捻じ曲げる禁忌
18 この小さな国で、ひとりではなく


caution!!
キラ、ラクス(ところによってはアスラン)がお好きな方は、お読みにならないことをお薦めいたします。
もし不快に思われましても、苦情等はお受けできませんので、ご了承ください。
申し訳ありません…。

なお、もし不快に思われましても、苦情は受けかねます…。(すみません)


「切り札は、一度だけだ」
 ラスティは言った。
「切り札を掲げるのはこっちだけれど、動揺したら、つけこまれる。隙を突かれる。負けると思っていいよ」
 情報漏洩を恐れたため、レジスタンスのメンバーも、「切り札」が何なのか、知らなかった。ただ、それを告げたラスティの表情は、いつになく真剣そのものだったから。
 だから、これは、初めて目にするものだった。

「道をあけなさい!」
 凛とした声が、どこからともなく聞こえた。見れば、セレベスのあちこちに設置されているモニタに、戦闘中の戦艦、エターナルが映っている。それに併設されたスピーカーから、声は流れているらしい。通常はCMを垂れ流している街中のモニタも、いつのまにかエターナルのピンクに染められていた。
「このようなもの、もう、どこに向けてであれ、人は撃ってはならないのです!」
 大量破壊兵器。それが、地球のひとつの国を一瞬にして吹き飛ばしていた。次は、オーブだ、というとき。エターナルはヤキン・ドゥーエを落とそうとザフト軍の中に突っ込んでいた。
 それを迎え撃つザフト軍のモビルスーツ。それは、満点の星のように、しかし闇にうごめく羽虫のような不気味さを伴いながら、宇宙にさざめいている。
 じりじりと包囲を縮めるモビルスーツ群から、1機のザクが突出した。エターナルに詰め寄り、ビームサーベルを振りかざす。もう片方のザクの手に構えられたビームライフルは、エターナルのブリッジを貪欲に狙っていた。
「なぜ、あのようなものを守るのですか!?…さがりなさい!」
 ラクスの声が響く。あの、平和を歌う姫。全てに愛された歌姫が、標的となったエターナルの長だった。全てに愛された純白の天使を、血に染めようとしているのか、と。だいそれた行動に、「禁忌」という言葉が浮かんだ。
 躊躇うザクは、動きを止める。そこに、毛色の違うモビルスーツが飛び込み、一瞬のうちにザクはビームサーベルで斬り捨てられた。
 インフィニットジャスティス。ストライクフリーダムと共に、ラクス・クラインを守り、英雄とされるモビルスーツだ。
 モニタに映された映像には、ナレーションも編集もない。ただ、戦場がそのまま映し出されているだけ。常に入るブレが、逆に妙なリアルさを醸し出していた。
 映像は終わらない。
 場面が変わったが、どこかは分からなかった。けれど、宇宙ではない。青い空が、地上であることを示していた。そんな景色を背景に、そびえ立つモビルスーツがある。ストライクフリーダム。常に傍から離れない、ラクス・クラインの守護神。
 けれど、それはラクス・クラインに味方する者のみに向けられる、慈愛の眼差しだった。敵の立場から言わせれば、ストライクフリーダムは、悪鬼であり、破壊神そのもの。
 ストライクフリーダムは、敵のモビルスーツの戦闘不能だけを追求し、コックピットは撃たず、パイロットは「不殺」であるというのが、ストライクフリーダムを知る者の共通の認識だった。それが、なぜ「悪鬼」であり「破壊神」として恐れられることになるのか。
 ストライクフリーダムに装備された武器の銃口が、空に浮かぶ敵モビルスーツを次々とロックオンしていく。放たれた触手は、モビルスーツのパーツを鑑みることなく、問答無用で貫いていった。もちろん、コックピットも。
 人々が恐れていたのは、まさにそれだったのだろう。ストライクフリーダムが、「不殺」の神業を持つモビルスーツであること。神業を持ちながらも、苦境に陥ったのなら、ためらいなく無慈悲に命を奪う、こと。

