捻じ曲げる禁忌
2 ただひとつ、求める救い手


caution!!
キラ、ラクス(ところによってはアスラン)がお好きな方は、お読みにならないことをお薦めいたします。
もし不快に思われましても、苦情等はお受けできませんので、ご了承ください。
申し訳ありません…。

なお、もし不快に思われましても、苦情は受けかねます…。(すみません)


 エルスマン家は、久々の珍客を迎えていた。
 珍客といっても、本来はこの家に住むはずの者なのだが。
「パパ。ディっちゃんが帰ってきたわ」
 歌うような声で、その愛しい女性は伝える。ふわふわと嬉しそうに微笑み、同じようにふわふわとした金髪が空気に舞っていた。「世界に祝福された女性のようだ」とは、若き頃のタッド・エルスマンの言葉である。もちろん、他の女性に一切の興味のなかったタッドが、その言葉を彼女以外にささやくことはなかった。
 本来の歳より十歳は若く見える女性の後ろに、久しぶりに見る姿を認めた。女性から彼に視線が移る間に、その表情は明らかに曇る。
「そんなに歓迎してくれて、オレもカンゲキ」
「歓迎しているように見えたら、眼科医を紹介してやる。手術をしても、治るとは思えんがな」
 互いにギロリと睨み、身じろぎしない。
 その緊張を解いたのは、いつものことだ。ふわふわと微笑む彼女だった。
「あらあら、相変わらずね。ママは、お茶を淹れてくるわ。今日は、スコーンを焼いてあるの。甘さ控えめだけど、ディっちゃんも食べる?」
「ああ、もらうよ。丁度、腹も減ってたし」
「そう?じゃあ、ランチも兼ねて、サンドイッチも作ってくるわ。待っててね」
 にっこりとした微笑みを残し、軽やかに踊るように、彼女は立ち去っていく。
相変わらず、エルスマン家の者は、彼女に弱い。何も考えていないように見えるが、ザフト軍人でさえ尻込みする2人の緊張感を目の前にしても、ひとつもたじろぐどころか、いとも簡単にそれを解いてしまう。見た目とは違い、肝の座った女性なのだ。
 その息子であるディアッカは、彼女が立ち去ったのを見送ってから、庭に据えられたテーブルセットの椅子を引いた。
 宮殿をコンパクトにしたような、立派な白い建物。なんとか王朝をベースにしているとか聞いたが、建築にまったく興味のないディアッカは覚えていない。住みやすく、合理的であれば、住居の外観など、どうでもいいと思ってしまう。タッドもそうらしかった。だから、この建物は、タッドの妻、ディアナの要望のまま建てられ、彼女の理想のまま、といえる。
 同じく白いテーブルセットは、様々な花が咲き誇る庭の中央に据えられていた。うららかな陽光は白いパラソルがゆるやかに遮り、テーブルセットの眩しさを抑えている。そのテーブルにも椅子にも、細かい彫刻が施されていた。これも、なんとかという有名な彫刻家が作ったものというが、ディアッカもタッドも名前の頭文字さえ覚えていない。無駄に記憶力のいいコーディネーターが全く覚えていないのだから、本当に興味がないといえた。
 別に、センスが悪い覚えはない。が、ディアナのメルヘンちっくな趣味に、同じように興味を持つことができないだけだった。さらに、利便性のみ追求するディアッカとタッドであったから、綺麗な装飾は綺麗とは思うが、使用するにあたっては装飾など必要ないと考えていたのもある。考えたくもなかったが、ディアッカもタッドも、きっとディアナがいなかったら同じような殺風景な部屋に住むのだろう。
