捻じ曲げる禁忌
5 立ちはだかる守護者


caution!!
キラ、ラクス(ところによってはアスラン)がお好きな方は、お読みにならないことをお薦めいたします。
もし不快に思われましても、苦情等はお受けできませんので、ご了承ください。
申し訳ありません…。

なお、もし不快に思われましても、苦情は受けかねます…。(すみません)


 フェブラリウス市にある、とあるコロニー。そこへ、アスランとメイリンは訪れていた。
 アスランの手には、ラクスの親書がある。内容は、ナチュラルを受け入れないそのコロニーへ、「ナチュラルを受け入れ、共にナチュラルとコーディネーターの平和を築きましょう」と手を差し伸べるものだった。多忙なラクスは、今オーブに向かっている。同じ主張を、オーブで演説するためだ。アスランは、ラクスの代わりに、そのコロニーの思想を変える任務を担っていた。プラント代表のラクスの名代であるから、軽々しい任務ではない。いつのまにか、その重さに背筋が伸びていた。
 その背中を追うメイリンもまた、今回の任務を聞いている。アスランとメイリンの関係を慮ったラクスが、メイリンをアシスタントという名目で同行させていたからだ。
 アスランは、もうサングラスで素顔を隠すことも、偽名を使うこともない。ラクスの指示だった。「アスラン・ザラとして、自分のできることをしてください」と。アスランも、ラクスの考えに賛成であるから、素性を隠すことはない。先の大戦でのザフトのフェイスという立場を知っている者が多く、さらにその後、ラクス・クラインに協力しギルバート・デュランダル議長を倒したその存在は、尊敬の眼差しを受けるに十分と言えた。
 そのコロニー、フェブラリウス市の第5コロニーの港に降り立ったアスランとメイリンは、事前に訪問を連絡した際に指示された通り、港の応接室で待っていた。ベージュの皮のソファセットがしつらえられ、白い壁に包まれた部屋。1面には、港を見下ろせる大きな窓がある。旅客用シャトルが数種停泊しており、乗降する人々が、あちこちに列を作っていた。第5コロニーの一番大きな港。さすがに設備も整っていて、停泊しているシャトルも大きく、新型が多い。
 ここから、コロニーにある他市共通の大使館に案内されるものと思っていた。だが、その考えは、驚愕と共に覆されることになる。
 その人物は、扉を開き唐突に応接室に入ってきた。彼、一人で。
「久しぶり、かな?アスラン・ザラ」
「…あ、あなたは、タッド・エルスマン!?」
 思わず、ソファから腰が浮いていた。
 あまりにと言えば、あまりに軽率な行動。タッド・エルスマンは、フェブラリウス市の長だ。その彼が、護衛もつけず、秘書もつけず、港の応接室で自ら客を出迎えるとは。想像の範疇を超えている。
「なぜ、あなたがここに…?」
 無意識に、問いが口をついていた。隣に座っていたメイリンも、思いもしない人物の登場で、口をぽかんと開けたままだ。
「それほど驚くことだとは思わないがね。君は、何をしにここへ来た?」
「…えっ?…はい。ラクスの親書を届けに」
「だから、ここでいいのだよ」
 むっつりとした表情のまま、タッドは応える。
 意味が分からなかった。ラクス・クラインは、プラントの代表者だ。その親書を届けに訪れたのであれば、大使館に通すのが通例ではないのか?そして、それが相手に対する礼儀でもあるはずだ。
「『意味が分からない』という顔をしているな。で、あれば、質問を変えよう。君は、このフェブラリウス市第5コロニーの何を知っている?」
 試されているのだろうか。アスランは、向かいのソファに座ったタッドにならい、ソファに再度腰を落ち着ける。小さな息をつくと、口を開いた。
「ナチュラルに国籍を持たせないコロニーです」
「それだけか?」
「他には、地球のセレベスと同盟を結ぼうとしているとか」
「ほう?それで?」
「は?」
「知っていることは、それだけか?」
「…他には、医療関連の企業が多い、などということでしょうか?」
「それは、フェブラリウス市全体に言えることだ。第5コロニーに限ったことではない。他には?」
 アスランは口ごもった。プラントで一般的に知られていることは、フェブラリウス市のことであって、フェブラリウス市第5コロニーのことではない。大体において、プラントには市ごとの特徴があるが、コロニーそれぞれを意識し、特徴を捉えて区別して見ることなど、通常はなかった。
 ふう。
 タッドが、小さなため息をつく。相変わらずの無表情だが、そのため息はアスランに向けてのものに違いない。
「他にはないようだな。では、更に質問を変えよう。ならば、君はなぜここにいる」
「ですから、ラクスの親書を渡しに…!」
 明らかに馬鹿にした態度に、さしものアスランも語気を荒めた。アスランの怒気に、メイリンが恐怖の瞳を向けてくるのが分かったが、気にしている余裕などない。
 なんだこの応対は。名代とはいえ、プラント代表を迎えての応対が、コレか!?
 屈辱に耐えられないというアスランの表情を、冷めた目でタッドは見つめる。
「ここまで言っても、分からないようだな、アスラン・ザラ。君は、プラントで何を担っている?そして、何をすべきか分かっているのか?」
「プラントと地球の平和のために…」
「違う。そうではない。それは、ラクス・クラインの意思であって、君の意思ではないだろう?」
 頭に血が上り、咄嗟に応えた言葉は、タッドにあっさりと遮られた。
「私が聞きたいのは、そんな形式じみた言葉ではない。君自身の意思であり、君の担う役割だ」
「ですから…!」
「君は、外交官という役割を知っているのか?」
 さぁっと血が冷えていく。タッドが言わんとしていることが、その台詞でやっと分かった。これで分からぬほど、アスランも馬鹿ではない。
 アスランは、外交官ではない。外交官としての役目もなしていなかった。先刻のフェブラリウス市第5コロニーの特徴について応えられなかったのが、何よりの証拠である。外交官が、相手のことを知らずに、何を外交するというのか。
「プラント内のことであるから、『外交』そのものではないがね。そうはいっても、市を隔ててのことだ。相手を知るのは、相手を尊重し、相手と会話するための礼儀だと思うのだが?」
「…その、通りです」
「それと、君は、私が一人でここへ来たことに驚いていたようだが、どうということもない。正当な手段を用いた外交でないのなら、こちら側も正当な外交の応対をすることはできない、というだけだ。私が、知り合いに会うだけならば、港の応接室を設けるだけで十分ではないか?」
「…はい」
 反論はできなかった。タッドの言うことが、全て理に適っているからである。
「それとも、プラント代表ラクス・クラインは、フェブラリウス市を相手にするのは、にわか仕立ての外交官で十分だと、判断したということかな?私も馬鹿にされたものだ」
「そんなことは、思っていません!」
「『思う』という行為は、政治という場で問題ではないのだよ。『思う』だけでは、『理想』だけでは、政治はできない。『事実』のみが政治を動かす。それを理解できない者が、政治の場に立っていいものではない」
