捻じ曲げる禁忌
17 氷解のきざし


caution!!
キラ、ラクス(ところによってはアスラン)がお好きな方は、お読みにならないことをお薦めいたします。
もし不快に思われましても、苦情等はお受けできませんので、ご了承ください。
申し訳ありません…。

なお、もし不快に思われましても、苦情は受けかねます…。(すみません)


 背後を映すモニタには、ビームライフルを持つこともせず、攻撃する気がさらさらないディスティニーガンダムが控えていた。
 苦虫を噛み潰したような表情で、イザークはディスティニーガンダムを通し、操縦者であるシンを見る。
 アークエンジェルに付き従う戦艦で聞いたレジスタンスの声は、確かにディアッカのものだった。
「こんなところで、何をしている!アイツは!」
 命令系統のマヒしたアークエンジェルに突撃するわけにもいかず、地団太を踏みながら大人しくやり取りを聞くしかなかった。隣に立つ彼の瞳が輝いていくのをどうすることもできず、イザークに残された選択肢は、ただ見ていることだけ。
 予想はしていたものの、格納庫のモビルスーツが爆破されても、彼の瞳の色は変わることがない。
「俺は、出撃したとしても、レジスタンスと戦う気はありませんから」
「なにを馬鹿なことを言っている!相手は、死に物狂いで攻撃してくるんだぞ!?」
「こっちが侵攻しなけりゃ、元々起きなかった戦いですよ!こっちが攻撃しなかったら、攻撃してくるわけないじゃないですか!」
「じゃあ、なんでモビルスーツが爆破されてる!貴様の目はふしあなか!?攻撃を受けてるのは、こっちだ!」
「あんたの目こそ、ふしあなですよ!モビルスーツが爆破されても、死んでる奴なんか、どこにもいない!」
「!」
 その通りだった。
 格納庫のモビルスーツを爆破する前に、あらかじめレジスタンスリーダーは言った。「命が惜しかったら、さっさとそこから離れな」と…。
 セレベスのレジスタンスは、苦しい状況にも関わらず、きちんと道理を通していたのだ。
 それに比べて、こちらの行動はどうだ?セレベス大統領の制止も聞かず、了承を得ないまま領海に押し入った。まるで侵略者。堕ちたものだ。
「しかし…」
「なんで、分からないんですか!なんで、分かってくれないんですか!そんなに、ラクス・クラインの理想が大事ですか?」
 怒っているのかと思っていた。が、シンは泣くのをこらえているのか、顔をゆがめていた。
 予想外の表情に、イザークは混乱する。なぜ泣くのか、イザークにはまったく分からなかった。
 思い浮かんだのは、それほどまでにシンに信頼される、ディアッカへの羨望。
 ザフトを離れ、アークエンジェルのクルーとなって、敵同士として再会した頃だろうか。意識はしていなかったが、その頃から、自分を置いて遥か先へ進んでしまった感のあるディアッカに、羨望の思いがあった。ザフト軍には、ディアッカの英断をひそかに尊敬している者が止まないことも知っている。シンのように、絶大な信頼を置いている者も少なくない。
「…俺では、駄目だな」
 ぽつりと、イザークは呟いた。
 既に、シンは通信を切っている。聞く者はいないと思っていたが…。
「何がですか?」
 思いもよらないところから、返事がある。
「すみません。丁度、話しかけようとしたところでした。盗み聞きするつもりはなかったのですが」
 シホだった。
 イザークの操る青いザクの背後に、シホのパーソナルカラーであるザクがぴったりと寄り添って海上を飛んでいた。
「いや、かまわない.」
「よろしければ、伺いたいのですが」
「それもかまわんが、面白い話ではないぞ?」
 モニタに映った生真面目な表情に、苦笑を返す。イザークは、ひとつ息をついた。
「ディアッカがいなければ、何もできないのだな、と思ってな」
「そんなことはありません」
 即答。本当に、イザークがディアッカがいなければ何もできないなんて、そんなことは絶対にない、と。動かない表情が、自分の考えを微塵も疑っていないという、何よりもの証拠。
「ありがたいが、真実だな。俺は、ディアッカがいなければ、何も決められない。今回のことについてもどうすべきか決めかねている。ふがいない俺を見ていられないから、ディアッカは俺をサポートしているんだろう。本当は、この場所はあいつのためにあるべきだ」
「『この場所』というのは、隊長職、ということですか?」
「そうだ。俺なんかより、よっぽどディアッカの方が隊長に向いてる」
 シホが視線を逸らし、少し思案したように見えた。再度イザークを真正面から見つめると、軽く頷く。イザークは、首を微かに傾げた。
「…隊長。以前、ディアッカ・エルスマンに聞いたことがあります」
「?…なんだ?」
 シホは、イザークに促され、よどみなく流暢に話し始めた。

