捻じ曲げる禁忌
14 この世界を守れるのなら、死んだっていい


caution!!
キラ、ラクス(ところによってはアスラン)がお好きな方は、お読みにならないことをお薦めいたします。
もし不快に思われましても、苦情等はお受けできませんので、ご了承ください。
申し訳ありません…。

なお、もし不快に思われましても、苦情は受けかねます…。(すみません)


 ウェットスーツは、海水の冷たさを完全に遮断していた。直接海水に触れる頬だけが、その底冷えする冷たさを感じとっている。
 ゴポリ、と吐いた息が無数の空気の泡を作って遠い海面に浮き上がっていった。見上げた海面は、微かに明るく、藍色の中にやや明るい水色の円を描く。陽光であろうことは分かるのだが、深く沈んだここからは、それすらも判別できない。
 ふいに、隣でウェットスーツや酸素ボンベなどに包まれ、もはや誰だか全く分からない人型が、海面を指差した。
 巨大なものが、海底に夜かと勘違いする程大きな影を作っている。生物ではなかった。微かなモーター音。四角ばった形。
 巨大な戦艦だった。
 隣の人型は、手にしていたワイヤーガンを構えると、戦艦に向かって発射する。碇型のやじりは、海水を切り裂いて、一直線に戦艦へ突き進んだ。しばらくして、手ごたえがあったのだろう、人型が、合図を送ってくる。手を伸ばし、ワイヤーガンを掴むと、ワイヤーが急速に巻き取られ、一気に2つの人影は戦艦に向かっていった。
 大きな戦艦の底の一端で、扉が開いた。艦内から漏れた照明の下に、人型は吸い寄せられていく。
 ザバリ。
 ウェットスーツごと、酸素ボンベなどの機器を脱ぎ捨てると、人型は、人になって戦艦へと乗り込んだ。
「とりあえず聞くけど、無事?」
「愚問なんじゃないの、ソレ?何もまだしてないっつーの」
「そりゃそーだ」
 軽口を言い合う2つの人型、…人間は、ディアッカとラスティだった。機能性の高いウェットスーツな所為か、長時間冷たい海水の中にいたというのに、インナーも髪の毛さえも、全く濡れていない。
「お待ちしていました」
 倉庫か何かなのだろう。小さな部屋は、様々な箱が積み上げられ、その中に作業服を着た若者2人が立っていた。手にしていた作業服を、ディアッカとラスティに差し出す。
「状況は?」
「手はずどおり、準備が整っています」
 渡された作業服のつなぎに腕を通しながら訊くと、満足する応えが返ってきた。ラスティは、うん、と頷く。作業用の帽子を目深に被り、セレベスを訪れた時と同じ黒髪のウィッグを身につけ、同じように帽子を被ったディアッカを振り返る。
「じゃぁ、行こうか。善は急げってね」

 潜入したアークエンジェル艦内は、事前に入手した情報の通り、長閑そのものだった。そもそも、メカニックの作業着を身につけたディアッカとラスティの姿に、疑念を抱く者がいない。
「俺がリーダーだったら、殴り捨ててるね」
 ラスティは言ったが、
「今は好都合だけど」
と、付け足した。
 まあ、敵艦というのに、胸を張って堂々としているディアッカとラスティのふてぶてしさにも起因はある。むしろ、一緒に歩く、アークエンジェルで待っていた2人の若者の方が、心なしか青ざめていた。
 しばらくすると、何の障害もなく、格納庫に辿り着くことができる。すれ違うメカニックに軽く挨拶を交わしつつ、立ち並ぶモビルスーツの下、メカニック専用の端末の前にディアッカ達4人は集まった。長身のディアッカより高い、ブロック型の端末が搭載されたサーバーBOXに、各モビルスーツの詳細が映し出されるモニタが据えられている。
 各パーツをチェックするように、格納庫の至るところに設置されたカメラを操作すると、目的のものが随所に表示された。かといって、目立つわけではない。注意して、そこにソレがあると分かって見なければ、容易く見過ごしてしまう。そんな『ソレ』だった。
 ラスティが頷く。
「オーケー。問題ないみたいだね」
 ディアッカとしては、変装しているとはいえ、見知った顔に出会う可能性がないとは言えない。こんなところはさっさと離れるに越したことはなかった。
