捻じ曲げる禁忌
16 目指したものは、なんだったのか


caution!!
キラ、ラクス(ところによってはアスラン)がお好きな方は、お読みにならないことをお薦めいたします。
もし不快に思われましても、苦情等はお受けできませんので、ご了承ください。
申し訳ありません…。

なお、もし不快に思われましても、苦情は受けかねます…。(すみません)


「10時方向、ザク4。機体損傷率、15パーセントを予想」
「ディアッカ、10時方向。ザク4機、来るぞ」
「オーケー」
 海に浮かぶ戦艦群から、わらわらとモビルスーツが飛び出してくるのが、遠目に見えた。メイリンが収集した詳細な情報と、サイの的確な指示で、ディアッカはバスターを操る。セレベスレジスタンス側の前線は、海岸で数体のストライクダガーとモビルアーマーが守っていた。その背後で、バスターはライフルを構えて、ザフト軍の動きに目を走らせる。
 セレベスの陸に近寄る前に叩く。
 この布陣にはそんな意味があり、具体的な策は、ここ数日、何度も何度も夢に見るまでシミュレーションしていた。ザフトのモビルスーツを見れば、脳が反応する前に、体が勝手に動く。ライフルを撃つ直前に、前線の味方は、するりと弾道を開けた。
 まるで、ダンスを踊っているような、滑らかな動き。
 バスターが発射したライフルのビームは、直線の軌道を描いて、密集していたザクに突き進んでいく。
「3機着弾。2機大破、海に落ちました。残り2機、来ます!」
「A班、B班、1機ずつ対処!」
「了解!」
 数人の返事が、ステレオで反響するように重なり、ストライクダガーとモビルアーマーが、近寄ってきたザクに射撃を始めた。
「ラスティは?」
 ザフトのモビルスーツの動きに目を配りながら、ディアッカが問う。
「バスターより2時の方向120。モビルアーマー5機と一緒です」
「そろそろ、遭遇する時間だよ。あまり、援護は期待しない方がいいと思うけど」
「援護なんて、いらないっつーの」
 そう言って、B班が落としそこなったザクに、一瞬の隙を突きライフルを放つ。ザクが海に落ち、白い水しぶきが空高く上がった。
「むしろ、こっちが援護してあげてもいいけど?」
「それは、ラスティが嫌がるんじゃないかな」
「おーおー。恨みってやつは、恐いねぇ」
「11時方向、ザク5機。機体損傷率、10パーセントを予想!1機は3パーセント!」
 おちゃらけた雰囲気は、メイリンの報告に、ぶつりと途切れる。
 そろそろ、ディアッカ達がアークエンジェルに忍び込んで工作した効果が、薄れつつあった。モビルスーツを爆破され、戦力の落ちたザフトだが、やはり簡単な相手ではない。徐々に崩れた態勢を立て直しつつあった。戦場の体を醸し出してきた海岸に、黒い爆煙が渦巻き始めていく。