 確か、終戦になり3ヶ月が過ぎた頃だった。訓練の合間の休憩中、常日頃イザークに意見するディアッカを見ていて抱いていた疑問を、当人にぶつけることにした。幸いなことに、休憩室にはディアッカとシホしかいない。他の皆は、ドリンクを片手に、訓練棟の外へ出て行ったようだ。それはそうだろう。一日中、空も見えない屋内でシミュレーションを続けていれば、陽の光も浴びたくなる。
 そんな中、当人はソファにしなだれかかって、だらしない格好のまま、時折ドリンクに口をつけていた。
「聞きたいことがあります」
 酷く緩慢な動きで、つかつかと歩み寄ったシホを見上げると、ディアッカは小首をかしげた。
「何?」
「隊長に、次から次へと意見しているようですが、隊長の座を、奪うつもりですか」
 単刀直入な質問に、一瞬、「何のこと?」と、問い返しそうになった。
「ふーん。そう見えてるわけだ。…ま、見られてるのは知ってたけどね。やっぱりオレに気があったんじゃなかったのかァ」
「はぐらかさないでください。本当のところ、どうなのですか!?」
 だから、この男が嫌いなのだ。小馬鹿にしたような態度で、こちらの意図を把握していていながら、知らないふりをする。もちろん、シホがディアッカに気があるなんて、露ほどにも思っていないくせに。
 よっこいしょと、ディアッカは体を起こしてソファに座りなおした。
「相変わらず、イザーク様々だよねェ、シホは」
「悪いですか」
「悪いなんて言ってないって」
 呼び捨てにされて、少々居心地が悪くなったらしい。シホは、小さく身じろぎした。ディアッカは、シホを見上げて、くすりと笑う。
 真面目で真っ直ぐで。イザークを疑うなんて、したことがない彼女。
「じゃァさ。オレがイザークに代わって隊長になったら、シホはどうするわけ?」
「除隊します」
「即答だねェ。何?それで、イザークの新しい隊に入隊するってこと?」
「もちろんです」
「それが、答え」
「は?」
 ぽかんとシホは口を開けた。まるで、狐につままれたようだ。
「それは、どういう意味ですか?」
 ディアッカの言葉に振り回され、まったく答えを掴めぬまま、シホは再度問う。
「だから、さ。オレがイザークに成り代わって隊長になったからって、誰もついて来ないってこと。隊員がいない隊長なんて、隊長でもなんでもないっつーの」
「そんなことはないのではないですか?私以外の者は…」
「ついてこないと思うけど?シホと同じ行動するんじゃない?っつーか、むしろ。オレに、引き止める自信がないね」
 いつも自信満々なディアッカにしては、ひどく稀なセリフだった。少なくとも、シホは聞いたことがない。
「オレはさ、隊長になる気なんて、ないよ。隊長は、イザークがなるべきでしょ」
 驚いた。シホの目の前の男は、シホと同じ瞳をしていた。
「あいつは、心からプラントの平和を願っているんだ。その意思を曲げたことがない。常に前を向いて歩いてる。そんなあいつに、皆が信頼を置くのは当然なんじゃないの?」
 オレには、そんな資格、逆さに振っても出てこないし?と、ディアッカは軽く笑いながら付け足した。
 イザークがいるから、ディアッカは思うがまま行動できたのだった。プラントには、イザークがいるから。だから、プラントは大丈夫、と。
 イザークに言ったことはないけれども。イザークには、生まれながらにして王者の風格があったんじゃないかと思っていた。もちろん、イザークは真面目な奴だから、それに頼りきることはせず、日々切磋琢磨していたんだが。オレは、小賢しい理屈はこねられても、自然と皆がついてくるような、そんな魔法のような真似はできなくて。
 要するに、イザークは、オレなんかと比べるべくもなく、ありのままの隊長であったわけだ。
 ディアッカの中に、確固たる真理があることをシホは知る。そしてここに、シホが入り込めない信頼関係が、ディアッカとイザークの間にあるのだと、シホは思い知るのだった。

