにもならない時以外には、こうやって相手のことを慮ってくれるのだ。その心遣いが、いつものことではあったが、素直に嬉しかった。
 しかし、内容は芳しくない。サイらしくない、はっきりとしない内容だった。まあ、出したメールの内容が内容だったからなのかもしれないが。
 会いたいです。
 他に少々脚色や余計な文もあったが、内容を端的に要約すると、それだけだった。今までは、日常の他愛のない出来事を話口調でメールしていただけだった。それを考えると、確かにこれは唐突で、かなりのインパクトではあったのだろう。
 が、奥歯に物がはさまったような返信内容は、それを差し引いてもなんだかおかしかった。
 今はオーブを離れているとか、仕事で手が離せないので会う時間が作れないとか。
 最初は嫌われたのかと思った。けれど、穏やかな性格のサイのこと、それこそ激昂するようなことをしでかさない限り、広い包容力で迎えてくれるはず。それに、嫌であるのならば、もっと上手い嘘をつくはず…。
 なんだか、変だ。
「何かあったのかなあ?」
 メイリンは、借り受けた部屋の端末の前で、独り呟いた。
 返信メールを読んで、がっかりしたものの、なんだか妙な文面に何度も読み返していると、逆に心配になってくる。
 …窮地に陥っているとか。
「……」
 過多な想像力が不安を膨張させ、頭をもたげる。
 数秒後、メイリンは、凄まじいスピードでキーボードを打ち始めた。
 決断も、遅くない。
 それが、メイリンの長所でもあり、短所でもあるかもしれなかった。


 オーブ軍の基地で、大方の知り合いに挨拶した後、ミリアリアは人気のない通路を出口に向かって歩いていた。変わり映えのしない白い壁が、歩調に合わせてゆっくりと背後に流れていく。軍の施設であるからか、外への眺望のための大きな窓はない。殺風景な通路と、正確な幅で並ぶ扉が左右に並んでいるだけ。あまりの幾何学的な風景に、ため息が出る。
 久しぶりに会った彼らの大概の表情は、明るくなかった。セレベスに侵攻するのはオーブではないが、中立という立場でラクスの意向を容認するということは、その行為を肯定していることに他ならない。さらに、オーブの国家元首カガリ・ユラ・アスハは、プラント代表ラクス・クラインの戦友でもある。誰もが、カガリはラクス・クラインの意思に同意しているのだろうと想像していた。それは、確信に近い。
 詰まるところ、中立であるオーブがセレベスを攻めるも同じと、世の中は受け止めているのである。
 それは、世間が知るところであるが、オーブの国家元首が理解できているかは、甚だ疑問でもあった。
 オーブの国家元首、カガリに、ミリアリアは取材を申し込んでいない。ミリアリアにラクスへの取材を依頼した出版社が、ナチュラルで半数以上を構成するため、地球の動向を取材するには人材が事足りるからでもあるが、カガリの言うことは容易に想像できたからでもあった。
 そ知らぬ顔をして、カガリを見捨てたわけではない。説得を試みようとも、ミリアリアが語った後に、ラクスが説き伏せるのは目に見えている。ミリアリアは、論戦でラクスに勝てるなど、露ほどにも思っていなかった。
 きっと、カガリを不必要に混乱させるだけなのだ。
 現状を把握できず、理想に振り回され、それが正しいのだと吹き込まれる。傍から見ると哀れに思うが、貴方こそが哀れだと思われるのがおちだ。そんな自分を貶めるようなこと、する意味がない。それを振り切ってまで、身を削ってカガリを救おうとする気力は、ミリアリアには湧いてこなかった。