 目の前には、赤く降臨するモビルスーツがあった。
 インフィニットジャスティス。
 パイロットは、調べなくとも知っている。彼、だ。
 ヘリオポリス潜入が、昨日のことのように思い出される。脈をとられることもなく、死んだものとされた自分。炎上する敵陣の中央に置き去りにされた自分。彼にとって、自分の存在は、その程度のものだったのだ、と。
 仲間でも、もちろん友達なんて呼べるものでもなかったのだ。
 仲間であり、友達だなんて思っていた自分の甘さを、何度馬鹿だと罵ったことか。お笑いぐさだ。
「よう、久しぶりだな、アスラン・ザラ」
「…おまえ…は?」
「あー、忘れてて当然だよな。別に思い出してもらう必要もないよ。ただ…」
 音声のみの通信で、少しの沈黙が、アスランが聞き覚えのある声だと考え込んだのが分かった。どうせ、考え込んだところで、思いもつかないだろう。死んだと思っているのだから。彼の記憶からも、死んで消え失せてしまっているのだから。
 腹が立たなかったと言えば、嘘になる。けれど、彼の情けない遍歴こそ、哀れむに値するものだった。彼は、そんな哀れみを「馬鹿にするな」と、憤るだろう。けれど、それはこっちのセリフだ。
 さっさと、ここから、去れ!
 ここに来た意味も、ここにいる意味も、自分の意思ではなく。何と戦っているのかも分からぬおまえなど。
 だから。
 おまえをここで討ち取って、…全てを終わりにしよう。
「ここで、戦線を離脱してもらう」
 冷えた声で、ラスティは宣言した。
 ラスティが操縦するのはストライク。インフィニットジャスティスが開発される何年も前に開発されたものだ。セレベスの最新チップを導入し、駆動系や装甲など、あちこちに改良を重ねてはいるが、たかが知れている。単純計算での性能の差は、軽く見積もっても何倍かはあった。まともに考えたら、ストライクがインフィニットジャスティスに勝てる見込みは、1ミリたりとてない。
「考え直せ。君には勝てる見込みなんて、ない」
「そりゃ、ご忠告をどーも。そんなこと言ってると、足元すくわれるよ?」
 図に乗って、ナチュラルを馬鹿にしたコーディネーターを叩きのめす、いい機会だ。こいつらは、無意識に上流人種だというつけあがりがある。いくら謙虚に見せかけたって、騙されやしない。なぜなら、ここに、以前そうだった生き証人がいるからだ。
 だから、反吐が出る。
 まだ、ザフトはモビルスーツを爆破されて、完全には立て直していないのだろう。出撃しているのは、数体のモビルスーツだけ。そして、殆ど無傷なのは、インフィニットジャスティスのみだった。
(ディアッカがストライクフリーダムのコックピットを撃ってなかったらと思うと、ゾッとするな)
 インフィニットジャスティス以外のモビルスーツの相手は、ラスティが引き連れてきたモビルアーマーに任せるとする。幸いなことに、一対一になれるってわけだ。
「さあ、仕合をしようじゃないの」
 ラスティは、不敵にニヤリと笑うと、ビームサーベルを構えた。