 「政治」というもの。アスランは、初めてその現実を見せ付けられた気がした。
 今まで見てきた世界は、理想が一人歩きをしていて、夢を見ているようだった。夢を見ることは幸せだったけれど、夢は現実を救わない。タッドに現実を見せられた今なら、それが分かる。
「これが、ラクス・クラインの示すプラントの姿か?外交を知らない者が外交を担い、それぞれの新しい役割を学ぶ努力さえ見せない」
 つまりは、きちんと政治というものを学び経験を積んでから、ラクス・クラインの言葉を正確に代弁できる外交官をよこせ。でなければ、ラクス・クライン本人が、ここへ来い。
 おとといきやがれ。
 …言葉は悪いが、そういうことだ。
「我々は、おとぎの国に住んでいるのではない。おとぎの国の、ままごとの政治で生きていける程、人間は甘くない。あれを為したい、これを為したい、と、主張は立派なようだが、理想で腹は満たされん。もっと現実を見ない限り、私は従う気はない。そう、ラクス・クラインに伝えなさい」
「…分かりました」
 そう、応えるしかない。正当な外交官でないアスランが、ここで外交的な言葉を吐く資格はないと、たった今タッドに断言されたからである。
「もうひとつ。アスラン・ザラ。君に訊きたかったことがある」
「なんでしょうか」
 もう、これ以上自分に落胆することはない。そう思い、半ば自棄になりつつ、アスランは応えた。
「君の為したいことは、何だ?」
「私のしたいこと、ですか?」
「そうだ」
「私のしたいことは、ラクスの理想の世界を実現することです。皆が安心して暮らせる平和な世界を作りたい。そのために、ラクスやキラの手助けをしたい」
「……」
 無表情のまま、あまり動かないタッドの表情だが、そのアスランの応えに不満であることは、沈んだ瞳でなんとなく分かった。
 ただ、アスランは本当に分からなかった。タッドの望む自分の理想の姿が。どうすれば、タッドに認められる人物に成りえるのだろう。タッドに認められたいが為に、ではないが、なぜかタッドの示す先に、自分の理想の姿がある気がした。
直感だった。
「いけないことでしょうか?」
「いけない、というわけではない。ただ、そうだな…。それは、君自身の意思ではない」
「私の意志ではない…?しかし、私が望むのは、今話した通りなのですが」
「それは、ラクス・クラインとキラ・ヤマトが目指す理想の世界を理解して言っているか?」
「理解しているつもりです。この世界に住む人全てがお互いに手をとり、争いのない平和な世界を作る、と」
 ふむ、とタッドは考え込むように目を伏せた。再び目を上げると、アスランの真っ直ぐな瞳を正面から見据える。
「思ったより、問題は根深いようだな。…夢物語のような、そんな世界が実現すると思っているのか?本当に?」
「…実際は、難しいと思います」
「そうだな。しかし、難しいのではない。結論から言えば、無理だ。まずは、それを理解することだ」
「…本当に、無理なのでしょうか?」
「君は、今まで生きてきて、何を培ってきた?様々な経験をしてきたはずだ。それを生かしなさい。そして、現実を見極める力を身につけなさい。数奇な運命を辿ってきた君になら、できるはずだ」
「今の私は、現実が見えてない、と?」
「ラクス・クラインとキラ・ヤマトの理想に、自分の理想を重ねているようでは、な。もし、君が言う彼女らの理想が、崩れたらどうする?それは、誰の所為だ?」
「え?」
 考えたこともない。…しかし。
「それは、彼女達の理想を理解できなかった周りに原因があると」
 いつも、そうだった。ラクスは正しいことを言っているのに、いつも心無い者に謂れもなく狙われていた。そんな汚い周囲の輩が原因でなく、誰が原因と足りえるだろうか。
「それは、責任転嫁ではないのかね」
「そんな…っ!」
「まず、周囲に原因があっても、それを打破できるかどうかは、自らの行いによる。更に、彼女らの行いの責任は彼女らにしかとれず、君が代わりに背負うことはできないのだよ。だから君は、現実を見つめる目を養って、君自身の責任の下、君がしたいことをすべきだ。自分の理想も自分の責任も、彼女らに任せてしまったら、それは恥ずべき行為だと知りなさい」
 理想に責任は伴う。理想の下に行動を起こせば、その行動の責任も自ずとついてくるものだ。その理想が自らのものでなければ、その責任も自らのものではない。もし、自らのものでない理想が崩れれば、自らの背負う責任もないことになる。
 理想の下に行動しているときは、その理想の下行動しているという自負を持ち、理想が実現すれば、その喜びを分かち合う。だがしかし、自らのものでなく、ただ沿っただけの理想が崩れたときには、自らの責任はない。
 美味い蜜だけ舐めているようなものだ。
 そんな状態で、自らを責め、悲しみに暮れても、自分に酔っているだけだ。それは、理想の所有者を馬鹿にする行為でもある。
 それを恥じろ、とタッドは言っていた。
 暗にアスランの今までの行動を指している。
 父であるパトリック・ザラの暴走を止めるため、ザフトを抜け、ラクス・クラインの指揮するエターナルに与し、大戦後、偽名を使い、オーブにてカガリ・ユラ・アスハ代表の護衛をしていた。その後、偽名を捨て再度アスラン・ザラと名乗り、ギルバート・デュランダル議長の下、フェイスの称号を受けることになる。そしてまた、ザフトを脱走し、ラクス・クラインの下に下った。
 いかなる理由があろうとも、この遷移でアスラン・ザラという人物を信用しろという方が無理だろう。タッドの息子、ディアッカのアークエンジェルへの寝返りなど、比較にもならない。
 どうあっても、パトリック・ザラの息子であった事実は変わらない。でも、その事実は、パトリック・ザラと同じ経緯を辿ると決定付けるものではないのだ。それを、胸を張って示さなければならないところ、オーブへ偽名を使って逃げた。その後、ザフトにフェイスで復帰するなど、まともな思考を持っていれば、言語道断である。
「そう…、ですね…」
 アスランは、ため息混じりに頷いた。
 分かるような気がした。いつも、自らの行動は他人の理想の下にあった。キラやラクスという他人の理想に沿うということが、自らの意思であり理想であると思い込んでいた。だが、それは自らの理想ではない。
 理想を共有できれば、また話は変わってくるのだろう。しかし、キラやラクスがいなかったら、同じ理想を持っただろうか?キラやラクスがいたからこそ、彼らの理想というものを知ることになったのではないか?自ら湧き上がった理想ではない。ならば、共有しているとも言えない。
 しかし、彼らの理想を、正しく理解できていたのなら、どうだろう?
「それに。君は、彼女らの理想を正しく理解できていない。彼女らの理想を理解できているのなら、賛同するわけもないからね」
「え?」
「聡くなりなさい。君は、その素質を持っていないわけじゃない」
 それだけ言うと、あっさりとタッドは立ち上がった。来たときと同様、唐突に部屋を出てゆく。止める間もなかった。
 応接室に置き去りにされたアスランは、メイリンの心配そうな眼差しを受けながら、タッドの話したことを反芻していた。
 他人のためではなく、自らのために。


