捻じ曲げる禁忌
4 ナチュラルとコーディネーター


caution!!
キラ、ラクス(ところによってはアスラン)がお好きな方は、お読みにならないことをお薦めいたします。
もし不快に思われましても、苦情等はお受けできませんので、ご了承ください。
申し訳ありません…。

なお、もし不快に思われましても、苦情は受けかねます…。(すみません)


 1週間前、その手紙は届いた。メールではなく、いまどき珍しい、封書で。
 多分それは、相手が礼儀を示したのだろう。突然の誘いであることを詫びるために。今でも重要な内容は封書にするから、手軽なメールではなく封書にしたということは、宛先人は大切な方です、との代弁でもあったのだ。
 実際、内容も慇懃と思える程の過度の丁寧さではなく、程よい礼儀正しさを感じるような、そんなものだった。文面から、人の良さ、品の良さが窺える。
 大戦時からオーブを陰で支えてきたサイは、大戦が終わった後、オーブの整理雑務をこなしていた。それもあらかた終わった1年後、実質休学状態だったカレッジに戻り、機械工学のレポートを片付ける。その傍ら、政治経済、物理、生物工学、医学、薬学、様々な学問に手をつけていた。
 本人に言わせれば、
「興味のあるものを調べていたら、いつのまにか、ね」
とのことである。
「でも、欲張った分、知識は浅いけど」
とも。
 それを聞いて、コーディネーターの友人は呆れていたようだが、最近、連絡をとっていない。元気だろうか。…まあ、元気のない彼を想像できるのは、サイの親友の女性に辛口であしらわれた時くらいで、普段では想像すること自体難しかったりもするが。
 その彼に聞きたいことがあった。
 そんなときだった、手紙が届いたのは。だからというのもある。その手紙に応じようという気持ちになったのは。
 差出人は、セレベス大統領。代筆は、流麗な字で「サム・ルシフェルド」とある。聞き慣れない名前だが、移民の秘書か何かなのだろう。オーブも、掲げる思想に共感して集まった、多種多様な移民から成った国だ。代筆した彼も、そういった類なのかもしれない。
 セレベスは、オーブ近くの小さな国だ。温暖な気候に恵まれ、コーヒーやセレベスイモなど、農産物を特産としている。その傍ら、電子工学の研究も熱心で、オーブのモビルスーツのチップなどは、セレベス産のものが増えてきていた。
 手紙の内容は、機械工学を専攻しているサイに、是非セレベスの機械工学について視察に来ていただきたい。代わりに、コーディネーターと親交のあるサイに、両種族間の関係について前向きな議論をしたい、という概要だった。
 視察については、願ってもない誘いで、ふたつ返事で応えたいところだった。だが、疑問に思うところがないわけではない。カレッジの成績が首席でもないサイを誘致したこと。コーディネーターに国籍を持たせないセレベスが、なぜコーディネーターとナチュラルの関係に興味があるのか、ということ。なにより、誘致した者が、かのセレベス大統領であること。
 しかし、罠だとしても、サイを罠に陥れる価値がない。オーブの一市民で、何の権力もないサイを人質にしても、自らの国家の名を貶めるだけだ。
 警戒はするが、自らにためになる勉強をする。
 そう決めると、サイの行動は早かった。


「サイ・アーガイルさん、セレベスにようこそ」
 セレベスで一番大きなセントラル空港に降り立ったサイに、目の前の青年はにこやかに笑って、そう言った。
 澄んだ青の瞳にサイを映し、長めのオレンジの髪は、つんつんとはねている。笑みを向けたときに、頭の動きにつられて揺れた髪が彼の人懐こさを表しているようで、ほほえましかった。
 同世代であろう。きっと、サイと殆ど年齢が変わらないに違いない。鼻筋が通り、大きな青い瞳が長い睫毛に彩られている。端正な顔立ちだ。身長もやや高い。大戦中から少しずつ伸びたサイの身長と同じくらいだ、と思う。ただ、その体躯の質感は、全く違っていた。しなやかな筋肉が、無駄なく備えられ、筋張った腕が半そでのシャツから延びている。その様子で、サイは、なぜかコーディネーターの友人を思い出していた。無骨な彼とは、印象が全く違うというのに。
「あなたが、サム・ルシフェルドさんですか?」
「はい。『サム』とお呼びください」
「俺のことも、『サイ』って呼んでください。畏まられると、俺もかたくなりそうなので」
 事実、同じ歳くらいの青年にそこまで丁寧に扱われると、自分にとっておこがましく思い、正直サイは戸惑っていた。オーブの一市民が受ける歓待にしては、身分違いな気がして、落ち着かない。
 サムは、少し目を見開くと、嬉しそうに笑った。また、オレンジの髪が、その動きに合わせてさらりと揺れる。
「じゃあ、サイ。敬語もやめた方がいいかな?」
 無邪気な笑顔に、一瞬呆気にとられた。態度の豹変ぶりに、思わず、ぷっと噴出してしまう。でも、嫌味な感じは全くなかった。彼の人徳だろうか。
「うん、頼むよ」
「分かった。あっちに、車を待たせてあるから」
「ありがとう」
 ごく自然に、サイが抱えていた荷物を手に取ると、サムは空港の出口のひとつを指し示して歩き出した。