 かといって、来ないわけにはいかない。ラスティが、断固として行くと言ってきかなかったからだ。もちろん、回線をハックして、格納庫や『ソレ』の映像を見ることはできるし、同じく格納庫で生じている音を聞くこともできる。が、所詮、それは視覚と聴覚に訴えるものだけで、それ以外のものは、ここに来なければ感じ取ることはできない。
 確認すべきものを確認してしまうと、あっさりとその場を離れる。ごく自然な動きに、不審に思ったメカニックは一人としていなかったようだ。
 来た時とは逆に、同じ経路を辿る途中、ディアッカはふと顔を上げた。見上げた先に、メンテナンスを終えたばかりのストライクフリーダムが、格納庫の照明を反射させ、輝きを放ちそびえている。その美しさとは裏腹に、これが多くの人を殺める兵器であることは、今更思い起こす必要もない。
 一瞬、ディアッカは剣呑な目つきでストライクフリーダムを睨んだが、ほんの一瞬だったために気づいた者は誰一人おらず、ディアッカも何もなかったかのように格納庫を後にしていた。
 格納庫近くの小部屋に、アークエンジェルで待っていた2人が、ディアッカとラスティを案内する。
 メカニック達の休憩室なのだろうが、他に同じような部屋があるのだろう。最近使っている気配はなかった。部屋の隅には、うっすらと埃が被っている。中央に設置されたテーブルに、小さなノート型の端末が並んでいた。無言のまま、ディアッカとラスティが席につくと、2人の若者も同じように席につく。
「じゃ、始めるか。準備が整ったら、言って」
 ラスティが、手を軽く握って開いてを繰り返し運動させた後、キーボードに指を乗せた。

「セレベス領海に入ります!」
 アークエンジェルのブリッジに、オペレーターの声が響いた直後だった。
 ジジッ…、ジ…。
 電波が弱まった時のような音が流れると、一瞬前まで各所やデータを映していた全てのモニタに、砂嵐が舞った。灰色のモニタに、写るものは何もなくなり、代わりに、……声が流れた。
「こんにちは。アークエンジェルの皆さん」
 若い男の声だった。
 途端、アークエンジェル中がざわめく。ブリッジにも動揺が走った。
「落ち着いてください!」
 凛としたよく通る声が、ブリッジであげられた。ブリッジにいる者の目が、一斉に声を発した者に注がれる。
「落ち着いてください。発信元を探し、通信の回復をお願いします」
 艦長席で、ピンク色の髪が揺れていた。たたえた微笑は、途切れることはない。その微笑が、歌声が、言葉が、どれだけの人を救ってきたというのか。
 ラクス・クライン。プラント最高評議会議長だった。
 瞬時に、焦燥に満ちていたブリッジが落ち着いていく。…これが、ラクス・クラインの力。能力。才能だ。
「駄目です!各ブロックに連絡が取れません。ジャミングされています」
 ラクスが返答しようとしたとき、スピーカーから流れた声が遮った。
「通信を回復しようとしてるみたいだけど、無駄だと思うよ。あ、そうそう。艦長席についてるマイクだけ生きてるから。それ使って、こっちに話してね。それと、モニタも、アークエンジェル内全て砂嵐だから」
 ブリッジのクルーがぎょっとする。全てこちらの動きは筒抜けだった。艦長席のマイクから音声を傍受しているだけではない。通信を回復させようとしている動きも、システムから拾われている。
 見えない拳銃を、クルー全員の頭に突きつけられたようだった。クルー全員が、互いの人質の状態。何か不審な動きをすれば、きっと良くない何かが起こるに違いない。
 さすがのラクスも少々顔を青ざめさせ、マイクに向かって低い声で問うた。
「…貴方は、誰ですか?」
「あー、ゴメンゴメン。挨拶が遅れちゃったね」
 あくまで陽気な声が、スピーカーから流れてくる。
「ご挨拶が遅れまして申し訳ありません、ラクス・クライン。私はセレベスのレジスタンスリーダー、アル・マッケンジーと申します。本当は、直接出向くところなんですがね。声だけで失礼しますよ」
 ざわり、とブリッジがどよめいた。その音は、果たして耳が聞き取った音だったか。体中の血がざわめく音だったか…。
「レジスタンスのリーダーが、アークエンジェルに何の用です」
 自然、声が上擦る。そんなとき、肘掛の震えた掌に、重ねる掌があった。
 ラクスは、重ねた掌の持ち主を見上げる。…そこには、愛しい彼が優しい笑みを湛えていた。ほっとする。震えが止まった。笑みを返す。
 …大丈夫だ。
 ラクスは、何も映さないモニタをキッと見据えた。