 お互いに認めたくないが、そのあたり、本当にディアッカとタッドは似ていたのだった。
「で、何の用だ。馬鹿息子。おまえが、用もなしでここに来ることはないだろう」
「さすがお父様。鋭い観察眼で」
 無表情のまま、タッドは席についたディアッカをちらりと見やる。と、そのままテーブルに広げた分厚い古びた本に目を落とした。ディアッカがここへ訪れる前と全く同じく、足を組み、テーブルに肘を突いて、目の前の息子がさも最初からいなかったように、もくもくとその文章に目を走らせていく。
 ディアッカが、それを気にすることはなかった。むしろ、諸手を挙げて迎えられる方が、気色悪いったらない。
 しばらく2人の間に沈黙が落ちた後、おもむろにディアッカが切り出した。そのままでは、タッドに口を開く気がなかったからだ。
「今のプラントの状況。親父はどう思っているんだ?」
「……」
 タッドは、本に目を落としたまま、顔を上げもしない。…が、気のせいか、文字を追うスピードは落ちた。ページを繰る手が動きを止めたことでも、それは分かる。
 ディアッカは構わず続けた。
「プラントは、ラクス・クラインの意思の元、ひとつになっている。ラクス・クラインの意思は絶対だ。ラクス・クラインは、ナチュラルとコーディネーター、ひいてはプラントと地球全土との和平を望んでる。それだけ聞けば、本当にいいことだ。反対する余地もない。…だけど」
 ディアッカは、眉をひそめ、目を薄める。据わった目が、虚空を睨んだ。
「和平に障害がないわけない。ましてや、ここまで憎みあって戦ってきた、ナチュラルとコーディネーターだ。障害があって然るべきなのに、そんな噂は全く聞かない。あるのは、『敵』の噂だけだ。いるはずのない『敵』の」
 秘密裏に処理されているが、ディアッカが軽く数えただけでも、すでに十の組織が消えていた。全て、ブルーコスモスまで過激とは言わないが、ナチュラルを崇高な存在とする組織だったり、コーディネーターを堕天使と見立て排除する組織だったり、組織の方針は似通っている。
 しかし、ブルーコスモスと違い、彼らは自らを守るためには銃を持つものの、自ら進んで相手を傷つけることはなかった。それは、ラクス・クラインの率いるプラントが、自らの組織に比べようもないほどの巨大な国だったからである。立ち向かう前に、負けが決まっているのだ。だから。
「でも、その組織はいつのまにかなくなってる。それも、ラクス・クラインが巡回と称して演説をしに、その組織の本拠地に行ったときが殆どだ」
 窮鼠は猫を噛む。ラクス・クラインが率いるキラやイザークの隊と、たかだが千から万に満たない一般人が構成する組織では、生粋の軍人と赤子程の違いがある。元より、話にならないのだ。では、ただの鼠を窮鼠にしたのは、誰か。
「オレは、誰かを踏み台にする平和なんざ、平和じゃないと思ってる」
 それは、子供の駄々のようなものだ。そんな綺麗事で済まない世界であることなど、とうにこの身が知っている。でも、譲れない。
「オレは、アデスやニコル、皆の命の上に立ってる。あいつらの命を無駄にしちゃいけない責任があるんだ」