 サムの案内で、サイは企業や工場を次々と視察していく。
 基本的に、セレベスは温暖な気候を利用した観光地であったり、農作物の特産地であったりするのだが、郊外の巨大な研究施設などで、また違った一面を見た気がした。
「今日の予定は、こんなところかな」
 夕闇が迫った頃、海岸沿いのオープンテラスでアイスティーのグラスを傾けながら、サムが微笑む。
「疲れたんじゃない?ずっと休まなかったから」
 砂浜に打ち寄せる波を、飽きもせず眺めていたサイが、正面に座るサムに視線を戻し、笑みを返した。
「そう見えるかな?」
「見えないね。本当は、もっと見たかった、って顔してるよ。工場を見てるときも、目、輝かせてたもんなぁ。質問攻めに遭った担当者が、可哀相に見えたよ」
「申し訳なかったな」
「いいんじゃない?事前に『質問攻めに遭うと思うよ』って言っておいたし」
「事前に?」
「そう。いろいろと調べさせてもらったからね」
 悪びれず、サムはあっけらかんと明かす。サイは苦笑した。
「それって、俺が機械工学に興味があって、視察したら質問しないではいられないだろう、ってことかな?」
「そういうこと。経歴とかね。結構いろいろと調べさせてもらったし」
「サムも、大統領の秘書にしては、まだ若いよね」
 やっと始まったか、という空気が、2人の間に流れた。
 それまでお互いに、表面上の会話しかしていなかった。腹の探りあいをしようとすると、相手の巧みな会話に流されていたのだ。
 朱色の太陽が、海岸線に沈んでいく。その夕陽は、サムのオレンジ色の髪を鮮やかに照らし出した。見上げた空は、既に青黒く染まり、端々で星が輝き始めていた。そんな中、ぽっ、ぽっとオープンテラスに並んだライトがひとつ、またひとつ点いていく。ゆるやかな灯りが、2人の姿を浮かび上がらせていた。
 海岸沿いのこのカフェには、眺望を重視したガラス張りの屋内と、オープンテラスに分かれている。今、屋内では食事やお茶をしている客がちらほらいたが、オープンテラスには彼らの他に誰もいなかった。おあつらえ向きだ、と思う。
「大統領の秘書なのは本当だよ。秘書っていうより、護衛って言った方が近いかな?なんて呼び名か決めてないのは確かだけど」
「じゃあ、『ナチュラルとコーディネーターの関係について前向きな議論をしたい』っていうのは、本当に大統領の意思なんだね」
「もちろん。あの手紙について、嘘はないよ。信じてもらえないかもしれないけどね。むしろ、良く信じてもらえたな、って思ってる」
「あの手紙を読んで疑う程、俺も馬鹿じゃないからね。実際会ってみて、手紙の内容は本当だって確信したし」
「…ってことは、信じてもらえたってこと?」
「疑ってはいないよ」
 あくまでも、「信じた」とは、サイは言わなかった。裏に何かあることを、疑ってもいなかったから。
 サイの言葉の裏に潜む応えに当然のように気づき、握った手を口にあてて、サムは楽しそうにくすくすと笑った。
「あの手紙が、サイを罠にはめるものだとは、思わなかった?」
「俺を罠にはめても、利点はないし。怪しいところがあったら、空港でさっさと帰ってるよ」
「さっすが。見込んだだけのことはあるね」
「そりゃどうも」
 真顔のまま、サイが応える。まんざらでもない。それに、お互い馬鹿でない相手と会話するのは、余計な煩わしさが一切なく、真実楽しかった。
「じゃあ、本題に入るよ」
 先刻まで鮮やかだったサムのオレンジ色の髪が、ゆるやかなライトの光で照らされて色が沈んでいるのを見て、陽が落ちたことを知る。完全に、辺りは闇に包まれていた。ざざん、という波の音が、星が瞬く空の下からひっきりなしに届いてくる。海岸線のあちこちに、家屋の灯りがともっていた。
「サイは、コーディネーターをどう思ってる?」
 単刀直入な問いだ。これまでの会話で、回り道は必要ない、と判断したためだろう。サムの表情は、今までの朗らかな印象とは違い、真剣なものに変わっていた。手にしていたグラスは、底に溶けかけた氷を何個か残して、テーブルに置かれたまま。サムはテーブルの上で手を組み、やや身を乗り出している。