 ビィィィン!
 ビームサーベルがぶつかり合い、派手な火花が散った。押し寄せるGに、ラスティは歯を食いしばる。
「ったく、馬鹿力にも程があるっていうんだよ」
 拮抗しているように見えて、ストライクは明らかに押されていた。押しとどめようとしても、吹き飛ばされるストライクの動きが、それを証明している。しかし、先刻からインフィニットジャスティスは、1ミリの傷も、ストライクに与えられないでいた。致命傷を与える攻撃は全て、すんでのところで流されている。
(何故…!?)
「あー。『何故』なんて思ってる」
「!」
「何故なんだろーねぇ」
 くつくつと、愉しそうにラスティは笑った。
 ラスティには、手に取るようにアスランの焦りの表情が見えていた。動きも、次の動きも。
 フェイントなんざ、意味はない。ラスティには、それがフェイントであることが分かっているから。そこで、フェイントを出すであることを、予測しているから。
 いや、予測ではないか。
 アスランの動きを、知っているのだ。
(ホント、「馬鹿」がつくくらい、真面目だよね)
 ザフトで、確かにアスランはエリートだった。けれど、融通が利かないというか、真面目で硬いというか。想定外の事柄には、すこぶる弱かった。
 戦い方も、同じ。教科書をなぞらえた動き、とでも言おうか。でたらめな動きなどしない。綺麗で整った動きしか、したことがない。それは、一般生徒から見れば、模範的で目指すところであるし、とても真似できることではなかったけれども。
 裏を返せば、常道の戦いの対処さえしていれば、こちらは一片の傷も負わずに済むということになる。
 もちろん、アスランの動きを知っていたからといって、それに対応できるかと言ったら、それもまた別の話だった。
 ラスティが、アスランの乗るインフィニットジャスティスに対等に渡り合えるまでになったのは、相当の努力があってこそだ。ラスティ自身と、メカニックと、シミュレーションに付き合ってくれた仲間達と…。
 ストライクの性能を、インフィニットジャスティスに値するくらいに上げれば、それで終わることだった。もしくは、インフィニットジャスティスそのものを手に入れれば。けれど、元よりそのような資金はセレベスにはなく、入手するコネもない。
 でも、インフィニットジャスティスを簡単に手に入れたアスランには一生手に入らない、お金では買えないかけがえのないものが、今この手にはあった。
「おまえは、…本当に気づかないんだな…」
「何のことだ!」
 彼の本能が、危険を知らせたのだろう。アスランの目つきが変わり、表情が死んだ。それに呼応したのか、インフィニットジャスティスが馬鹿げたスピードで暴れだす。
 けれど、ラスティはまったくもって慌てない。むしろ、インフィニットジャスティスのビームサーベルとビームライフルを避ける精度は、上がったように見えた。
「何故だ!?」
「簡単なことなんだけどね」
 人が変わったように、とんでもない動きをする今の状態を知っている。普段眠っている、戦闘本能が呼び覚まされたような動き。でもそれは、限りなく本能に近かった。無我夢中で拳を振り上げているような。
 ラスティは、アスランの無意識の戦闘パターンを知っている。無意識は本能に近く、さらに本能で戦うような今は、先刻より実に分かりやすい動きになっていた。あとは、どれだけストライクを上手く操り、傷を負わず、相手を落とすかだけを考えればいい。
(ま、それも簡単じゃないけど)
 できないことじゃない。
 ここまできた、気が遠くなるような努力を考えれば、簡単なことだ。
 本当に。ナチュラルは諦めるってことを知らないんだから、と思う。セレベスで生活し始めた頃のラスティなら、間違いなくインフィニットジャスティスと同レベルの性能を用いなければ、勝てるわけがないと思っていた。けれど、セレベスの仲間達は、モビルスーツの部品のひとつひとつに改良を重ね、インフィニットジャスティスの動きの研究をし、それに対するシミュレーションを幾度も繰り返した。本当に、何度も、何度も。
「ストライクに負けるなんて、みじめだねえ」
「…っ!負けるはずが…!」
 焦った声が聞こえる。
(ハマったな)
 まんまと引っかかってくれた。すでに、冷静な判断ができなくなっているんだろう。性能が上がろうが、動きが良くなろうが、操縦する奴の脳が冷えてなけりゃ、戦いの結果は見えてる。
「…おまえ、何のために戦ってる?」
「決まっている!ラクスとキラが目指す平和を…!」
「ホント、分かってないんだな。ラクス・クラインの理想を理解してるなら、こんなところにいやしないだろ」
「!」
 どこかで聞いた言葉だった。…そうだ。その言葉を胸に、今、答えを探しているんじゃないか。
「答えはもう、持っているのにね」
「…それは、どういう……!?」
 ザンッ!
 装甲が断ち切られる音と同時に、コックピットにまで火花が散った。インフィニットジャスティスの左足と右手を失ったことを、モニタの警告ウィンドウが問答無用にアスランの目の前に突きつける。
 信じられなかった。
「いつのまに…」
「さあね」
 ラスティが言うと、ストライクは勢い良くインフィニットジャスティスを蹴り落とした。派手な水しぶきを上げ、海に突き落とされたインフィニットジャスティスは、ぶくぶくと水泡をまといながら、深く沈んでいく。
「そこで、少し頭を冷やすんだな」
 海水に青く染まっていくインフィニットジャスティスを見下ろし、ラスティは言い捨てた。
 一方アスランは、ゆらゆらと揺れる海面を絶望的に見上げ、その水面に反射する陽光に、金の髪の彼女を、なぜか思い出していた。


to be continued




彼は、やっぱりアスランを恨んでるんじゃないかなぁ、と思います。
だってなぁ、抱きかかえられて最期を看取ってももらえなかったもんな。
それどころか、自分の生死も確認してもらえなかったし。
私だったら、そんな人を友達だとは思えないです。



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