捻じ曲げる禁忌
20 そして踏む地は


caution!!
キラ、ラクス(ところによってはアスラン)がお好きな方は、お読みにならないことをお薦めいたします。
もし不快に思われましても、苦情等はお受けできませんので、ご了承ください。
申し訳ありません…。

なお、もし不快に思われましても、苦情は受けかねます…。(すみません)


 緩やかな風に、白いカーテンがほのかに揺れた。
 小さく震えた睫毛は、その風に揺れたのだと思っていたが。ゆっくりと、瞼が開いていく。琥珀の瞳は、じっと白い天井を見つめた。
 長い眠りから覚めたようだった。ゆっくりと、自らを思い出すように、途切れた意識はいつからのものだったかを思い出すように。
 あまり、意識は判然とはしなかった。本当に、長く眠っていたのだろう。…そんな、気がする。
 ずっと動かしていなかった体は重かったので、視線をさまよわせた。
 と、ベッドの隣に椅子に腰掛け、こちらに微笑みかけている栗色の髪の女性が目に入る。注ぐ柔らかな陽光に栗色の髪は輝き、天使のようだと思った。
「おはよう。良く眠っていたわね。気分は?」
 気分は良かったので、微笑んで小さく頷く。私の気持ちを察してくれた彼女は、微笑みで返してくれた。
「皆、貴方を待っていたのよ。貴方の朝を、用意してくれた。だから、もう一度、立ち上がらなくてはね」
 きっと、これから困難な道を歩くことになる。けれど、自分がしでかしてしまった事を放り出すことはしてはならなかった。自分でけじめをつけなければ。
 皆のために働く私を、命を張って守り、間違っていると判断すれば、命を張って私の意見に反対する、それほどまでの宝を私は持っているのだから。従順なしもべなど、必要はない。ましてや、自らの「優しさ」を誇示するために私を生かしていた天使なぞ、必要はなかった。
 間違いを正す。
 それが、これからの道だった。険しい道だが、やりがいはある。栗色の髪の彼女と、宝達がいるから。
 ギルバート・デュランダルは、力強く頷いた。


 へぇ、そっちも上手くいったんだ。
 …ハイハイ、分かってるよ、あんたの実力は。そんなもん、お安い御用だっただろ。
 こっち?…ああ、なんとかなったっつーの。オレがいるんだぜ?負けるわけがないじゃん。…あー、なんだよ、知ってんのか。相変わらず人が悪いな…。そうだよ、ギリギリだったよ…。
 …分かってる。オレだけの力じゃないさ。ホント、一生のうちに手にできるか分からないもんだったと思うよ。すげー大事。なんとか守れて良かった。
 …ああ、そうだな。守っても、もらってた。
 すげーんだぜ。セレベスって島は。皆、声合わせてラクス・クラインを撃退してやんの。あんな歴史的瞬間を生で見られるなんて、ホント、オレってラッキーだよねェ。
 …ところで、母さんは元気?…そ。できるだけ早めに、また顔見せるから、って言っといてくれない?
 …それと…。……ありがとな、クソ親父。
 ああん?「クソ」が余計だって?知るかよ。
 じゃあな。