 思い浮かぶ顔が、いくつもある。その中でも、眩い光を放つ女性。彼女が一人の男を失くし、それでも国を守るために立ち上がった姿を、忘れられるわけがない。その思いを、その願いを、振り払ってしまったら、誰が本当の平和を説けるというのか。
 いつのまにか、ディアッカは身を乗り出して、タッドを正面から見据えていた。タッドも、いつのまにかディアッカをじっと見つめている。
 ふー。
 ふいに、タッドが溜め息をついた。ぱたんと、手元の古びた本を閉じる。けだるげに寄りかかっていた椅子に座りなおし、テーブルに両肘をつくと、組んだ掌に顎を乗せた。正面から、ディアッカを見返す。
 厳しく強い瞳。この男が、このフェブラリウス市を守ってきた。最高評議会から失脚したものの、このフェブラリウス市を守ってきたのは、タッド・エルスマン、この男だ。改めて、ディアッカはそれを思い知らされる。
「…それを」
「え?」
「それを、私に言わせるのか?」
 ディアッカは、息を飲んだ。
 これは、フェブラリウス市を背負うタッドを危険に陥れるということだ。ラクス・クラインがどれほどの巨大な味方を率いているか、今、自分が語ったばかりではないか。こちら側に引き入れたら、窮鼠になりかねない。
 そして、何十万人という人々を背負ったタッドに、その危険を冒せと。そうディアッカは言ってしまったのだ。
 その事実に呆然として、すとんと椅子に腰を落とす。苦しそうに顔を歪めると、ディアッカはタッドから目を逸らした。
「わりぃ。今の、忘れてくれ」
 喉から、声を押し出す。情けないほどに、その声は掠れていた。
 父親であるタッドに甘えていたのだ。自分一人では、いくらもがいても状況を突破できないから。会えばいがみ合うけれども、そこに親子の愛情があると知っていたから。だから、容易く助けを求めてしまっていた。
 タッドの背負うものの大きさも考えもせず。
「大きなことを言うのも、もう少し自分の器を見てから言うんだな」
「…ち。…分かったよ」
 口を尖らす。やはり、自分自身で道を切り開くしかないのだ。その覚悟ができただけでも、ここに来た収穫はあった。そう思うことにする。
 その様子を見てか、タッドはふっと笑った。馬鹿な息子を見て、不敵に。
「これは、私の独り言だがな」
「は?」
「このフェブラリウス市には、コーディネーターこそが未来を司ると信じるコロニーがある。もちろん、そこにナチュラルは存在してはいけない」
「…?」
 タッドが何を言わんとしているのか、ディアッカには計りかねていた。
「だがな、そのコロニーは、ナチュラルのみの国を築こうとしているセレベスと、以前より国交を結ぼうとしている」
「!」
 どういう意味だ?それは?
 本来なら、敵同士ではないか。なのに、何故手を結ぼうとしているんだ?
「そのコロニーが、どうやら目をつけられたらしいな。私は、全力で守るつもりだが」
 だから、行け。
 ここのことは心配するな。おまえは、行け。
 手を貸せるものなら、そのコロニーを守るところから、手を差し伸べよう。だが、その手を取るなら、おまえも戦ってその権利を奪い取れ。何もせずに、願う目的を得られると思うなよ?
 タッドは、再びニヤリと不敵に笑った。
「どうだ?これが分からぬ程、おまえは馬鹿息子だったか?」
 しばらくあっけにとられていたディアッカだったが、その紫の瞳に段々と意思の光を取り戻すと、ニヤリと笑い返した。
「冗談」