 サイも、飲みかけのアイスティーが入ったグラスを、テーブルに置き、サムを真正面に見た。グラスの氷が、カランと心地よい音を鳴らす。
「『コーディネーター』だと思っているよ。それ以上でも、それ以下でもなく。遺伝子を操作して生まれた人間が、『コーディネーター』だ。そうじゃないのかな」
「そうだね」
 サムは、その最初の応えに満足したようだった。
「じゃあ、セレベスは、コーディネーターに国籍を与えない。それを、どう思う?」
「選択のひとつだと思うけど。コーディネーターだけの国、プラントがあるように、ナチュラルだけの国があっても、おかしくはないんじゃない?」
「それを、コーディネーターの排除だと思う?」
「思わないよ。コーディネーターとナチュラルが結婚したとき、多少困るかもしれないけどね。その場合、希望があれば夫婦をナチュラルとして認めるんだろう?」
「ご名答」
「コーディネーターとナチュラルっていうのは、符号だ。人そのものを指すものじゃない。でも、その人がコーディネーターかナチュラルかっていうのは、必ずある。その区別は必要だし、俺達の根底にある。忘れちゃいけないと思ってる」
 じっとサイを見つめたまま、サムはサイの言葉を聞いていた。否定も肯定もしない。その表情からも、何を思っているのか、窺い知ることはできなかった。
 サイは、気にせぬまま、続ける。
「でも、コーディネーターが遺伝子を操作して生まれたからといって、ナチュラルより優れている、というのは早計だと思うな」
「どうしてだ?」
「遺伝子の力なんて、たかが知れてるからさ。例えば、『記憶力がいい』ってことをいいことだ、って思いがちだけど、それは違う。記憶力が悪かったらする努力を、記憶力が良かったら知ることはできないからね。遺伝子で操作できるのは、あくまで産まれるまでだ。産まれた後の経験とか思考とかまで、遺伝子は指定できるものじゃない。それに、良ければいい、なんて強引なことを当てはめられるほど、単純じゃないよ、人間は」
「ふふ、やっぱ面白いな、サイは」
 心底嬉しそうに、サムは笑う。ライトの灯りに、きらりと青い瞳が輝く。
「じゃあ、最後に。セレベスは、何を望んでいると思う?」
「何も望んでいないんじゃないかな?ナチュラルが安心して暮らせる国を造りたいだけだろ?」
 満面の笑みを、サムはその顔に浮かべた。満足そうに。
「凄いね、サイ。結構感動しちゃったかな、俺」
「はぁ?」
「サイは強いね、ってことだよ。そして、ちゃんと物事を理解してる」
「そうだといいけど」
「えー!?まだ成長する気かよ。今の自分に満足しないで、まだ高みに上がる気満々なわけ?」
「満足したら、死ぬしかないだろ?」
 「何言ってんだか」という風に、サイが苦笑する。
「サムが言うと、俺が仙人か聖人のように聞こえるね。そんなわけないじゃないか」
「目に見える分、目の前にいる分、ありがたみが増すかな」
「はいはい。お布施の上限はないからね」
 あははははは!
 サムは、とうとう大きな笑い声を上げた。何事かと、ガラス越しの店の中の客と店員が、コチラに目を見張る。慌ててサイが声を潜めて咎めた。
「…サム…!」
「あははは…は、…はは…はぁー…。笑った笑った」
 やっとのことで腹を抱えて笑いを堪えると、サムは目に浮かんだ涙を指でぬぐった。明るい店内からこちらを窺っていた客や店員達も、興味をなくして元の動作に戻っていく。サムは、氷が溶けたグラスの水を飲み干すと、サイに視線を戻して、真顔になった。
「うん。やっぱり、俺の目に狂いはなかったな。期待以上だ。改めて、ようこそ、セレベスへ。歓迎するよ、サイ」
 その表情に、穏やかな笑みを浮かべる。真実嬉しそうな笑みだ。その表情になんと応えればいいのか分からず、サイはこくりと頷くにとどめる。
「セレベスは、サイのような人に、協力して欲しかったんだ。俺達は、今、窮地に立たされてる。自分の居場所が滅ぶかもしれないからね」
 内容は切迫しているはずなのに、顔は真剣な表情だが、サムは相変わらず軽い口調のままだった。しかし、1日付き合ってみると、慣れたものだ。サムは、切迫していてもあらゆる手段を講じていて、まだ手段が残っているからこそ余裕のある口調なのだ、とサイは理解するようになっていた。
