捻じ曲げる禁忌
19 繋がった声


caution!!
キラ、ラクス(ところによってはアスラン)がお好きな方は、お読みにならないことをお薦めいたします。
もし不快に思われましても、苦情等はお受けできませんので、ご了承ください。
申し訳ありません…。

なお、もし不快に思われましても、苦情は受けかねます…。(すみません)


 あまり、状況は芳しくない。それどころか、追い詰められた、というのが正直なところだった。
 途中までなんとか優勢に事を進めてこれたものの、ストライクフリーダムに全てをひっくり返される。予想はしていたものの、思った以上にかの存在は脅威だった。
 ストライクフリーダムから、いつ撃たれるか分からない状況で、戦線を維持する。考えただけでも酷。じりじりと戦線を後退させられつつ、仲間達が神経をそぎ落としていくのを、ラスティはひしひしと感じていた。
 先刻から、「どうすればいい?」「どうしようもない」という思いが、ぐるぐると頭を巡っている。活路を見出したいのだが、活路などとうにないことを、頭のどこか冷静な部分が認めているのを、ラスティは認めたくなかった。ギリ、と歯を食いしばる。
 それしかできなかったのだが。
「…後退していく?」
 ザフト軍の一部の動きが変化していた。先導するかのように、青いザクが周囲を飛び回っている。その動きに呼応して、ザフトのモビルスーツが1機、また1機と戦線を離れていく。その動きを目で追っても、別の戦線に戻るわけでもなく、ザフトの母艦に撤退しているようにしか見えなかった。
「なぜだ?」
 後退する理由が見つからない。これほど有利に戦闘を進めながら、後退するなど。
 罠を疑いつつ、青いザクの動きを追うと、ひとつ気づく点があった。見覚えのある青いザクの動きと、こちらからの攻撃に応戦しながらも、防御ばかりでこちらに攻撃をしてこない彼ら。
「…イザーク?」
 青をパーソナルカラーとするザクなど、少なくない。確信はなかったけれど。
「マークとウェインの仇!」
 青いザクと、戦線を離脱しようとするザクに、仲間のモビルスーツが飛び掛ろうとする。
「待て!」
 ラスティは叫んだ。飛び掛ろうとしたモビルスーツから、抗議の声が上がる。
「なんで止めるんだよ!奴らは、マークとウェインの仇なんだぜ!?」
 戦闘で気が昂ぶっているのか、周りの仲間達からも、同様の攻撃的な気持ちが、突き刺す空気で感じとることができた。ラスティだって、その気持ちが分からないわけではない。マークとウェインの笑顔は好きだったし、彼らの愛すべき家族のことだって知っている。けれど。
「だからって、俺達が憎むべきは、彼らじゃない。落ち着いて、思い出してくれ。俺達が戦う理由は何だ?」
「でも!」
 すぐにあった応答に、仲間達も葛藤していることを知る。こんな非常時に、とは思うが。同じ事を思っていることに、心が震えて泣きたくなった。
「俺だって、悲しい。けれど、俺達だって、彼らの仲間を何機も落としている。痛みは同じだ」
 返事はなく、あちこちからすすり泣きの声が聞こえた。
「後退する者には、攻撃しないでやってくれ。俺達は、卑怯者でも、殺戮者でもない」
 こちらの動きに気づいたのか、青いザクがぴたりと動きを止めた。しぱらく、こちらを向いたまま動かぬ姿に、ラスティは確かな感謝の気持ちを受け取る。そしてそのまま、くるりと身を翻したザフトのモビルスーツ達を、見送った。
 対して。
 イザークは、かつての仇、ストライクをじっと見つめていた。動かぬ姿に、こちらの後退を支持してくれているのだと、そう信じることができた。
「ありがとう」
 ストライクのパイロットに見えるわけもないが、イザークは深く頭を下げる。顔を上げて再び目にしたストライクに、そういえばあの機体にはかつての友、ラスティが乗るはずだったのだ、となぜか思い出していた。