 オーブ軍の基地に戻ると、場違いな小さな姿が施設の通路にあった。初めて見たときも「なぜこんな幼い少女が?」と思っていたが…。
 少女はこちらに気づくと、とてとてと頼りない足取りで駆け寄ってくる。つまづきそうになると、柄にもなくイザークは咄嗟に手を差し出したが、すんでのところで少女は体勢を立て直し、再び一生懸命な姿でイザークのもとへ歩み出す。そしてイザークの前に立つと、満面の笑みをたたえて、目をくりくりさせた。
 精一杯の真っ直ぐな瞳に、あまり慣れていないイザークは、面食らう。けれど、向けられた好意が素直に嬉しかった。
「あー」
 少女は、イザークの手にしたものを指差す。その手にあったものは、かつて少女が手渡した白い花だった。「これか?」というように、イザークは少女に手にした白い花を差し出す。しおれないよう加工を頼んだ時、この花の名にはシホも首を傾げていた。きっと、野に咲く名もない花なのだろう。少女が、ただ綺麗だと、そう思ってつんできたものに違いない。
 ああ、間違えた。名など、本当はどうでも良かったのだ。少女が、イザークに渡そうと、そう思ってつんできてくれたもの。それだけが、イザークにとっては重要だった。
「すまなかった」
 自然と、頭は下がっていた。プライドの塊のような自分が、あっさりと人に頭を、それどころか、こんな幼い少女に上司にするような礼をしているのは、自分でも滑稽に思える。
「隊長!?」
 付き従って歩いていたシホが、心底驚いたのか、上擦った声を上げていた。
「う?」
 少女は、何をされたのか分からないのか、首を傾げる。ただ、とても大好きな人に教えてもらった「人を励ます」方法を、今度もしようと、下げられたイザークの銀色の頭に手を伸ばしたとき。
「なにやってんの?オマエ」
 軽く呆れたような声が、唐突にかけられた。
 聞き覚えのある、聞き慣れた声に、イザークは弾かれるように顔を上げる。
「ディアッカ!?」
「よう」
 隣の家に遊びに来たような気軽さで、ディアッカは軽く手を上げて応じた。アロハシャツにジーパン。完全に、南国にバカンスに来た外国人、といういでたち。
「貴様!ここで何をしている!?」
「何ってー、…バカンス?」
 あくまで軽い調子のディアッカの口調に、イザークは頭を抱えたくなった。
 背丈の高いディアッカの影から、ひょっこりと黒い頭が飛び出してくる。まあ、彼も、以前に比べたら身長が伸びた。イザークもうかうかしていられない、と実は思っているのだが。
「あ!ステラに、何してるんですか!」
 イザークを咎めるシンの声に、少女が笑顔を咲かせた。
「シン!」
 初めて聞く、少女の言葉。舌足らずの、なんとか聞き取れる発音に、「シン」という名前が初めて覚えた単語なんだろう、と思う。
 イザークに駆け寄る時よりずっと必死の足取りで、体ごとシンに飛び込んでいく。屈んだシンは、笑顔をほころばせた少女をしっかりと受け止め、抱えあげた。
「ステラ、ただいま」
「シン」
 シンが、頭を撫でた少女の笑顔に、満面の笑みで応える。
「うっわ、びっくり。邪気のないシンの笑顔なんて、初めて見たんじゃないの、オレ」
「な!何言ってるんですか、アンタは!」
「だってなぁ、いつも腹黒っつーか、邪悪っつーか。なんか裏がありそうな笑いしてるからなァ」
「そんなの誤解ですよ。先輩がそう曲解して見ているんです。そう見えてる先輩の方が、腹黒なんじゃないですか?」
「こんなにも純粋な紳士に向かって、それはないんじゃない?」
「純粋に腹黒ってことですね」
 実にくだらない言い争いを、意識的に耳から押し出して、イザークはため息をついた。
「ディアッカ。貴様、十日の休暇をとっていたようだが、もう期限は過ぎているぞ?」
「あれ?良く知ってるね、オレの休暇。もしかして、ストーカー?」
「そんなわけあるか!」
 こめかみを押さえて、頭痛をやり過ごすと、ディアッカを正面から見据える。
「もう、いいのか?…決着は、ついたのか?」
 それで、分からないディアッカでもなかった。イザークは、全てを了解している。自然と笑みは浮かんでいた。
「ああ、終わった」
「ふん」
 イザークは鼻を鳴らしたが、それは不満というより、納得したという頷きに近い。
「それで、どうする」
「プラントに帰るよ。無断休暇延長は、始末書でも書くさ」
「そうか。それなら、俺が口添えをしてやる」
 イザークなりの労いの言葉だった。素直じゃないが、当たり前のように同じ風が二人の間に吹いていることが、何より嬉しかった。久しぶりの感覚。
 だから、その言葉もすんなりと出てきていた。
「サンキュ」


 セレベスは、焼かれることなく、破壊されることなく、そこに在った。
 それぞれの思いと心が、セレベスを救ったのだ、と。
 なくした命は尊かった。けれど、手にした平穏は、その命の上に立っているからこそ、何物にも変えがたい大事なもの。この強い記憶が刻まれている限り、この平穏は守り続けられる。
 記憶は、人の中に流れ、にじみ出て、そして受け継がれるのだ。
 祖国も人種も違いながらも、巨大なうねりに導かれるように集った人々は、強い結束力で侵略者を撃退した。空気が気持ちに反応するように震動した一体感は、一生忘れられようもない。そして、その思いを胸に、それぞれの道へ戻ろうとしている。
「おまえは、戻らないのか?」
 きっと、これは、ディアッカがずっと聞きたかったことだ。オレンジの鮮やかな髪を持つ青年は、その問いかけに笑顔で応えた。
「ああ」
「ずっと?」
「こんなに混乱した後だからなぁ。とりあえず、落ち着くまではセレベスで大統領の手伝いかな。それが終わったら…」
 笑顔は、どこか達観したような優しい笑みに変わる。
「そのとき、考えるよ」
「そうか」
 どこか、分かっていた応えだったと思う。きっと、ラスティはそう応えるんだと思っていた。
「あ、ひとつ言っておくけど」
 思いついたように、ラスティが付け加えた。
「俺は、プラントを憎んでるわけじゃないからな?」
「知ってるよ」
 セレベスを守ろうとし、しかしながら苦悩するラスティを見ていて、気づかないわけもなく。気づいていないんじゃないかと、ディアッカを「馬鹿にするな」という意味と、そんなこと知っているよという「バーカ」という意味。どちらも含めて、ディアッカはニヤリとラスティに笑い返した。
「『俺達には味方が少ない』って言ってたのは、おまえだろ?」
「ああ、そっか。そうだったな。忘れてたわけじゃないんだけど」
 ラスティにしては珍しく、うっかり、というふうに笑う。
「変な話」
「うん?」
「オレさァ。セレベスに帰ってきたいかも」
 一瞬、ぽかんとしたラスティは、今度こそ自信満々にニヤリと笑った。
「オーケー。いつでも帰ってこいよ。歓迎してやる」
「コーディネーターは、永住はできないけどねェ?」
「さぁ?ナチュラルと結婚でもして、永住すればいいんじゃない?」
 二人共、同じ女性を頭に思い描いて、笑いあった。
 それが、別れの合図。ディアッカは、振り返らず、レジスタンス基地を去った。
 祖国でもないのに、「帰ってくる」というのも変な話だとは自覚している。けれど、コーディネーターを受け入れないはずのセレベスという国が、なぜかコーディネーターが許される国である気がしていた。
 なぜだかなんて、難しいことは分からない。コーディネーターでも、ラスティに容赦なく「馬鹿」と言われるディアッカに、それは難しいことだったから。
 でも、いいじゃないか。素直に「帰ってきたい」と思ったのだ。難しい理屈なんていらないだろ?
 その気持ちだけで、オレは歩いていけるのだから。