 応接室を出てから、アスランは黙りこくったまま、重力調整された港内の廊下を足早に歩いていた。
 その背中を小走りに追うメイリンに、気づく気配はまったくない。ここへ訪れた時、アスランはメイリンを気遣い、歩幅を合わせ、ゆっくりと歩いていた。
 だが今、アスランは振り返らない。
 メイリンは、アスランの後姿に、見えない障壁を見た気がした。自然と、気持ちと共に、足が重くなっていく。歩みは遅くなり、みるみるうちに、2人の距離は開いていった。
 それでもなんとか声をかけようとして、伸ばしたその手を止める。考えに耽り自分の殻に篭ったアスランの背中には、拒絶がにじんでいた。
 ザフトを脱走してから、いつのまにか、アスランの隣にはメイリンの姿があった。
 アスランは、優しかった。それまでの経歴を知る周囲に、アスランと共に歩む姿を見せることは、誇らしかった。
 …でも。
 隣にいるのは、メイリンでなければならない必要があるのだろうか。
 アスランは、優しかった。全ての人に対して。アスランと共にいるのは誇らしかった。メイリンを嫉妬と羨望の目で見る女性が大勢いたから。
 でも、アスランの隣に在る女性は、メイリンである必要があったのだろうか。
 いつしか、そんな疑問がメイリンの頭をもたげていた。
 アスランは、本当にメイリンのことを想っているのだろうか。誰にも優しくて、その中の一人がメイリンなだけではないだろうか。
 今も、隣にいないメイリンに気づくこともない。
 …泣きたくなった。
 そのとき、ふと浮かぶ顔がある。オーブで偶然出会ってから、頻繁ではないが、ずっと連絡をとっている彼。内容は大方がメイリンの悩み打ち明けで、励ましや対処法などを返事としてもらっていた。
 会いたくなった。彼なら、メイリンを温かく迎えてくれる気がする。彼の言葉は、いつも優しく力強かった。アスランの優しさとは違う。どこが、とは、はっきりとは分からない。ただ、彼の存在は、とても安心したのだった。
 いつのまにか、歩は止まっている。俯いた瞳に、浮かんでくるものがあった。
「…う……」
 無意識に、うめきがこぼれる。
「メイリン?」
 その声に、初めて隣にメイリンがいないことに気づいたアスランが振り返った。
「すまない。考え込んでしまって…」
 申し訳なさそうな表情で弁解を口にしつつ、アスランがメイリンの立ち尽くす場所にかけ戻ってくる。メイリンは、俯いて黙ったまま、首を横に振った。それは、否定の意味だったのか、沸きあがってきたものを振り払ったのか。
 心配そうなアスランに、勢い良く顔を上げると、メイリンはその表情に笑みを浮かべた。
「いいえ!大丈夫です」
 メイリンは思っていた。
 私は今、ちゃんと笑えているだろうか…。