 誤算がひとつある。
 ストライクフリーダムという脅威の前に、それは致命的だった。こんなときは、一瞬の判断さえ、間違っちゃいけない。
 だというのに。
 ストライクフリーダムと相対した場所の極近くに、海岸に面した丘があった。…その丘に…。
 表情はそのままに、ディアッカの額から冷や汗が流れた。
 どうすればいい?どうすればいい?
 先刻から、ぐるぐると思考が回っちゃいるが、一向に答えなんざ出てくる気配さえ見せない。その一瞬の隙が、命取りだった。
 ドオン!
 ふいに向けられた照準に反応できないまま、バスターの右手を失う。けたたましいアラームが、激しく耳を打った。
「余所見をしてる暇はないと思うけど」
 冷ややかな言葉が浴びせられる。以前の、穏やかな眼差しの彼は、どこに消えてしまったのか。
 軽口で応えられるほど、余裕は残っていなかった。
 ここを離れたい。離れたいが、この絶妙な位置をずらせば、セレベスの盾を失い、バスターを落とされる。地上に倒されれば、コックピットが破壊されても、セレベスの地上からは分からない。
 それは、ディアッカの死に直結し、レジスタンスの死へも直結していた。レジスタンスが崩壊すれば、セレベスの命運もそれまで。その後は、他の国を連鎖的に巻き込んで、天使が世界を征服することになろう。
 そのとき。
「キラ!」
 ストライクフリーダムの通信から、そんな悲鳴が聞こえた。又聞こえだから、音声は悪いが、何とか聞き取れる。
「ラクス?」
 注意はバスターに向けたまま、キラが表情を変えた。緊迫した悲鳴が、尋常ではない。
「セレベスが!…セレベスの皆さんが…!!」
 嗚咽を含んだ悲鳴。
「ラクス、落ち着いて。何があったの?」
「キラ…!」
 混乱したラクスの言葉は、要領を得ない。それを察したのか、ストライクフリーダムに映像と音声を送った者がいたらしかった。雑音に混じった、声。漏れ聞こえた声が、ひとつの意思を発していた。
「…帰れ!」
「ザフトはプラントへ帰れ!」
「ラクス・クラインは、セレベスの地を踏むな!」
「これ以上、セレベスを攻めるなんて、許さない!」
 じわりと、胸に湧き上がる感情があった。
 身を潜め、息を殺して、現状に目を凝らしていたセレベスの人々の声。彼らは、尽力してくれた大統領に迷惑をかけないよう、じっと耐えて静観していた。けれど、切り札の映像と、ストライクフリーダムの襲来に、声を上げずにはいられなくなったのだろう。
 その声が、大いなる剣となって、ラクス・クラインを斬ったのだった。
 集結した声は、セレベスの地上から、ひとつのうねりとなって、モビルスーツが群れる空へ駆け上がっていった。溢れるほどの意思。これほど多くの声が、ひとつの意思に繋がっていく。
 誰もが、知らなかったはずだ。セレベス国家に反抗するはずのレジスタンスが、セレベスを守る最後の砦であることを。レジスタンスメンバーも、セレベスの人々から支持はもらえないことを覚悟していた。
 それなのに。
 いつのまにか、セレベスに住む人々の気持ちはひとつとなっていた。
 胸に熱いものが迫り、膨らみ、爆発しそうだ。喉の奥から胸の奥へ、じんと響くものが、鼻をつんとさせる。これでは、泣いてるみたいじゃないか。
「…まったく。ナチュラルって奴は…」
 何度、オレを陥落させるのか。
 知っていたけど。知っていたけれど。彼らの一途さは、優しくドアをノックするどころじゃない。いつだって、体ごと力いっぱいドアにぶつかっていって、自力で切り開くのだ。
 優れた能力を持っているはずのコーディネーター達の隣をあっさりと抜かしていって、懸命に走った自分を称えるように、輝く瞳で満足そうに笑む。
 だからオレは、ここにいる。ここで戦っている。だからオレは、いつも…。
「俺達の味方は、少ない」
 ラスティが言っていた言葉の意味が、今なら分かる。
「あんたには、心から大事と思うナチュラルがいるか?」
 ディアッカは静かにキラに問いかけた。
 思えば、セレベスのレジスタンスに集まった仲間は、ナチュラルを大事と思うコーディネーターと、コーディネーターを大事と思うナチュラルだった。心から大切と思う、ナチュラルとコーディネーターがいて、それぞれが相手のために立ち上がる。
 自分にとっては、極自然な行動、決意だった。
 けれど、心から大事と思うナチュラルがいなければ、この気持ちは分からない。心から大事と思うコーディネーターがいなければ、この気持ちは分からない。
「いるのか?」
 残酷なまでに、突き刺さる問いだったことだろう。
 ラクス・クラインも、キラも、コーディネーターだった。何の損得もなく、身を挺して救いたいと思うナチュラルが、彼女らにいただろうか。
 そんな、心から大事なナチュラルをなくして、何がコーディネーターとナチュラルの共生する平和な世界、だ。笑わせる。