 カガリとの「友情」という文字が、ふと頭に浮かんだが、先刻首長邸で見せ付けられてしまった庶民と国家元首との壁を、こびりついた頭から消すことはできない。そして、その壁を突き破ろうとする程、やはりカガリを思うことはできなかったのだ。
 そんな鬱々たる思いに耽り、ぼんやりとしたまま通路の角を曲がろうとしたところ、前方から大きな声が聞こえてきた。
「俺は、戦いたくないですよ!」
 少年の声。思わず通路の角の影に隠れ、声が聞こえてきた方を窺う。
 ザフトの赤だった。後姿で良く分からないが、少々長めの黒髪が、つんつんとはねていて、それが彼の性格を表しているようでもあった。少年と言うよりは、その体つきは青年と言ってもいい。ただ、声音はまだ少年を抜けきっていない、少々高い声だった。怒鳴った相手は、疲れたように通路の簡易ベンチにもたれている。その姿を認めて、思わず「あ」と、声が出そうになった。
 同じく白のザフト軍服を身にまとった彼は、停戦協定式の際、ディアッカと共にオーブに訪れたイザークだったのだ。
 気高い雰囲気をまとっていた彼にしては珍しく、疲れた表情をしていた。見事な銀色の髪と、触れたら切れてしまいそうな怜悧に整った顔はそのままだが、なんというか覇気がない。神経質な表情に苛立ちを浮かべ、通路に据えられた簡易ベンチに座り、つま先で床を叩き続けていた。
 明らかな不機嫌。
 そういえば、ディアッカがいなかった。イザークの隣に、いつもそこが当然のごとく自分の場所だと言わんばかりにいた、ディアッカが。なんだか変な感じだ。アークエンジェルで共に過ごしたディアッカも確かにディアッカだったのだが、ザフトに戻り、イザークの傍らにいるディアッカは、至極しっくりきていたから。
「上からの命令だ」
 これもまた、珍しく低い声だった。
「知るもんか。上層部の頭がおかしいんじゃないか、ってことですよ。俺は従う気、ありませんから」
 イザークは、ギロリと目の前に立つ少年を睨む。
「貴様は、ザフト軍に雇われている兵士だ。報酬をもらっておきながら、命令に従えない、と言うのか?」
「じゃあ、なんですか。隊長は、今回の決定に納得してるんですか?」
 ケンカ腰の口調のまま、少年は噛み付く。
 うっとうしそうに少年を睨み深いため息をつくと、イザークは低い声のまま応えた。
「納得してるわけじゃない」
「じゃあ…」
「だからと言って、命令違反をする気はない」
「はっ!軍の犬ってことですか!」
 かっとイザークの瞳に燃えるものがあった。咄嗟に立ち上がって、少年の胸倉を掴む。
「なんだと!貴様!」
「腑抜けたあんたには、興味がないってことですよ!くだらない権力争いで、上官に逆らえないってことでしょう!?そんなあんたには、従う気はないね!」
 上官であるイザークに対して随分な物言いだが、少年は、一歩も引かない。
「俺の個人的な見解だけでは、分からないことがある!上層部が、大局を見て決めたことだ。それが間違っているわけないだろう!」
「間違ってる!他国に攻め込んで、人の命を踏みにじるなんて、間違ってないわけない!」
 譲れない思いがそこに在った。
 少年に刻まれた、忘れようもない深い傷。己の半身を失ってもなお、大切なものは抱えた腕から零れていった。もう、そんな思いをするのは2度とご免だ、と強く願っても、こうやってまた争いの日常が訪れる。それを、容易く受け入れてしまっているイザークが、許せなかった。イザークだからこそ。
「あんたを見損なった!プラントのために、最後まで信念を曲げずに戦った英雄だと思ってたのに!副官がいなけりゃ、何もできないんだな!」
