捻じ曲げる禁忌
6 畏れる天使は、発端を示す


caution!!
キラ、ラクス(ところによってはアスラン)がお好きな方は、お読みにならないことをお薦めいたします。
もし不快に思われましても、苦情等はお受けできませんので、ご了承ください。
申し訳ありません…。

なお、もし不快に思われましても、苦情は受けかねます…。(すみません)


 中立国、オーブ。
 プラント代表、ラクス・クラインの訪問に、国は沸いていた。…はずだった。
 確かに、ポスターやニュースなど、国を挙げてラクス・クライン代表を迎える雰囲気はあったのだが、それは国が機械的に造りだしたものでしかなかった。そこに国民自らの熱狂的なものは感じられない。プラントへ取材に訪れたことのあるミリアリア・ハウは、プラントの熱狂的な支持を見てきたために、その空気の明らかな違いを肌で感じとっていた。
 終戦後、戦場カメラマンに戻り、内戦を続ける地球各国を忙しくまわっていたミリアリアだったが、ミリアリアとラクス・クラインとの親交を知る出版社たっての願いで、最近はラクス・クライン、ひいてはプラントを主に取材している。
 結局は、そんなものだ、と思う。
 ギルバート・デュランダル議長に対抗すべく、ザフトに敵対したアークエンジェルに乗った根本の原因も、ミリアリアになく、世界の意思であることなど自覚していた。その役割というのも、当時アークエンジェルのCIC担当であったラクス・クラインの代わりでしかないことも。
 世界にとって、自分が大きな意味のある存在だなんて、元々思っていない。
 ただ、自分の意思を捻じ曲げるほどの世界は、一体何なのだ、とは思う。
 ふう。
 暗い気持ちを吹き飛ばし、気を取り直してカメラ部材を背負いなおすと、ミリアリアは宮殿のような重厚な佇まいのオーブ首長邸に入っていった。