「…ディアッカが…」
「はい」
 そう言って、目を丸くしたままイザークは沈黙した。
「ディアッカ・エルスマンは、隊長であるべき者は、貴方だと思っているのです。ザフトを、プラントを一番に思っているのは、貴方だと。…自信を持ってください。私は、隊長の決断を信じています。いつでも、隊長についていきますから」
「俺の決断は、間違っているかもしれない」
「ええ。でも、私や、隊員の皆を無駄死にさせない決断をされると、信じてますから」
「それは、プレッシャーか?」
「そうですね。隊長に良いプレッシャーになるのなら、私はそう在りたいと思います」
 イザークは、ふと笑った。
 信じた者が、自分を信じてくれている。自分を信じてついてきてくれる者がいる。
 さあ貴方の好きにするがいい。私は何があろうとついていく。
 そして、彼らはイザークの肩をそっと押すのだ。
「…いいんだな?」
「もちろんです」
 ならば、これからのことは心に決めている。相手に、彼がいるのだ。信じた彼が選択した道を、閉ざすことなど考えられない。きっと真実は、彼が望むように、イザークも望むところなのだ。
 決めてしまえば、心は軽い。
「その前に、一言話しておかねばならない奴がいるな。……シン」
 イザークは、シン・アスカへの通信を入れた。むっつりとした顔が、モニタに映る。
「…なんですか…?」
 不承不承という感じで、シンが応えた。
「これからのことだが……」
 イザークは話しかけ口を開けたまま、モニタの端に映る、シンのコックピットに飾られた白いものに目を見張った。電撃のようなものが、背筋に走る。
 白い、花。
 同じものが、イザークのコックピットにも飾られていた。しおれないよう、シホに頼んで加工してもらったものが。
「シン、それはどこで…?」
「え?」
 シンが、訝しげにイザークを見た。
「その、白い花だ」
「これですか?これは、もらったんです」
 おもむろに何だ?と言わんばかりに、変わらず、むっつりとしたまま応える。
「それをくれたのは、…ナチュラルか?」
「はぁ?なんですか?それ?」
「いいから!ナチュラルか、と聞いている!」
 シンの表情が、さらに訝しげにイザークを見るものに変わっていく。何を聞くんだ?この人は。
 しかし、イザークの必死な表情を、無視できるはずもなかった。
「……ナチュラルですけど?それがなにか?」
「そうか、分かった!」
 イザークがぱっと顔を輝かせる。一体何なんだ?と疑問符を浮かべるシンに、気づくこともない。
 …分かってしまえば、簡単なことだった。
 ミリアリアに、上から見ている態度を指摘されたとき、憤るよりも、ショックだった。恐れや忌避の目を向けられる度、苛ついた。
 それは、「おまえなんか嫌い」と、跳ね除けられた時の、寂しさと似ていた。とても、似ていたのだった。
 嫌いな者に嫌われようと、それほどのショックは受けない。どうぞ勝手に嫌ってくれと、むしろ開き直ったことだろう。
 だが、違ったのだった。
 なぜこんな簡単なことが分からなかったのか。
 俺は、愛されたかったのだった。愛されたい相手を嫌いなわけがなく、俺は…。
 …ナチュラルが好きだったんだ。
 白い花に優しい想いを乗せた少女を傷つけたとき、自分の価値のなさを呪った。
 自分で自分の態度の酷さを嘲笑いながら、それでも心からいたわってくれた少女が、とても大切だった。心の底から、嬉しかったのだ。
 俺は、ナチュラルが嫌いなどではなかった。コーディネーターである自分を愛してくれないナチュラルを憎んだのでもない。ナチュラルを愛せない自分が嫌いなのでもなかった。
 ただ、愛した相手に愛してもらえないことが、とても…。寂しかったんだ。
 分かってしまうと、恥ずかしいことこの上ない。
 欲しい物が手に入らず、癇癪を起こした子供ではないか。ナチュラルからの愛に手が届かなくて、地団太を踏んでいた。それを、俺は、ナチュラルを愛せない自分に苛立っていたと、勘違いしていたんだ。
 馬鹿馬鹿しいのにも程がある。
「…隊長?」
 シホが、心配そうにモニタを覗きこんできていた。
 大丈夫。もう、とっくに進むべき道は決まっている。
「シホ、後退する。隊員に連絡をしてくれ。俺は、ラクス様にかけあう。心配するな」
「……。…はい!」
 いつも即答のシホには珍しく、しばしの沈黙があっての応えだった。応えたときにこぼれた笑顔は、イザークも久方ぶりに見る。
 空を厚く覆っていた雲が、するすると引き下がっていく。降り注ぐ陽光の中、イザークは銀髪を輝かせ王者のごとく立っていた。