 港を後にするタッドは、付き従って歩く秘書から文書データを受け取り、目を通していた。
 ナチュラルを受け入れないことに遺憾を感じる旨、そして経済制裁を示す文書。プラント最高評議会直属の機関からのものだった。彼らは、パトリック・ザラの時代からのプロだ。アスランのような、にわか仕立ての外交官とは違う。抜け目ない行動に対し、策をめぐらす。
 フェブラリウス市の第5コロニーは、今、窮地に立っていた。
 プラント最高評議会直属機関からの圧力。それは、実質的にプラント最高評議会からの直接の圧力であった。ラクス・クラインのために、ラクス・クラインの指揮なく、ラクス・クラインの意思を実現する者達。政治の初心者であるラクスが指示を下すのなら、もっと事は簡単であっただろう。しかし、ラクスの理想の下、ラクスの理想を実現する者達は、手強く、強敵だった。
 アスランの訪問を退けたことなど、スタートラインに立ってもいない。タッドの戦いは、ここからだった。
 フェブラリウス市第5コロニーを守る。
 ナチュラルをただ無意味に受け入れないのではなく、コーディネーターという存在を愛するがために、その理念を掲げたかけがえのないコロニーのために。
「さあ、私は始めたぞ。おまえはどうする?馬鹿息子」
 呟いたタッドは、ニヤリと不敵に笑った。


to be continued




アスランファンの方、本当にすみません…。
書き上がってみたら、これでも、アスランに対しては優しい方でした。(ホントです…)

しかし、ここで書いたタッドさんのように、本気で叱ってくれる大人のキャラがいて欲しかった…。
ウズミさんは、自爆とかアカツキ作ってるところとかで、ちょっと微妙です…。



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