「こんにちは。お久しぶりですわ、ミリアリアさん」
「こんにちは。お久しぶりです。ラクスさん」
 にこやかに微笑みかけられるが、ミリアリアとしては、ぎこちなさを否めない。大体、面識はあるけれど、それほど仲良くしゃべる相手ではなかった。戦時中も。そして、終戦してみれば、プラントの代表だ。気安くしゃべれる相手ではない。
 コーディネーターとすら意識しなくなっていたディアッカとは、えらい違いだと思う。彼と会話するときのような気安さは、ここにはない。
「そんなにかたくならないでくださいな。私は、久しぶりに貴方にお会いできて、嬉しいんです」
「ありがとうございます」
 「かたくなるな」と言う方が無理だ。…ということまでは、察しがつかないのだろう。相手がかたくなっているのは分かっても、それを解きほぐす術を知らない。それを理解できる程、彼女は世間を知っているわけではないのだ。
 それが、世に言う英傑とは異なっているところだった。
 彼女は、生粋の貴族であって、庶民から雑草のように這い上がってきた者とは違う。庶民の生活など知らず、想像の範疇でしかない。それを、彼女は理解しているのだろうか。
「早速ですが、時間がないと思われますので、取材に入らせてください」
 コネのあるミリアリアしか、ラクス・クラインに直接取材できるような優遇はない。この仕事を3年以上続けているミリアリアは、その時間を有効活用するビジネスライクな割り切りを身につけていた。コネを嫌悪することが無意味であることも、知っている。ここからは、ビジネスモードだ。下手な同情などをして、取材内容を歪めてはいけない。
「オーブへは、何をされるため訪問なさったのですか?」
「かしこまった敬語は必要ありませんわ。気軽に聞いてくださいな」
「すみません。仕事ですので」
 絶えることのない微笑みが一瞬曇ったが、すぐに元の表情に戻り、なごやかなムードを造りだす。これは才能なのだろうな、とミリアリアは思った。
 オーブ首長邸に設けられた取材用の応接室は、豪華絢爛とは言えずとも、素材が高級であるのが一目で分かる家具がしつらえてあった。踏めば靴底が沈む絨毯は、品の良い模様がほどこされた臙脂色。ソファは、心地の良い弾力性を保持している。絵画や壷など、必要以上の華美な装飾は一切ないが、ひそやかに大輪の花を描く白い壁紙は、多分ミリアリアの給料では手の届かないもので、表面のきらびやかさより、飾りなく本質を高めることがいかに費用がかかるか、戦争で荒れた諸国をまわっていたミリアリアは良く知っていた。
 細やかな細工の窓枠に嵌められた、微かに青い色ガラスから、穏やかな陽光が部屋に降り注いでくる。
 こんな仕事で訪れなければ、ずっとうたた寝をしたいところだ。
 つまりは、オーブの国家元首であるカガリ・ユラ・アスハも、そういう階級の者である。
 そんな事実を突きつけられた気がした。ミリアリアとは、格が違うのだと。
 もちろん、彼女らに、そういった身分を自慢するような振る舞いはない。けれど、振る舞いがないからと言って、易々とお互いの立場を越えて交流できるとは、また違う話だ。
 劣等感。
 その言葉が頭に浮かんで、ミリアリアは、いやらしい自分の考えに嫌悪が沸いた。
「私は、もうプラントと地球には戦って欲しくないのです。恒久の平和を築きたい。そのために、私の力が利用できれば、と思い、プラントの代表者をしております」
「具体的には、どのような政策を考えていますか?」
「まずは、皆様に私の考えを理解していただくため、今回オーブへ訪問したように、各国へ向けて私の考えを話していくつもりです」
「その内容とは?」
「ナチュラルもコーディネーターも同じ人間なのですから、手を取り合い、平和な世界を造っていきましょう、と」
 ソファに腰掛けたラクスの背後に立つ、ラクスの部下達が、感嘆を漏らした。「さすが、ラクス様」という小声の会話が、これみよがしに聞こえてくる。演技だろうか、本音だろうか。彼らの真実を知るよりも何よりも。
 ミリアリアは、教科書を読み聞かせられているような感覚に陥っていた。
 それは、政策ではない。
「具体的に、どんなことをされる予定ですか?」
「具体的に、お話しておりますけれど」
「お話して欲しい内容は、例えば、プラントへナチュラルの親善大使が年に2度は訪れるようにする、とか…」
「まあ、それは素敵なことですわ。早速そうしたいと思います」