 衝撃的な映像に驚愕の余韻を残さず、映像は前触れもなく砂嵐に変わった。
「さすが、早いな」
 機器類に囲まれた司令室の中央に立つサイが、独りごちた。
 ラクス・クライン一派の報道掌握力は、他に類を見ない。ギルバート・デュランダル議長がディスティニープランの放送を流したとき、ラクス・クラインに乗っ取られたことは、全人類の記憶に新しいところだ。
 だから、「切り札は、一度だけだ」となるのだろう。
 報道を乗っ取られた今、もうこの手は使えない。
「状況は?」
「左翼の戦線は守られています。75%相手の戦力は瓦解しました。右翼は、被害率55%。ラスティ機の隊が守っています」
 サイは、この戦闘が始まるまで、セレベスの豊富な情報を元に、全てのラクス・クライン一派の戦闘を隅々まで検証していた。もちろん、ラクス・クラインが何と指示を下しているかなんて、言葉までは分からない。けれど、推移する状況下、どんな動きをするかは、手に取るように分かっていた。
 そもそも、罠というものは、相手に合わせた罠でなければ意味はない。人間相手に、ネズミ捕りの仕掛けをかけようはずもなく。
 推し量った戦力と戦略と、状況判断。それによって、導き出された答えは。
「ディアッカ機は左翼へ!ラスティ機、中央で援護を!基地からの攻撃を、全て右翼へまわして!」
「え?でも、左翼の被害率は10%にも到達していませんが…?」
「だからだ。だから、アレが来る!」
 メイリンが振り返って目にしたサイは、苦悶に歪んでいた。その表情で、ただごとでないと瞬時に悟る。
「ディアッカ機、左翼援護へ!ラスティ機、中央にて援護を!」
「了解」
 どうしてそんな優勢な場所を?という疑問が、瞬間よぎったのだろう。が、すぐに応答があった。その命令を下したのが、サイであることを思い出したのだ。サイがそういった判断を下したのであれば間違いはない、と。
 彼らの応答に、メイリンはサイへの信頼を感じ取っていた。

 忘れていたわけではない。けれど、どうしようもなくその状況に陥ってしまうことは、多々あることだ。
「動揺したら、つけこまれる。隙を突かれる。負けると思っていいよ」
 分かっていた。だから、心を鬼にして、切り札の映像を目にしていた。無意識のところで、心が反応していても、無視したつもりだった。
 モニタに突如現れた警告フレーム。赤く太い枠線は、このモビルスーツがロックオンされた証。
「振り切れ!」
 鋭くかけられた声。ラスティのものであるのを認識する前に、体は勝手に動いていた。
 これも、嫌になるほどに受けていた訓練。ロックオンされたら、全速力で動いて追跡を振り切るしかない。
 中央の戦線を守っていたレジスタンスのモビルスーツ達が、一斉に加速した。潮が引くようなその動きに、ザフト軍は呆気にとられたのだろう。一瞬、動きが止まった。…そこに。
 空気を裂き、横に雨が降るような光が、放射線状に走った。貫いた光に声を上げる間もなく、2機のレジスタンスのモビルアーマーが、爆発する。
「マーク。ウェイン…」
 誰にも聞かれないよう、ラスティが小さく呟いた。
 どんなに多くの部下を持とうとも、人の命を数で数えることはしなかった。自分に刻み付けた矜持。自分自身が、死を垣間見た所為でもある。数多くの戦友を失って、ここまで来た所為でもあった。
 だから。
 俺は、立ち止まらない。彼らの遺志を継いで、ここに立っているのだから。
「モビルアーマーは、後方へ下がれ!モビルスーツは、コックピットだけでもシールドで守れよ!」
 戦場の中央に、立ちはだかるモビルスーツが居た。誰もが目を逸らせないほどの存在感。
「ストライクフリーダム…。早かったな…」
 まったく、アークエンジェルのメカニックは、潜入した者に気づかない無能でも、技術力はたいしたもんだ。コックピットをまるごと交換して、高速でシステムを復旧させたのだろう。
「ここからが、正念場だな…」
 また、誰にも気づかれないよう、ラスティが呟いた。


 目の前を通過していった、カメラを装着した小型ヘリが、第二波の光に跡形も残さず消えていった。次は、あちこちに設置されたモニタ。
 サイの読み通りだ。
 ラクス・クラインは、報道を恐れる。自らに不都合な報道を。きっと、以前はここまで過敏ではなかった。ここまでラクス・クラインが報道を恐れるのは、後ろに控えている者達が、そう刷り込んだからだ。
 ディアッカは、バスターのガンランチャーとライフルを連結させ、まだ遠い標的を狙い、撃った。弾道にいたザフト軍のモビルスーツが、攻撃に触れたのか次々と爆発していく。…が、当然のように標的はよけた。
「ディアッカ」
 サイの言葉が、耳に蘇る。
「ストライクフリーダムを撃ったら、間違いなく、逆に狙われる。近寄ってくるストライクフリーダムを、周囲から皆で狙うけど、きっと殆ど無傷で近づいてくるはずだ。バスターは遠距離型だから、近接戦は挑まない方がいいのは確かだけど、距離を持って応戦できるのも時間の問題だと思う。ストライクフリーダムの機動力は、軽くバスターの倍はある。インフィニットジャスティスのように、動きを読んで対応するのも、パイロットの性質上、無理と思っていい」
 聞いているだけでも、絶望的な戦力の差に、どうしようもなくて笑いがこみ上げてくる。
「でも、だから…」
 静かな声で、サイは続けた。
「海岸近くまで下がって。放送しなくても、セレベスの人達が、肉眼で確認できるほどに。そうすれば、ストライクフリーダムは、バスターを全壊させることはできない。どこか分からないレジスタンス基地を、セレベス全土を焼き尽くして滅ぼすことは、彼らにはできないから」
 ラクス・クラインの意思を持つ者達は、多くの人の目にさらされている場所で、人の命を無下にできない。彼女らが、平和を尊重し、秩序を守ろうとする「善」だからだ。それを、逆に利用する。
「きっと…」
 ラクス・クラインの背後に潜む者達は、レジスタンス基地の場所を知っている。けれど、ラクス・クラインに自らその情報を提供することはない。なぜなら、彼らはラクス・クラインがここで死んでも、窮したことからセレベスを焦土にして非難を浴びても、何の損にもならないからだ。
 サイは、じっと虚空を睨んで、そう続けた。
 だから、ここで、踏みとどまらなきゃいけない。…なんとしても。
「オッケー。じゃ、いこうじゃないの」
 生身の人間であるディアッカは、戦車であるストライクフリーダムに戦いを挑んだ。一人なら、完全に勝ち目はないけれど。守るべき者達が、ディアッカを反対に守ってくれるはずだから。