 痛いところを突かれて、イザークは思わず息を飲んだ。反論する言葉が、真っ白な頭に思い浮かばない。
 違う、と言いたかった。けれど、真実はいつも闇の中で、自分で状況を判断できない。そんな自分に苛立ちを募らせ、相手を説得するはずの言葉は、自らに言い聞かせるものでしかなかった。いつものように、気軽に問えば返ってくる応えに手を伸ばしても、虚しく空を掴むだけ。
 どうしておまえはここにいないんだ。
 結局、ディアッカがいなければ、何もできない自分がここにいただけだった。少年、―――シンの言う通りだ。
「…ふんっ!」
 呆然としたままのイザークの手を振り払うと、少年は憤ったまま踵を返してミリアリアの方へ歩いてくる。ミリアリアの姿を認めると、不満そうに頷いただけのように見える軽い会釈をした。ほぼ、無意識の行動だったのだろう。習慣とは怖いものだ。
 赤い瞳が印象的な黒髪の少年を見送って、そのまま知らぬふりをして立ち去っても良かったのだが、…ふとした拍子にイザークがミリアリアの気配に気づいた。さすがに、生粋の軍人である。
「…久しぶりだな」
「お久しぶり」
 彼にとって、それが精一杯なのだろう。不機嫌そのものの表情を必死で隠し、無表情を装って、そう言った。普通なら、愛想笑いをするところだが、今の彼には無理な相談だ。そのあたり、理解のできない馬鹿ではない。ミリアリアは。
「なぜ、こんなところにいる?」
「オーブ首長邸に取材に来たついでに。久々に、みんなに会いたかったから」
「そうか」
 少し、表情が緩んだ。
「俺は…、っと、知っているんだろうな」
「はい。ラクスさんの護衛よね」
「ああ」
 なんというか、ぎこちないが、まあ、険悪な雰囲気ではなかった。ミリアリアは、そっと胸を撫で下ろす。
 イザークと話すのは、意識せずとも緊張する。下手なことを言えば、怒鳴られそうだからだ。それを知っていても、先刻の少年は面と向かって意見するのだから、イザークにとって貴重な存在かもしれない。そして、怒鳴り返される可能性があるというのに、恐れずイザークに意見するということは、イザークは愛されている証拠だった。情がない相手に意見して、嫌われていいと思う程、人は暇ではない。
「…セレベスを、…攻めるの?」
 聞いていいものか迷ったが、いつのまにか口が問うていた。イザークが、びくり、と肩を震わせる。力尽きたように、ストンとベンチに腰を落とした。
「…そうだ」
 どうせ、すぐに会見で発表される。イザークがここで黙っていても、意味はない。
 ミリアリアは、その返答で理解した。先ほどの少年は、「セレベスに攻めたくない」と言っていたのだ。しかし、セレベスに侵攻することを、ザフト上層部が決めた。当然だ。ラクスがセレベスに行くのなら、護衛であるジュール隊は、着いていくことを余儀なくされる。
「セレベスが戦場になるのね」
「………そうだ」
「不満そう」
「……」
 その言葉には応えられなかったが、無言が肯定を示していた。
「…もう、決定したことだ。今更、撤回できん」
 軍人は、上の決定に絶対的に従わなくてはならない。従順な兵士が、いつの世も優秀な軍人だと言われてきた。反発する軍人ばかりであったら、軍としてまとまりがなく、まともに自らの国を守ることさえできない。
 そんなこと、ずっと前から知っている。当然だと思っている。…いや、思っていた。
「ラクスさんが、決めたことなんでしょう?」
「…ああ。ラクス様は、セレベスを説得しようとしているだけだが」
「でも、セレベスは入国を拒否している」
「そうだ」
「何故だって、考えたことはない?」
「…?」
 どういう意味だ?