 ああ、やはり。と、思う。
 ラクス達の念頭にあるのは、いつも理想や理念など、精神論だった。自分たちの殻の中で、自らの理想を打ちたて、それを行動に移す。それがさも、全人類にとっての崇高な理想であるがごとく。
 問題なのは、彼女達はそれが自分達の殻の中での理想でしかないことに気づかないことだった。
 そして、その理想に近づく手段は、いつも障害を排除することでしかない。障害との共存という選択肢は、はじめからなかった。
 ラクスがプラントの代表となったと聞いたとき、ひどく驚いたのを覚えている。なぜなら、どんなに考えても、ラクスがプラントの政治を担うことを想像できなかったからだ。デュランダル議長が率いるプラントの行く末を王道に戻すことができず、さらに共存もできず打ち倒しすことしかできなかったラクスに、プラントの政治を具体的に動かすことができるとは思えなかった。
 そして、その現実が今、目の前にある。
 はぁ…。
 思わず、自然にため息が出ていた。それを鋭く察したのか、ラクスのお付きの一人が、一歩進み出る。
「恐れ入りますが、私から説明させていただいてよろしいでしょうか?」
「お願いいたしますわ」
「恐縮です」
 細いぶちの眼鏡をかけ、ダークグレーのスーツを乱れなくまとった、いかにもキレ者の男は、スラスラと今後の政策について説明していった。もちろん、機密事項や時期尚早の話題は、一言も口に出さない。マスコミに広めて、一般の人々への宣伝や同情を買う事柄のみだ。彼にとって、マスコミは完全に「利用するもの」でしかないのだろう。
 戦略として利用されるだけでしかない立場も悔しいが、ラクスの言葉だけでは取材にならない。
 マスコミなど、そんなものでしかないのだ。
 ミリアリアには、何度目かも分からない、苦いものが込み上げてくる。
「では、オーブの次の訪問先はどこですか?」
 もちろんボイスレコーダーに録ってはいるが、大体の取材内容をメモし終えると、雑談程度にミリアリアは問うた。まだ、少しだけ約束の時間まで余裕がある。
「そうですわね。私は、セレベスに伺いたいと思っているのですが」
 瞬時に、応接室の空気が変わった。緊張が走る。
 おそらく、これは禁句だったのだ。
「再三、伺いたいと申し込んでいるのですが、断られてしまっているのです」
 何か悪いことを言ったのかしら?と、怪訝な表情のまま特に悪びれず、頬に手をあて、困ったようにラクスは首を傾げた。
「…それは、同じ演説をしに、ですか?」
「もちろんですわ。ナチュラルとコーディネーターの共存には、どちらかを拒絶する国があってはならないのです。それをお話したいのですが、話を聞いていただく前に断られてしまっては、直接お伺いするしかないかしら…」
 ぞっとした。
 それこそ、近くの公園にピクニックとか、物見遊山程度に軽くラクスは言っているが、それは侵攻と同意である。
「それも、酷いんですの。コーディネーターを拒絶するレジスタンスがいるらしいのですけれど、その組織を容認してらっしゃるんですのよ?」
 ミリアリアは、肌が粟立つのを感じていた。この感覚には覚えがある。
 ヘリオポリスが崩壊し、アークエンジェルに乗ることになってしまった、あの時。
 戦争が始まった、あの時。
 …争いが、起こる。
 予感だった。
「…ちょっと待ってください。それは…」
「ラクス様、お時間です」
 何の考えもなかったが、とっさに口をついた問いかけは、有無を言わさぬお付きの者の声に遮断された。お付きの者の顔にぺっとりと張り付いた笑みが、更に鳥肌を誘う。
「申し訳ございませんが、お時間です。お引取りください」
 絶対的な命令だった。
 これ以上、相手に有効な情報を与える気はない。そんな絶対的な意思がそこにあった。逆らえるはずもない。
「あら、もう時間ですの?残念ですわ。もっとお話をしていたかったのに…」
「ラクス様、次のご予定が迫っております」
「そうですの。では、ごきげんよう。ミリアリアさん」
 ラクスは、そう言って笑んだ。天使のような微笑みが、ミリアリアに注がれる。けれど、ミリアリアは顔もあげられなかった。
 彼女達は、にこやかな笑みを浮かべて、応接室を辞していく。置き去りにされたミリアリアは、彼女達の笑顔とは裏腹に、顔面を蒼白にしていた。冷や汗が全身をかけ下りていく。
 ぞっとする程に、ここは寒かった。