「セレベス領海に入ったみたいだけど?」
「当然です。私は、貴方のような国家に反乱をもたらす者を。許すことはできません」
「セレベスは、セレベス大統領は、何度も何度も『来るな』って言ってるのに?」
「表立って、他国に自国の暴徒を何とかして欲しいと乞うのは、難しいでしょう」
「ハッ!」
 顔が見えるわけではない。…わけではないが、ラクスを侮蔑するように笑った顔が見えた気がした。
「…すまんね。生まれが良くないものだから、失礼」
 知る者が聞けば、辛辣極まりない嫌味だった。なぜなら、ラスティの生まれは、紛れもなくプラントだったからだ。ディアッカは、思わず吹き出しそうになるのを、必死にこらえた。
「その考えには、責任が持てるのかい?ラクス・クライン」
「もちろんですわ」
 即答だった。自分の選択を、一寸たりとも疑っていない。
 まあ、自分の行動に疑いも抱かず生きられたら、それはそれで幸せだろうが。責任者がそれじゃいけない。いつも、仲間達の命は、自らの選択にかかっているからだ。
「最高責任者とは思えない発言だね」
「最高責任者だからこそ、の発言と思いますけれど」
「責任能力の話じゃない。短絡的だ、と言っているのさ。例えば、そうだな。部下がやってることを知ってるかな?」
「把握しておりますわ」
「プラントが、セレベスに対して経済制裁を行っていることを?オーブを始め、周辺各国へ、セレベスへの経済制裁を示唆していることも?」
「経済制裁?」
 ほぉら、やっぱり知らない。ラクス・クライン直属の部下が、知らせないからだ。けれど、最高責任者が、『知らされなかった』という事実に甘えることは許されない。裏でうごめく闇にも、目を凝らして、把握するのが当然なのだから。
 それが、それこそが、最高責任者の責務。
「部下がやったことであって、私は知らない、と?」
「いいえ、私が全ての責任を負います」
 そのまま瓦解するものだと思っていた。けれど、それなりの場数を踏んだのか、ラクス・クラインは声に現れた動揺を打ち消し、現状に踏みとどまっている。
 ラスティには窺えなかったけれども、そこには、ラクスの掌をぎゅっと握る彼がいたからに他ならない。彼は、目に見えぬ敵を瞳に写し、砂嵐しか映さないモニタを睨んでいた。
「責任を取るって意味を理解しているとは思えない返答だね。部下が誰かを殺したら、ラクス・クラインが殺したということになる。その罪を、どう償う?」
「その方の命を無駄にはしません。2度とそんなことは繰り返さぬ平和を…」
「2度どころか、何度も繰り返されているんだけどね。大体、それをラクス・クラインは知らない。知ろうともしない。知ろうとして、政治を学ぶわけでもない。そんな奴が最高責任者だと胸を張って、トップに居座ってる」
「仕方ありませんわ。適した方がいらっしゃらないのですから。それまで、私が代わりにいるだけです」
 苛立ちが募っていく。連ねられる奇麗事に、気持ちが悪くなっていった。
 そんな単純な世界が、どこにあろうものか、と。
「俺は言ったが。『事実を知ろうとして、学ぶこともない』とね。ラクス・クラインは、あれが嫌だ。これが嫌だと、敵を排除する」
「仕方ありませんわ。平和のためですもの。間違っている方は、正してさしあげなければ」
 メキ、と、何を握っているのかは分からないが、ラスティの拳からそんな音が発せられた。
 ディアッカがラスティの顔色をこそりと覗くと、青ざめた顔があった。恐怖しているのではない。これは、怒りが突き抜けてしまった後の顔だ。現に、隠すこともない、隠すこともできないその表情は、憤怒そのもの。眉間には深い皺が寄り、眉と目じりは釣り上がっている。結ばれた唇は、力が入りすぎているのか、すでに紫に変色していた。瞳は、プログラムのコマンドが羅列された文字ばかりのモニタを、今生の仇を射殺すように、睨んでいる。
 先刻から、ラクス・クラインを『君』や『貴方』ではなく、『ラクス・クライン』と呼んでいるのは知っていた。それは、そういうことだったのだろう。
「…多少の犠牲は、やむ無しってことか。プラントの阿呆共は、そんなことをおっしゃるラクス様を知らないんだろうな」
 頭に思い浮かぶ笑顔があった。大地に降り注ぐ陽光と同じく、輝く笑顔。遠慮なく叱咤され、厳しく諌められたこともあった。けれど、それこそが掛け値なしの愛情だった。