 心から相手を思わなければ、相手の気持ちなんて分からない。思っていたって、相手の気持ちを捉え間違うことがある。思っていなければ、論外だ。
 キラが、苦々しく笑った。
「そんなの、いるに決まってます。僕は、ヘリオポリスに住んでいたんですよ?」
「それは、以前の話だろう?オレが聞いてるのは、『今』だ」
 キラが応えに窮する。
 それはそうだ。心から大事なナチュラルがいるのなら、キラは今、ここにはいない。
 思い起こすことのないサイもミリアリアも、キラにとってはその程度の存在だったのか、と思う。
 腹立たしかった。そんな奴が、ナチュラルとコーディネーターの共生を唱えるなんて、この上なく腹立たしかった。
「…煩いですよ」
 キラの瞳が一際暗くなると、底冷えした声が応える。ストライクフリーダムが、バスターのコックピットにビームライフルの照準を合わせた。
 ここまで窮すれば、「不殺」を諦め撃ってくるだろう。半ば、覚悟しかけたとき。
 キラリと、丘の上で光るものがあった。
 ディアッカがどうして反応することができたのかというと、先刻からずっとそちらを気にかけていたからとしか、言いようがない。後から計算すれば、通常ではあり得ない反応速度だった。
 ドオン!
 無我夢中で差し伸べたバスターの左手は、ストライクフリーダムのライフルに当たって、肩から爆発し、霧散した。破片がセレベスの地上に降っていく。バスターは、それさえも遮るように、飛び出した勢いのまま、体を突き出す。
 しばらくして、爆煙が落ち着くと、丘の上で呆然と立ち尽くす姿が見えた。
「ミリアリア!大丈夫か!?」
 外部へのスピーカーを入れ、立ち尽くす姿に問う。バスターの瞳に設置されたカメラを、ミリアリアに合わせた。呆然としたままの表情で、ミリアリアが頷くのが見える。受けた傷もないことに心からホッとした。
 心臓が冷えるとは、こういうことを言うんだと思う。一瞬、目の前が真っ暗になって、体が熱を失ったように、凍えた。怖い想像が頭をもたげ、爆煙の去った丘の上を見るのが恐ろしかった。
 無事なミリアリアの姿に、こわばった体が解けていく。
「…あ…、ああ……」
 ストライクフリーダムから、我を失ったような震えた声が漏れてきていた。キラが、茫然自失という表情をしている。信じられないものを見るように、目を見開いて丘の上のものを見つめていた。
「…撃つ…つもりはなかったんだ…」
 キラは、一瞬光ったものを、瞬時に報道のカメラだと認識したのだろう。まさしくそれは、バスターのコックピットにライフルが向けられたのを見て動揺したミリアリアが、カメラのレンズを陽の光に反射させてしまったためだったのだが。それがミリアリアだとも、キラはすぐに気づいたはずだ。
 スーパーコーディネーターなのだから。
 そして。
 スーパーコーディネーターであるがゆえに、意思より先に凄まじい速さで反射神経が反応した。普通の人間なら反応できないスピードで。
 様々な強化をされたコーディネーターは、良い進化を遂げたと、殆どの人は信じていた。けれど。
「良ければいい、なんて強引なことを当てはめられるほど、単純じゃないよ、人間は」
 サイの言葉に、全てが集約される。
 報道のカメラを破壊しようと反応したスーパーコーディネーターの反射神経は、カメラの持ち主がミリアリアであることを認識し、その行動を止めようとしたキラの意思を待つことはなかった。拳銃と同じだ。はずみで撃ってしまった弾丸を、撃ってしまった本人が止めることはできないように。
 ミリアリアが、手にしていたカメラを落とした。信じられないという瞳。
 軽く考えていたわけではないけれど。キラは自分を撃たないと思っていた。信じていた。ヘリオポリスで、アークエンジェルで、短くない時間を一緒に過ごした。こうして敵対しても、キラを大事な友達だと思う気持ちは、確かにあったのだ。
「キラも、友達だと思ってくれていると、信じてたのに…」
 きっと、口の動きで、キラはミリアリアが言った言葉を理解しただろう。
 キラは、恐ろしいものを見るように、見開いた瞳にミリアリアを映していた。真実、ミリアリアの驚愕した瞳が恐かったのだ。けれど、ミリアリアの瞳から目を離せないまま、何を否定したいのか、真っ青な顔でゆるゆると首を振る。
「あ…。ああ……。…ああー…!!」
 意味を成さない叫びを残し、ストライクフリーダムはくるりと踵を返すと、アークエンジェルに向かって一直線に飛び去っていった。
 まもなく、アークエンジェルから信号弾が上がる。
 …それは、撤退の合図だった。


to be continued




たとえ、
ナチュラルでなくとも、コーディネーターであっても、
ディスティニーのキラには、
心から大事に思う相手がいたんだろうか?
という疑問。


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