 イザークは、ミリアリアを見上げて、首を傾げた。
「何の理由もなくて、セレベスはプラントを拒んでいるのかしら。プラント側の入国申請を、何と言って断っているのかしら。知っている?」
 知らない。
 ただ、コーディネーターが支配するプラントの存在を嫌悪しているのだろう、と。そう思っていた。その考えに、疑問を抱いたことすらない。
「呆れた。訪問する相手の国のことを、全然知らないのね」
「調査資料なら読んでいる」
 むっとして、応えた。配布された資料は、何度か読んで記憶してある。セレベスの立国の経緯や、現在の経済状況、セレベスの保有する軍のこと等。
「そうじゃないわ。セレベスの意思」
「意思?」
「理念とか。例えば、オーブは『中立』を主張しているでしょう?」
「セレベスの意思なら、おまえの方が良く知っているだろう」
「『コーディネーターに国籍を与えない』でしょ。そうじゃなくて、セレベスの考え。何故、そんな主張に至ったのか、よ」
「そんなことが、関係あるか。瑣末なことだ」
「私は、むしろ、そこが重要な気がする」
 なぜ、セレベスはコーディネーターを受け入れないのか。
 イザークは、そんなことを考えたこともなかった。コーディネーターの能力に嫉妬し、コーディネーターによる支配を恐れ、コーディネーターを嫌悪している。先刻も思ったが、その考えを疑ったことさえない。
 ひとつ大きな息をつくと、ミリアリアは背筋を伸ばして、宣言するように言った。
「…決めた。私、セレベスに行く」
「は!?」
 思わず、間抜けな声を出してしまう。おかしな女だ。これまでの会話で、なぜそんな結論になるのか。こんなおかしな女に惚れこんでいる、元々理解不能のディアッカの好みが、更に分からなくなる。
「セレベスは、これから戦場になるんだぞ!?」
「だからよ。さっきから、そうしようかと考えていたの」
 そして、自分の胸に手をあて、誇らしげに告げる。
「私は、戦場カメラマンだから」
「だが…!」
 ここで止めなければ、ディアッカに恨まれる気がした。むざむざ死地へ向かわせたのか、と。
「オーブにいれば、俺達が守ってやれるんだぞ?なぜ、わざわざ危険な真似をする」
 馬鹿じゃなかろうか、と思った。自らすすんで戦場に向かおうなどと。
 予想に反して、ミリアリアの瞳には哀れみが混じっている。なぜ、イザークが哀みを受けるのか、全く分からなかった。哀れみの意思に、馬鹿にされている気がして、ふつふつと怒りが込み上げてくる。
「争いの発端をこの目で見てきたのも、何かに導かれているような気がするの。ちゃんと、この目で戦場の行方を見届けなきゃいけないと思う」
 静かな強い決意。
 その決意を、容易に曲げられるなどと、とてもじゃないが思えなかった。彼女の、腕力などの肉体の強さではない、心の強さを垣間見た気がする。
「それに…」
 ミリアリアは、イザークを見下ろす。哀れみの色が濃くなった瞳に、真っ直ぐに見据えられた。
「あなたは、『守ってやる』って言うのね」
 一度、さみしそうに目を伏せると、その言葉を残し、ミリアリアが去っていく。一瞬、何のことか分からなかったが、通路の角に消えゆくミリアリアの後ろ姿を見送って、唐突にその意味を理解した。がつんと頭を殴られたような衝撃。
 『守る』ではなく、『守ってやる』
 その違いは、小さいようで、比較しようもない大きさがあった。
 同等の立場で、『守ってやる』とは言わない。友達であれば、『守る』と言うところだ。だが、イザークは『守ってやる』と言った。
 それはいつのまにか、自ずと「おまえは小さく弱いナチュラルだから、俺が守ってやる」と、上からものを見た言い方になっていたのだ。
 意識もしなかった、ナチュラルへの差別心理。もう、自分の中に、ナチュラルへの差別心理などあろうはずもないと思っていた。ナチュラルを差別することを蔑んでさえ、いた。だが、こんな奥底に、無意識下に、それは確かに在った。
 全身の力が抜けていく。がくりと落とした肩でうつむき、視界全てが白い床で埋め尽くされる。通路で独り、イザークは呆然としていた。床がぐらぐら揺れている。もはや、それは自分が揺れているのか、床が揺れているのかさえ、分からなくなっていた。
 無性に、叫びたくなったが、力の抜けた体からは、声は出てこなかった。
 掠れた声が、喉を通り、床に落ちていく。
 イザークの体も、底なしの深い闇にとめどなく落ちていく気がしていた。
 深く、深く、どこまでも。


to be continued




イザークの正念場。一歩手前。
がんばれ。
書いてる本人が言うのもなんですが。



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