「ナチュラルを馬鹿にするコーディネーターは、ホント嫌いだけどサ。腐っても、プラントはオレの国なんだよね」
「そうね」
「やっぱ、自分の国だし、誇りたいじゃない?腐ってくのが、悔しかったんだよなァ」
「きちんと、自分のすべきことはしたじゃない。胸張って帰りなさいよ。そのために、帰れる国にしたんでしょう?アンタの力で。凄いじゃない」
「…うわー。なんか凄い褒め言葉だよね。それだけで、十年は生きられそう」
「じゃあ、そうすれば」
「うわ」
 ディアッカとミリアリアは、そんな話をしていた。隣で、呆れたように、どこか保護者が見つめるような瞳で、サイが苦笑している。
 それを見て、ミリアリアもムッとした顔をした。少々顔が赤らんでいたが。
 「相変わらずだなぁ」と、今更口にしないでも、サイのその表情が如実に言葉にしていた。そんな一段上から見ているサイに、ディアッカは反撃したくなる。
「サイは?どーすんの?」
「俺?俺は、オーブでカレッジを卒業する予定だけど。ま、今までどおりかな」
「ソレは?どーするワケ?」
 ディアッカは意地悪な笑みを浮かべつつ、サイの背後に立つメイリンを指差した。
「ソレって、…ええっ!?」
 振り返ってメイリンと目が合ったサイは、慌てふためく。いつも落ち着き払ったサイにしては珍しいけれど、恋愛沙汰を意識的か無意識的かは分からないが遠ざけていた彼にとって、彼女は頼もしい存在だった。かき回して、振り回して、余裕のないサイの方が、絶対気持ちに素直に動くだろうからだ。理性が気持ちを抑えるサイには、いい薬だと思う。
 心配そうにサイの顔を覗き込むメイリンに、観念したサイが、小さく応える。
「…メールを、出すよ」
 ぱっとメイリンが表情を明るくさせた。
「ハイ!待ってます!待ってますからね!」
「…ちっ」
 ディアッカの舌打ちを、サイが聞きとがめる。
「なんだよ、ディアッカ!その舌打ちは」
「なーんでも。メイリン、頑張れよ?」
「ハイ!」
 やぶへびとも言おうものか、それは。サイをからかうディアッカを諌めたはずなのだが、その矛先はメイリンへと向かい、メイリンの瞳に炎を灯らせたようだった。
 ここから、また、それぞれの進む方向へ歩き出す。ひとつとして同じ道はないけれど、心の内にそれぞれの存在が生きていた。その存在を思う時、優しい気持ちになれる。前に進む気持ちをもらえる。
 そんな、心から大切な存在。
 こんな、軽いやりとりだったけれど、お互いがお互いのために努力を惜しまないのだろう、という信頼が確かにあった。
「またね」
 ディアッカの軽い言葉に、皆それぞれが笑顔で頷く。
 そして、それぞれがそれぞれの道へ羽ばたいていった。ここであるからこそ、羽ばたけるのであって、ここであるからこそ、帰ってこれる場所。


to be continued




デュランダルさんには、
起こしてしまったことに責任は取れずとも、
責任を取ろうとする意思はあって欲しいな、
とか、
そんな理想。

まあ、本当の黒幕は誰かなんて、さっぱりデス種本編じゃ分からなかったワケですが。


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