 俺は、余所者なのに。敵だった人間なのに。
 そんな国を、人々を守ろうと思った。心の底から、…そう思ったんだ。
 俺のコーディネーターの血は、そのためにあったんじゃないのか、と。いつしか、そのために死ねるのなら、俺は俺に誇れたまま、この世を去れるんじゃないか、と。
「無知は、罪だ。知ろうとしないしないのは、大罪だ」
 辛酸を舐めたことは、数知れない。こんな小国だ。死ぬ気で大国や強国の魔の手を振り払わなければ、即座に飲み込まれて、終わりだった。
 輝く陽光も、優しい笑顔も、収穫に歓喜する街並みも、雨露に濡れる森も。全て。
 全てが、消える。
 けれど、輝きを奪った者は、その国を救ったとして、全世界から祝福されるのだ。そんな理不尽なことがあってたまるか。
「…おまえが、思い通りに天罰のような排除をして、ゴリ押しな平和を押し付ける間、自分じゃどうにもならないことを、我慢して、どうにかやってる奴らもいる。慎ましやかに、頑張ってる奴らがいるんだ。そんな奴らの努力を踏みにじって、聖人面してるんじゃねえ。…俺の友達を、大切な仲間を馬鹿にするのも、いい加減にしろ!」
 喉の奥から搾り出すような声。感情が吐露された声はしわがれ、若い男が発したものにはとうてい聞こえない。その声から、彼の真実の信念が、ダイレクトに伝わってくる。
 シンと静まり返ったブリッジからは、何の音も返ってこなかった。
 終始朗らかな笑顔を見せていたラスティは、俯いて表情を見せない。握った拳は、力を入れすぎているのか、血の気なく白かった。
 ポン、と軽く肩を叩く。硬直していたラスティの体が、ビクリと震えた。
「選手交代だ。オレがやる」
 ディアッカが、ラスティの口元にセットされていたマイクを引き寄せる。ラスティは、抵抗しなかった。俯いたまま、顔を上げない。
 陽気ないつもと、今の痛ましい姿の差に、どれだけの忍耐を重ねてきたのだろう、と思う。そして、ラスティの「俺達の味方はひどく少ない」という言葉の意味を、ディアッカは段々と理解してきていた。
「あー、もしもし?交代させてもらうよ」
「…貴方は?」
「レジスタンス」
 名乗る名はない。まあ、リーダーと違って、レジスタンスのメンバーが、身分をおおっぴらにするわけはないので、いいだろう。ラクスも、追求することはなかった。
 ただ、どこかで聞いたことがある声だ、という反応はあった。ディアッカは、それを知っていながら無視する。どうせ、ラクス・クラインやアークエンジェルのクルーは、分かりやしないだろう。それより問題なのは、アークエンジェルの会話を聞いているだろう、他の戦艦だった。
(…聞いてるだろうなァ…)
 銀髪の彼が声の主に気づき、不機嫌を通り越して、怒り狂っている姿が思い浮かんだ。そして、彼に付き従っているオレにはつんつんした態度のお嬢さんと、同じくふくれっつらがデフォルトの赤の後輩。
 多少、げんなりする。
「ま、先日の宣戦布告は知ってると思うけど。領海に入ったんで、敵とみなさせてもらうよ。そっちは、元々そのつもりだろうけどね」
「もちろんです。貴方がたがいなければ、セレベスは平和なのですから」
「…ホント、分かってないんだなァ。ま、オレも最初分からなかったから、仕方ないのか」
「…なんのことです?」
「あんたが独りよがりだってこと。でも、思い通りにはさせないから。…先の大戦のようには、…させない」
 自らに誓うように、ディアッカは言う。
 平和のために。人々を救うために。世界の秩序のために。
 そんな大儀を掲げて、ラクス・クライン率いるアークエンジェルは、各地で争いを鎮めた。…鎮めた、ことになっている。世間的には。
 けれど、実際行っていることは、テロ行為だった。
 自らに降りかかる災厄を振り払うために。
 彼らは、もっともな大儀を掲げて戦場に混乱をもたらした。戦場となった場所に住む人々のためなんかじゃない。あくまで、自らのために、自らの敵を薙ぎ払うためだ。
 なぜ、その行為が更に戦場を広めると分からない。なぜ、その行為が独りよがりだと分からない。
 戦争は、長引けば長引くほど、戦火を広める。決着がつかず、混乱を極めれば極めるほど、人の命は散っていくのだ。
 なぜ、それが分からない!