「すまんな」
 タッドのカップに、ディアナが淹れ立ての紅茶を注ぐと、タッドはそう言った。
「いいえ。おかわりはいっぱいありますから」
 ディアナは、白磁のポットを手にして、それを重そうにジェスチャーすると、そう応える。タッドはそれを仰ぎ見ると、ふと笑った。ディアナしか見ることのできない、柔らかい笑みだ。
「いや、そうではない。…座ってくれるか?」
「はい」
 タッドのカップをテーブルに戻すと、ディアナはポットをテーブルに置いて、向かいの椅子に礼儀正しく腰掛けた。微かに、首を傾ける。金髪が、陽光を反射してキラキラと光った。同じように輝く、ディアナの笑顔。
「なんでしょう?」
 ディアッカは、食事を済ませた後、食後の紅茶を1杯飲んで、既に帰っていた。うららかな午後の庭には、エルスマン夫妻しかいない。
 今日は休日だ。好きな古書でも読んで、のんびりとした時間を過ごそうと思っていたのだが、予想もしなかった馬鹿息子のけたたましいドアノックで、その夢は儚く消えた。全く、せわしない息子だ、と思う。そう思うと同時に、そろそろ頃合かとも思っていた。まあ、悪いタイミングではない。
「また、苦労をかけることになりそうだ」
「そうですか」
 あっさりと。特に問い詰めることもない。見慣れた反応に、タッドは苦笑した。
「いいのか?」
「それを、また聞きますの?」
 うふふ、といたずらっぽく笑う。
 確かに、以前も同じ会話をした。そして、以前も同じ応えを聞いた。
「しかし、以前とは違うぞ?」
 以前の大戦時、穏健派が追われたとき、最高評議会を失脚した中立のタッドも急進派に追われる身となった。自ら治めるフェブラリウス市の行政権も剥奪され、最高評議会、パトリック・ザラの追っ手を逃れるため、隠れて過ごしていた。
 その間の生活は、あまり進んで話したいものではない。
 大戦が終わり、フェブラリウス市市民の強い要望もあって、フェブラリウス市の長として復帰することができた。が、今度もそんな上手く事が運ぶとは思えない。復帰するどころか、身の安全さえも確保できるかどうかも分からなかった。プラント全体が支持する、ラクスの意思に反発するのだから、プラントの全住民を敵に回すと同じことだ。それで無事である方が、むしろおかしい。
「ええ、そうみたいね。でも、心配はしてないわ?だって、パパが一緒だもの」
「しかし…」
 タッドは、こういった私的なことを話すのは上手くない。仕事上の会話は、極簡単なのだが、こういった話は不得手だ。口下手で言葉少なのタッドをディアナが理解して、言葉以上の気持ちまでよく汲んでくれていると思う。
「いやね、パパ。何があっても、パパ以外の人の隣になんて、私がいたいわけないでしょう?以前のことだって、苦労となんて思っていないわ。パパと一緒にいて、幸せだったもの」
 ためらいも、淀みもない、はっきりとした言葉。何度、彼女の言葉に救われただろう。
「そうか。助かる」
 安穏の眠りについていたタッドを、叩き起こした息子を思う。タッドにとってのディアナのように、あの息子にも、無条件に味方となる仲間はいるのだろうか。
「あの馬鹿も、味方がいればいいんだがな」
「あら。ディっちゃんだったら、いるわ。ただ…」
 ふ、とディアナは微笑む。柔らかな陽光をたたえたその金髪に彩られ、その笑顔は優しく輝く。
「気づいていないだけ」
 そして。
「ディっちゃんは、大丈夫よ。だって、私達の息子ですもの」
「…心配、してるわけじゃなかったがな」
「あら、妬けるわ。パパは、私がディっちゃんを思っているより、ディっちゃんを信じてるのね」
「そういうことになるのか?」
「そうよ」
 タッドは苦笑いする。苦笑いしつつ、思う。
(いつのまにか、成長したものだ)
 息子がこれから成そうとしていることは、決して簡単なことではない。それを知っているからこそ、厳しく送り出した。食事を終えて帰る息子の、歩き出す後姿を見て、いつの間にか同じ場所に立っていた息子を知った。
 その後姿を閉じた瞼に思い描いて、タッドはひそやかにエールを送る。
 エルスマン家の庭に舞い降りた陽光は、柔らかに彼らを包んでいた。


to be continued




いるはずの人。ディアッカの母親。
名前は、もちろん捏造ですが。
「リヴェンジドッグ」という本でも語ったのですが、
ディアッカが180度性格が変わったのも、素質がなければ、親の愛情がなければ、
あり得なかったんじゃないか、というところから、エルスマン夫婦を想像しました。
でも、家を飛び出したくなるようなことがなければ、ディアッカもザフトに入らなかったと思います。
家にいるのも恥ずかしくなるような、夫婦のラブラブっぷりを見せ付けられれば、
ディアッカも家を出たくなるかなあ?と。(笑)

今回は、そのラブラブっぷりを、あまり出せませんでしたが。
(朝から目の前でチューのひとつでも、させておけば良かったか!(笑))



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