捻じ曲げる禁忌
エピローグ


caution!!
キラ、ラクス(ところによってはアスラン)がお好きな方は、お読みにならないことをお薦めいたします。
もし不快に思われましても、苦情等はお受けできませんので、ご了承ください。
申し訳ありません…。

なお、もし不快に思われましても、苦情は受けかねます…。(すみません)


 インターフォンに応答する声があり、四十歳代の女性が、飾り気のない玄関に現れた。
 プラントにある、何の変哲もないごく普通のアパートメントの一室。白く立ち並ぶ建物群は、全てこのようなアパートメントだ。景観を損なわないよう、あちこちに木々が植えられ、油断すると機械的になりがちなあちこちに、建物のホール入り口に植えられた植え込みに至るまで、気が配られていた。全て、住む人々への人工的なものから与えられる慢性的なストレスへの対処によっている。
 それが、プラントでは良く見る、ありふれた住宅街の姿。
 そこへ、ディアッカとイザークは訪れていた。
「お久しぶりです。ディアッカ・エルスマンです」
「イザーク・ジュールです」
 ディアッカとイザークが、敬礼ではなく丁寧に頭を下げると、少しふくよかな輪郭に、優しい笑みを浮かべて、女性も応えるように丁寧に頭を下げた。
「お久しぶりね、お二人とも。元気そうで」
 青い瞳は、笑顔と共に細められた。遺伝子を操作したとはいえ、似るものなのだな、と思う。彼と同じ笑顔だった。
「今日はどうしたの?息子のお墓参り?」
 でもそれなら、ここへは来ないわね、と彼女は自答して呟く。
「いえ、あそこには、あいつはいないんで」
 ディアッカは、暗に墓を指し、手にしていた花束を差し出した。
「これを、届けに来たんです」
「これは…」
 彼女は、その花を見て絶句した。無意識に手を差し出し、その白い花束を受け取る。

「母さん、なんだよ、また泣いてるのか?」
「馬鹿にしないで。泣いてなんかいないわ」
「仕方ないなぁ。大きな任務を与えられて、気合入ってる息子を、胸張って送り出して欲しいんだけど?」
「大きな任務って、命の危険も大きいものでしょう?」
「大丈夫だって、俺が強いこと、知ってるだろ?絶対生きて戻るから。だから、はい」
 そう言って、オレンジ色の髪を持つ少年は、白い花束を差し出した。
「元気出して、俺を送り出してくれない?」
 それは、少年の母が好きな花。ことあるごとに、少年はその花を母に送っていた。母を励ますために。優しい母の笑顔を見るために。その笑顔で、息子を励ましてもらえるように。
 そして、母はまた、涙を拭いて笑顔を見せてくれるのだ。愛しく、大好きで、大切な相手のために。
 それから、ずっと息子は帰ってこなかった。
 けれど、母は待っていた。息子が帰ってくるのを。ずっと。
 …待っている。

「アレで分かったのか?」
「さあ?オレは、頼まれたことをしただけだからな」
 帰る道すがら、ディアッカとイザークはそんな会話をしていた。乗り込んだ車は、ディアッカの運転でザフト基地に向かって、ひた走っている。計画された天気とはいえ、プラントの空は晴れ渡り、青空の青が目にまぶしく、すがすがしい気持ちにさせた。
 ディアッカは、先刻のやりとりを思い出す。
 彼女は、瞳に涙を滲ませて、ディアッカ達に一言告げた。
「ありがとう」
と。
 ディアッカは、小さく微笑む。
「ああ、でも…」
 言いかけて、口ごもる。何か言おうと思ったのだが、思う言葉は全てイザークに言うには恥ずかしい気がした。実際、思い浮かべただけでも、体がもぞもぞする。
 そんな中、ラスティの言葉を思い出す。
「コーディネーターって存在は、人の理想だったはずなんだけどな。結局、人は理想を手に入れてしまうと、それ以上の努力をすることを忘れてしまうんだ。だから、コーディネーターには進化がない。だから、理想を手に入れていないナチュラルには進化がある」
 いつも人を食ったような笑みをするラスティは、自嘲気味に笑っていた。
「この世に神がいるっていうんなら、残酷だよな。手に入れたいものを手に入れたら、手に入れたいものが手に入らない、ってことなんだから」
 神妙な顔つきのラスティが、目に焼きついている。きっと、それがラスティが辿り着いた真理なのだろう、と思った。
 ラスティは、それで「コーディネーターに生まれて良かった」とか「ナチュラルに生まれれば良かった」とは言わなかった。
 なぜだか分かるか?と、ディアッカは自分の胸に問う。
「ああ、分かるよ」
 きっと、これがディアッカを突き動かしていた真理なのだろうと思う。その真理は、これからもディアッカを形成していく。
 それも悪くない。
 ディアッカは、そう思っていた。


 時代の波とも言おうか。プラントの熱狂的な気運は、ゆっくりと冷めていった。
 のちに、セレベスでの戦闘は汚点として、ザフト軍でもプラントでも、口に出すのは憚られるようになる。
 暗黙の了解で、禁句とされた。
 セレベスへ、一切の介入をプラントは禁忌としたのである。


 毒は、確かに人々を酔わせていたのだが、酔ったままでもいられないのも人だったのだろう。
 人々が毒に気づいたのかは、いまだに分からない。この先も、それを知る術はなく。けれど、毒を取り込んでもなお、人々はたくましくそこに立っていた。
 きっと、毒がなんであるのかが問題なのではなかった。
 毒があろうとも、その毒を取り込んでも、たくましく立って生きてゆくこと。この世界は、どう足掻いても無菌室などではなかったから。
 それこそが、人が人である宿命、と。
 これからも、毒は盛られ続けるのだろう。
 それがどうした。くるがよい。そのような毒など、乗り越えてみせる。
 ここは、そんな人間の住む世界だ。


end




本当に、
長いこの小説を読んでいただき、
ありがとうございました。


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