捻じ曲げる禁忌
3 分からぬ自分と、すれ違う気持ち


caution!!
キラ、ラクス(ところによってはアスラン)がお好きな方は、お読みにならないことをお薦めいたします。
もし不快に思われましても、苦情等はお受けできませんので、ご了承ください。
申し訳ありません…。

なお、もし不快に思われましても、苦情は受けかねます…。(すみません)


 イザークは苛ついていた。
 仕事中も、気になって仕方がないことがあった。先日のディアッカのセリフだ。
「オレは、またおまえを裏切ることになるかもしれない…」
 意味が分からなかった。裏切るということは、またザフトを離れるということか?ディアッカが、アークエンジェルに乗っていた頃を思い出す。
 だが。地球とプラントが戦争を放棄した今、敵味方になる勢力はないのだ。極論、例えディアッカが地球側についても、敵ではない。
 じゃあ、何だというのだ。
 先日のセリフのことを問いただそうと、ディアッカに連絡をとろうとしていたが、ディアッカがこちらのコールに出ることは一向になかった。痺れを切らして、隊の者に伝言を頼んでも、なしのつぶてである。
 とうとう堪忍袋の緒が切れて、上官命令としてディアッカを通信画面に呼び出す。しぶしぶといった感じで、モニタにディアッカが姿を見せた。
「何度連絡したと思っている!」
 イラつきを隠そうともせず、そう言い放つ。モニタ越しのディアッカは、表情も変えず、頷きもしなかった。その反応が、更に苛立ちを募らせる。
「さあ?」
「俺だって覚えていない!」
「あ、そう。じゃ、いいんじゃない?」
「いいわけあるか!なんだ、この前のセリフは!」
「…何のこと?」
 その言い方で、分からないディアッカではない。ただ、自ら口に出したくなかっただけだ。しかも、これは、ザフト軍の回線だ。監視されているディアッカに、下手なことは言えない。
 ディアッカのマシンの私的なファイルを念入りに調べられていた、ということは、逆に言えば、仕事関連は常に監視できている、と言っているようなものだ。だから、マシンに侵入した者は、間違いなくザフト軍関係者である。そのザフト軍関係者に晒されているこの回線で、マシンに侵入してきた監視者に都合のいい言葉を、吐く気はなかった。
「とぼけるな!おまえが俺を裏ぎ…」
「あー、ハイハイ。その話はまたね」
「そうやって、うやむやにする気だろう!」
「良く分かったねェ」
「…っ!馬鹿にするな!」
 怒り心頭。これで、回線を切ってくれれば、イザークにいらぬ障害は降りかからない。
 …頼むから、さっさと切ってくれ。
 表情を動かさぬまま、そう思う。が、その願いはあっさりと崩された。
「貴様、何か隠してるだろう!俺にも言えないことか?」
 彼にしては珍しい、心配そうな顔。「人を心配する」ということに慣れておらず、作った表情は眉間に皺が寄り、一見しただけでは心配しているように見えない。不器用な彼の、精一杯の姿。
 だから、コールに出るのは嫌だった。いらぬことまで言ってしまいそうで。彼を引きずり込んでしまいそうで。
 いや、違うだろうか。彼に、真っ向から否定されるのが怖いのかもしれない。彼の意見に流されない自分を知っていて、彼を説得できない自分に惨めになるのだ。そしてまた、独りの自分を見せ付けられる。
 情けない、と思った。
「…イザーク、あとで連絡する。今は、……任務中だ」
 続けて何かを問おうとした彼をそのままに、ディアッカは強制的に回線を切った。いつもの軽口で対応できるほど、余裕は残されていなかったのだ。
 暗くなったモニタに、自分の情けない顔が写り、回線を切った指は静かに震えていた。

 目の前で、モニタが突然真っ黒に変わった。相手が回線を切った、という事実に、イザークは少なからず打ちのめされる。
 何があったのか。何を言えないのか。
 なぜ今、「裏切る」なのか。
「何を裏切る、というんだ」
 誰もいないシンとした隊長室で、イザークはひとり呟いた。その声を聞く者はいない。もちろん、いらぬ茶々を入れる者もいない。それが、とても寂しかった。
 胸にもやもやとしたものを抱えたまま、仕事をこなしていく。完璧ないつもと違い、2つほどミスをしたが、シホは何かを察したのか、何も言わなかった。
 仕事を終え、帰宅すると、私用の携帯端末にコールがかかってくる。「SoundOnly」の文字の隣に、発信者の名前。
 ディアッカからだった。
「…なんだ?」
 怒る気は、とうに失せている。その様子に、ディアッカは気づいたようだった。しばらく、思案するような沈黙がある。
「イザーク。おまえがおまえ自身で現状を考えないと、オレはおまえを裏切るかもしれない」
「何を言っている。俺はいつも、俺自身で考えて行動している」
「…そう。…そう、思ってるわけね…」
 含みのある言動。しかし、反論は許されなかった。ディアッカが、ひとこと残して、また一方的にコールを切ったからである。
「じゃあ、な」
 コールの切れた携帯端末を、イザークはじっと見つめていた。
 今なら、こちらからコールをすることもできる。問い詰めることもできる。だが、なぜかそれをしようとは思わなかった。
 何を言えばいいのか、分からなかったから。
 ディアッカが、何を言わんとしているのか。自分がそれをどう思っているのか。
「自分自身で、考えて行動など、…している」
 目を伏せると、誰もいない部屋でそう呟いた。また、その声を聞く者はいなかった。
 いつもなら聞こえる、軽口が、今は聞こえない。