 呆気なかった。
 距離をとるのが精一杯で、まともな応戦もままならないまま、眼下にはすでにセレベスの陸があった。眼前には、地上に降り立った軍神のごとく、ストライクフリーダムが君臨している。装甲が陽の光を反射して輝く。腹が立つほどに、いい機体だった。
 攻撃すると、セレベスの陸へ着弾する絶妙な位置に、ディアッカはバスターを置いていた。ストライクフリーダムは、ぴたりと動きを止め、沈黙する。
「裏切り者ですね」
 ストライクフリーダムから、通信が入った。モニタに、パイロットが映し出される。
 相手は、バスターに乗っている者を知っていた。…いや、これまでの動きで察したのだろう。以前は、共に背中を預け戦ったこともあったから。
 ディアッカも、通信を開いた。これで、相手側にもディアッカの顔が映し出されたはずだ。
「オレは、裏切った覚えはない」
「そうですか?アークエンジェルに乗っていたとき、ザフトの軍艦を落としたじゃないですか」
 モニタに映ったキラの瞳は、暗かった。ディアッカが初めて見る瞳の色だったが、さほど驚くことはない。今までのラクス・クラインの動きと、それに付き従っていた意思から、十分想定していた。オーブで初めて共闘したとき見ていた純粋な瞳は、どこに消え失せてしまったのか。
「アデスとは、正々堂々と戦った。おまえみたいな騙し討ちとは違う。それに、死んでいった仲間達の命は無駄にしない。責任を取る覚悟はある」
 先刻の、切り札の映像。あれは、騙し討ちでしかない。そして、かりそめの「不殺」も、全世界を騙していた。
「それを言うなら、僕も同じです。覚悟はある」
「はっ。独りよがりな覚悟に、何の意味があるんだっつーの。オレ達は、おまえと心中する気はないし」
「僕と貴方。どちらが独りよがりでない、と言えるんですか?」
「言えないね。でも、オレはエゴのために人は殺さない」
 これを、キラは否定しなかった。表情すら、動かない。
「正しいことを、良いことをしているのに、なぜ邪魔するんですか」
「スーパーコーディネーター様が決めた決定だから、誰が決めた決定よりも優れてるって?それがどうした。オレ達が、いつその決定を認めるって言ったかっつーの。おまえのエゴの世界なんて、おまえだけの世界であって、オレ達の世界じゃない」
 ぎろり、とキラを映すモニタを睨む。
 限りなく虚ろな瞳のまま、キラはくすりと笑った。自ら敵対しようとするディアッカが、愚かで哀れに見えたのだろう。
「…僕と戦ったら、死にますよ?」
「オレ一人だったらな。そうだろうな。負けるな、確実に。プラントにいた頃のオレは、一人だったからな」
 イザークを説得することもできず、自らの意思を忘れ、周囲の熱に身をゆだねることもできなかった。無力な自分に、心の底から失望していたあのとき。
「でも、今は違う。プラントにいた頃がチャンスだったのにねェ。オレを殺す。でも、今は、オレを殺すのは簡単じゃないよ?」
 モニタに映ったキラを見据えて、ディアッカはニヤリと笑った。
「無知は罪だ。おまえは、もうそれを知っているだろう?」
 ラスティの言葉を、ふいに思い出した。
 そう、知っている。
 ナチュラルを知らずに、ナチュラルを敵だと思っていた以前とは違う。世界は、そんな単純じゃなかった。
 自分で世界を見つめて、自分で自分の道を切り拓く。誰にも邪魔させない。誰も、邪魔できない。
 オレの心を掴む奴は、ラクス・クラインの意思を持つ者達にはいないから。


to be continued




デスティニーのキラは、こんなイメージです。
虫も殺さないような顔して、
結局やってることは、そういうことだろう?
という。

前作の時の、フレイとの関係は、好きだったのになー…。


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