 オーブ首長邸を出ると、外は陽光に照らされ、眩しいほどだった。とにかくも、明るい場所に出ただけで、ミリアリアはホッとする。
 オーブ側の記者会見まで、まだ時間がある。その間に、オーブ軍施設を取材させてもらうことになっていた。すでに、取材許可は取ってある。もちろん、重要機密な機関部への取材は許されていないが、軽く訪問するには十分な資格だった。
 久しぶりに、懐かしい面々と会える。そう思っていた。
 大通りに出てタクシーを拾おうと、オーブ首長邸の庭を突っ切って歩いていると、門付近で、気の早い報道陣の姿を見かける。まあ、それだけ、プラント代表ラクス・クラインの訪問は注目されている、ということなのだろう。熱狂的にラクスを支持する、プラント住民の心理とは違う意味で。
「とうとう、セレベスに侵攻するらしいぜ」
 ひそやかな声が聞こえる。ミリアリアは、無関心を装って歩幅を縮め、耳を傾けた。
「すでに、経済制裁は行われてるしな。大統領や大臣を暗殺する予告状が見つかったって話もある」
「アレだろ?コーディネーターを受け入れない制度に反発する組織が出したってやつだろ?そんな組織、ナチュラルしかいないセレベスにあるわけないじゃないか」
「もちろん、プラント側が仕組んだことだろうさ」
「経済制裁っていっても、セレベスは小さな島だ。輸出入が制限されたら、やばいんじゃないか?」
「もちろん。既にやばいって話だ。国庫を崩してやっとらしいぜ。今の勢いのプラントに敵対する国もないしな。プラントに敵対すると、オーブにも敵対することになる。味方はいないし、完全に孤立状態だ」
「反対に、プラントのフェブラリウス市第5コロニーにも、制裁が入るってことらしい」
「ハァ?そっちは、ナチュラルを受け入れないってやつだろ?それがなんで」
「そりゃ、『ナチュラルとコーディネーターの共生』を理想としてるからだろ。ナチュラルを受け入れないプラントコロニーも、目の上のたんこぶだってことだ」
「…やり過ぎじゃないのか…?」
「今のプラント代表様が、やり過ぎじゃなかったことはないだろうが。あのお方は、自分の理想の障害になるもの全て、抹殺してきたからな」
 強烈な皮肉。
 しかし、それは真実だった。
 彼女の天使のような微笑みや、掲げた高い理想に惑わされがちだが、実際のところ彼女の行動は苛烈極まりない。彼女の行動の所為で、どれだけの人間が命を落としたか。けれども、彼女の行動がなかったら、もっと被害者が増えていた、と。そう人々は噂するのだ。
 そんな仮定など、現実の世界でどれほどの意味を持つというのか。
 過剰な意味を持たせているのは、彼女のカリスマが作り出した大きすぎる存在だった。だが、そのような少女のカリスマに傾倒して我を失うほど、世の大人達は純粋ではない。ラクスに妄信的なプラント住民の個々の真実は分からないが、ミリアリアの周囲には、先ほどのラクスの付き人など、一筋縄ではいかない難物が揃っている。
 彼らの腹の中は、分からない。ラクスを妄信的に支持しているとは、楽観できなかった。
 しかし実際、国の長など、そんなものなのかもしれない。国民の支持を集められるのなら、政治的には無能でもいいのだ、と。今まで各国の長を見てきたが、英雄の治める王道に沿った国など、ひとつもなかった。国の長が無能なために、争いや摩擦を大きくした国もあるが、側近達が有能であれば、国の長は飾りでしかない。強引に言えば、支持を集められるのであれば、無能でも構わない、と。
 だがしかし、ラクスの集める、妄信的な支持は一体何なのだろう、と思った。民は、彼女に過大な評価を下しているのだろうか。それとも、それこそが彼女の隠れた能力なのだろうか。
 薄ら寒さを覚えた。
「とうとう、国が相手になったな。今までは、一組織が相手だったのが」
 報道の立場にいて、プラントが秘密裏にコーディネーターに反発する組織を壊滅させていることなど、知らぬ者はいない。
「いや、今度も、一組織しか相手にしていないと思っているかもしれないぜ?なんせ、相手はセレベスじゃない。セレベスにいるレジスタンスだからな。セレベスがそれを容認してるだけだ」
「いくら国の意思が『コーディネーターを受け入れない』というものであって、容認してるといっても、したくてしてるもんじゃないだろ。姿をくらましてるテロリストを殲滅するのが難しいのと同じなだけさ」
「そこが、プラントのつけいる隙だろうな。『セレベスの代わりに、プラントがレジスタンスというテロリストを殲滅します』ってな。それで、ゴリ押しで『コーディネーターを受け入れさせよう』って魂胆だろ。また正義をかたるってことか」
「どちらにせよ…。…泥沼になるのは決定的だな…」
 これまでの歴史、他国の政治に介入して、泥沼の戦争にならなかったことはない。
 ミリアリアは、目を伏せたまま、その場を去った。陽光は、絶え間なく降り注ぎ、うららかな午後はゆっくりと過ぎていく。平和そのものの景色は、とても儚いものなのだ、と改めて思い知らされる。
 このオーブも、かつて戦場となった。2度も。
 そして、次は、セレベスも戦場となる。もう既に、それは決められた運命。
 陽光は暖かかった。…暖かかったはずなのに、冷たい風が肌を撫でていく。
 ミリアリアは、ぶるり、と肩を震わせた。


to be continued




ラクスについては、これでもかなり考えました。ミリアリアと同じくらい。
その結果、やはり彼女という人は、こんなイメージなのです。



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