 翌日、何を話せばいいかも分からなかったが、このままではまずいと思い、気の進まぬままディアッカにコールすると、隊の者が代わりに出た。
「ディアッカ・エルスマンなら、本日から休暇です」
 思いもよらなかった返事に、イザークは目を丸くする。
「は?どういう意味だ?」
「どういう意味も…、こちらが聞きたいくらいです。今朝、突然連絡が入りまして、今日から10日間休むと。10日分の仕事は、既に提出してあるから、と」
「行き先は!?」
「分かりません。本来、軍規だと行き先を申請しなければ……」
 イザークには、最後まで聞こえていなかった。無意識に、コールを切る。
 ディアッカが、姿を消した。行き先は分からない。普通であれば、考えられないことだった。コールに対応した隊員も言う通り、軍規では、休暇をとる際行き先を申請しなければならないことになっている。それをしないで10日間、ということは、10日間は帰ってこない、という意味ともいえた。
「おまえがおまえ自身で現状を考えないと、オレはおまえを裏切るかもしれない」
 ディアッカの言葉が、耳に蘇る。
 自分自身で考えていたはずだった。何事も。
 だが、今、何が起こっているのか分からない自分が、答えを求めて話しかけようとする彼はいない。
 いつのまにか、答えを人に求めていたというのか?…いや、人に答えを出してもらうのと、人に相談して自ら答えを判断するのとでは、違う。…違うはずだった。
 しかし、今、彼の存在を求めている自分は何だ?俺は本当に、自分自身で現状を考えて、その上で彼に意見を求めていたか?自分一人で、物事を考えていたか?
 ディアッカがアークエンジェルにいたとき、イザークはザフトで独りだった。隊員は確かにいたけれども、心の許せる仲間はおらず、自分自身で現状を考えて行動していた。けれど、その考えはディアッカに覆され、イザークも考えを修正するに至る。
 自らで見つけた答えは、誤りだったのだ。では、自分独りでは、何も答えを見つけられなかったということではないのか?
 失くしてから気づく、とは良く言ったものだ。もがれた片腕に、悲鳴をあげたくなる。
「おまえがおまえ自身で現状を考えないと、オレはおまえを裏切るかもしれない」
「…俺だって…」
 自分自身で現状を考えている!
 そう、言いたかった。…けれど、本当にそうかと自分に問うと、言葉にならない声しか出ない。イザークは、表面しか見えていない自分を知っている。だから、いつも彼がいた。彼に頼っていた。彼の意見を聞いていた。聞いた意見をそのまま鵜呑みにしていなかったと、俺は本当に言えるのか?
 今、イザークは彼と話したかった。答えなど見つからなくてもいい。ただ、どうしたら自分自身で現状を考えていると言えるのか、教えて欲しかった。ここにきても、自分で探求するのではなく、彼に教えてもらうことを考えている自分を、嘲笑う。
 置いていかれた。ここ、ザフトが自分達の居所と、迷いもなく思うのに、取り残されたと感じる自分がいる。ディアッカを理解できなかったイザークは、ディアッカにとって必要ではなかった、と。
 では、ディアッカと一緒に行きたかったというのか?どこへ?なぜ?
 分からない。何もかも分からなかった。ただ、イザークが遠くにいるような目で、「裏切るかもしれない」と言ったディアッカが目に焼きついている。以前にあの顔を見たのは、ディアッカがアークエンジェルに味方し、メンデルで対峙したときだ。あの時も、同じ表情をしていた。
 何も、分からない。分からないけれども。たったひとつだけ分かることがあった。
 イザークは、今、独りきりだということ。


to be continued




イザークには、本編で成長して欲しかった。
そんな願いを胸に、まだまだ成長前のイザークさんですが、
この後、がっつり料理させていただきます。フフフ…。



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