 人々を救いたいのならば、戦いに参加するのではなく、人々の退去を守るべきだった。アークエンジェルに、逃げ惑う人々を乗せ、安全な場所へ運ぶだけでもいい。
 それをせず、自らの境遇に悲観しながら、彼らは人を乗せたモビルスーツという名の兵器を狩る。
「私達の行為を、独りよがりと思っているのですね」
 かわいそうに、という哀れみの言葉。
 ああ、そうか。だから。…だから、セレベスは、ナチュラルは、ラクス・クラインを受け入れない。
「自分が神だとでも言うつもり?」
「そのようなこと、思うはずもありません」
「あんたは神でいるつもりなんだっつーの。神は、他の奴の言葉を聞かない。あんたも、民の言葉を聞かない」
「聞いております」
「どの口がそんなこと言うのかね、まったく。誰が頼んだ?誰が願った?デュランダル議長を倒すことを。戦場で無駄に人を殺すことを。それは、あんたが愛してると、言葉だけで言ってる民が言ったか?」
「私は、皆さんを本当に愛しています。皆さんのためを思って…」
「だから、誰が頼んだって言ってんだっつーの!あんたの行動は、自分が神と思ってるのと同じだ。オレなら、今の世界が嫌だと思ったって、世界を我が物にして変えようとは思わない。オレが世界をまとめられる人間とは思えないからな。もちろん、そんな大任を他人に押し付けて、嫌な世界を倒すだけ倒すことも考えない。オレができないことを誰かに押し付けて、胸張るわけにはいかないし?」
 自分の相応の責任感という枠組みの中で、できることをするしか、人にはできない。枠組みからはみ出る行為をするのなら、覚悟が必要なのだ。
「責任も覚悟もない奴は、しゃしゃり出てくんな、ってこと。分かんない?分かんないんなら、さっさとその場から降りた方がいいんじゃない。第二のラクス・クラインに倒される前にね」
 ラクスには、ギルバート・デュランダルを倒す力があった。でも、倒したのなら、その後の世界を作り出す責任があった。そして、その責任を取る覚悟も。
「それでは、泣き寝入りをしろと言うのですか?」
「…結構馬鹿なんだな、お姫さんは。泣き寝入りしろとは言ってない。ただ、強力な力を持つこと自体は不幸じゃない。その力を振るうには、それ相応の覚悟が必要ってことさ。覚悟のない奴は、力を振るう資格はない」
 確かにキラはスーパーコーディネーターだ。だが、だからといって、力を振るっていいということにはならない。ラクスも、プラントのアイドルとしての力を持っているが、それを政治的に振るっていいということにもならない。
 力を狙う者がいたら、狙われることは不幸かもしれないが、何にも関与せず、自分だけの小さな世界で生きていれば、不幸と胸を張って言っていいだろう。
 だが、ラクスもキラも、それをしなかった。自分の不幸を世界の不幸とすり替えて、世界を救おうとした。その力があると自覚していたからこそ。
 自らの行動に責任を持つのは当然のことだ。それは、自分の力の強弱に関係なく、持つべき責任。
 しかし、先の大戦で、彼らは力を振るい、自らの望む世界を奪い取っただけで満足した。混乱した世界を放置し、自らの幸福を貪るだけで、責任は放棄したのだ。次の大戦でも、彼らは力を振るい、自らの敵を自らで造り出し、排除した。今度は、世界のトップに立ち、自らの思い描く都合の良い世界をつくり出そうとしている。
 が、そこに、自らの行動の責任がないことと同じく、もし自らが誤った方向に向かった後にとる責任感は感じ取れない。元々、誤る方向にいくことが念頭にないからでもある。が、人には過ちがある。
 だから、自らを神と思っているんだろう、と。