「今…。なんと…?」
「ですから、ジュール隊は撤退します。セレベスレジスタンスへ攻撃は加えません。今より、味方部隊の撤退を援護する任務につきます」
 ラクス・クラインは、イザークの進言を初めて聞いた時よりもさらに、目を見開いた。しかし、ラクスの表情は、「意味が分からない」というものから変わらない。
「なぜ、攻撃をやめるのですか。ザフトの皆さんを守ってあげてください」
「セレベスは、こちらが攻撃しない限り、戦う意思はないと言っています」
「それが罠だとは思いませんか?」
「思いません。セレベスには、信頼できる者がいますから。もし、何事かあったなら、全ての責任を、私が取ります」
 余分な邪念の一切ない、淀みのない応え。感情を昂らせることの多いイザークにしては珍しく、そのたたずまいは静謐だった。
 むしろ逆に、いつも悠然と構えていたラクスが、自らの範疇外のことに狼狽していた。イザークが、ラクスに従わないなど、考えたこともない。いつも、真っ直ぐな尊敬の眼差しを向け、ラクスの話に異論を唱えたことなどなかったのに。それどころか。自分の言葉に頷かない者がいること自体、初めてだった。
 いつも、いつも、ラクスの言葉は聞いた者を感動させ、反対する者などいるはずもなく、強制したわけでもないのに、自らの意思で賛同する者しかいなかった。賛同を集めた言葉は、当然皆から支持されているものだ。間違っているはずもなく、正しいことなのだ。
 正しいことをしているのに、なぜ歯向かう?なぜ、私の言葉に従わない?なぜ、私の言葉に、幸せな表情を浮かべないのだ。
 …意味が分からなかった。
 そんな時。
「ラクス艦長!」
 突き刺すような叫びが、CICから発せられた。
「…映像がっ…!」
 CICの言葉は、まったく的を得ていない。ただし、CICの無意識の操作でモニタの切り替えがされると、どこかで見たことのある…、否、ラクス自身の姿が映っていることに驚愕した。
 …これは、何?
 それが、ラクスにとって、悪夢の始まりだった。


to be continued




ディアッカとイザークの関係は、
どこまでも悪友だけれども、決して裏切ることのない仲間、
という、
「友情」とか言っちゃうのは恥ずかしいっつーか、
かっこ悪いよねェ(ディアッカ談)、
っていうのが理想です。


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