 ただ、内容を聞くに、尋常な状況ではない。自分の居場所が滅ぶ、とは。
「『自分の居場所』って、セレベスのことだよね?」
「サイは、勘が鋭いね。そのとおりだよ」
「でも、なぜ俺なんだ?」
「サイじゃなきゃダメなのさ。俺達が助けを求めて手を伸ばせる相手は、そういない。俺達を理解できる者、はね。なかなかいないんだよ」
 それでは、応えになっていない。そう、サイが口を挟もうとしたのを、手で制して、サムは続けた。
「ちょっと待って。順に説明するから。…プラントの話だ」
 一度、店内の様子を窺って、こちらを見ている者がないのを確認すると、周囲の音を探り、周囲に潜む者がないのも確認する。かなりの用心のしようだ。サムは、ひじをテーブルにつき、少しだけ身を乗り出した。
「今、プラントの最高責任者がラクス・クラインであるのは知ってるよね」
 無言でサイは頷く。
「じゃあ、ナチュラルの右翼組織が、ことごとく潰されているのは知っている?」
 そう。それを、コーディネーターの友人に聞きたかったのだ。もちろん、表社会に現れることのない、裏社会のその事実自体は知らないが、プラントの動向を見るに、きな臭さを感じていた。
メディアが伝えるのは、ラクス・クラインの顔に張り付いたような変わらぬ笑顔と、「コーディネーターとナチュラルの平和」という変わらぬ主張だけ。そのまどろみのような世界に、違和感を覚える者は、そう多くない。
 サイの難しい顔で考え込んだ表情に、サムは頷いた。
「なんとなく、勘付いていたようだね。さすが、サイだ」
「本当なの?」
「本当だよ。今のプラントにとって、ラクス・クラインの示す平和にたてつく者は、悪であり、敵なんだ。そうだろう?平和を目指すという美徳は、万国共通だ。それを乱す者は、主張がどうであれ、悪なんだよ。善であり正義の象徴でもあるラクス・クラインにとって、それは敵でしかない。ギルバート・デュランダル議長を倒したラクス・クライン一派の行動を見れば、一目瞭然だ」
「それは…」
 サイは、言いよどんだ。
 確かに、平和を乱そうとする者は悪であるし、ナチュラル右翼派がどこまで残忍な行為をしてきたかなど知らない。だが、そう簡単に「善」と「悪」に切り分けられるものだろうか。
「もちろん、俺はそれを『善』や『正義』であるとなんて、認めないけどね。そう言ってしまえば『簡単』であり、『単純』であることは理解できる」
「でも、そんな『単純』じゃない…」
「そういうこと。サイはさ、『コーディネーターもナチュラルも同じ人間』って言われたら、どう思う?」
「…なぜかな。いい気分はしない…」
「そう。それが答えさ」
「え…?」
 サムの説明を請おうとすると、サムが手で制して胸元を探る。どうやら、携帯にコールが来ているらしい。広げても掌より小さなサイズの黒い携帯を耳に当てると、サムは相手と話し始めた。
「ああ、俺だ。……え?もう来るのか?到着は?……分かった。じゃあ、俺が迎えに行くよ。そっちは、歓迎の準備をよろしくな」
 慣れた手つきで携帯の通話を切る。サイに向き直ると、ニコリと笑った。多分、それは、…ちょっと意地悪な笑みだ。
「思ったより早く、待ち人が来るらしい」
「…待ち人?」
「うん、『サム・ルシフェルド』がさ、あと1時間でセントラル空港に着くらしい」
 サイは、ぽかんと口を開けた。『サム・ルシフェルド』と名乗った青年は、目の前にいるではないか。
「サイにもさ、会わせたいんだ。続きは、彼も含めて話したいから」
 そう言うと、おもむろに席を立つ。
 サイは、サムと名乗った青年に着いていくしかなかった。


to be continued




主人公には、しばらくおやすみしてもらいます。

サイです。ホント大好きなキャラです。
自分の二次創作だけでもいいから、活躍させたかった!
サム。まあ、まだ内緒です。
知ってる方も、なんとなく想像がつく方も、もうちょっとお待ちください。



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