 そんな神なんて、いらない。
「ま、いーや。大統領がいくら説得しても耳を貸さなかった神様に、今更説得は無駄だったよね」
 暖簾に腕押し。
 言いたいことを言って、すっきりすれば、それだけでもうけもんだ。何の得にもなりゃしないが、精神的にいくばくかの清涼があった。それでいっか、と思う。
 そもそも、政治的手腕が数段も上なセレベス大統領が手を尽くしたのだ。ディアッカに今更できる手段はない。言い負かしたいというのは、せめてもの反抗心。
(言い負かすも何も、言葉が通じないんじゃ、意味ないけどね)
 きっと、ラクス・クラインの背後の者達は、セレベスを攻めるをよしとしたのだろう。ラスティがセレベス大統領の言葉をぽろっと口にしていたが、多分狙いはセレベスの電子工学だ。オーブの機械工学と、セレベスの電子工学を融合させれば、最強の最新型モビルスーツが製造できる。
(そんなことは、させない)
 だから、ここでラクス・クラインを論破したとしても、無意味ではあるのだ。どうせ、ラクス・クラインはセレベスを攻めずに撤退することはない。それは、ラクス・クライン自身の意思でもあるし、背後の者達の合致した欲望に沿っているからでもある。
(あーもー、ホント手詰まりだよねェ)
 こんなはずではなかった。でも、こうなったらやるしかないか。そんな半ば投げやりな、捨て鉢な言葉が出かかった。しかし…。
「じゃぁ、そろそろ行動開始といくか」
 いつのまにか顔を上げていたラスティが、ディアッカの肩に手をかけ、マイクに顔を寄せた。表情も、いつものラスティに戻っている。朗らかでいて、不敵な、笑顔だった。
 胸のどこかでホッとする自分がいたことに、ディアッカは気づく。まったく、復帰するのが遅いんだよ、とわざとらしく小さく舌打ちすると、ひとつも悪びれずに、ラスティがニヤリと笑い返してきた。ホント、人が悪いったらない。まぁ、おまえが復帰することは分かってたけどね、と。
 ラスティが向かい側に座した2人に目配せすると、2人共承諾したように頷いた。先刻まで聞こえていたキーボードを打っていた音は、いつのまにか消えている。準備が整ったのだ。
「お喋りもここまで。格納庫にいるメカニックさん達ー?」
 陽気な声が、スピーカーを通して艦内に鳴り響く。そして、ラスティの声は急に低まった。
「…命が惜しかったら、さっさとそこから離れな」
 一瞬の間があった。けれど、アークエンジェルのメカニックは、思った程の阿呆ではないらしい。すぐに、格納庫近い部屋の前を、全速力で逃げる足音が聞こえてきた。しばらく、その音に耳を澄ましていたが、重なる足音が減ってきたのを見計らって、ラスティが「オーケー?」と、声を出さず口を動かした。
 2人の若者は重苦しく頷いたが、ディアッカは「ハイハイ」という風に、どうぞと端末を手で指し示す。
 ラスティは、ごく軽く、端末のエンターキーを叩いた。
 ドオン!
 鳴り響く爆音。振動が、体を揺さぶっていく。
 …それは、連続する爆発の、ほんの始まりでしかなかった。


to be continued




忘れそうになりますが、
私たちは、SEEDの世界でいうところのナチュラルなんですよね。
SEEDは、どうしてもコーディネーター側から語られてしまっていますが、
ナチュラル側から語る、泥臭いSEED世界が、
実は私の見たかった世界かもしれません。
(そうは言っても、ディアッカも彼もコーディネーターなわけですが(笑))



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