捻じ曲げる禁忌
13 君がいるから、立ち上がることができる
caution!! キラ、ラクス(ところによってはアスラン)がお好きな方は、お読みにならないことをお薦めいたします。 もし不快に思われましても、苦情等はお受けできませんので、ご了承ください。 申し訳ありません…。 なお、もし不快に思われましても、苦情は受けかねます…。(すみません) |
ラクス・クラインがセレベスを訪問すると提示した日まで、あと2日。 急ピッチでモビルスーツの調整を進めていたディアッカは、バスターの隣に立つストライクのコックピットで、同じく調整を続けるラスティが側近らしいスーツの男に話しかけられるのを見かけた。 「え?もう来たの?」 メカニック達が立てる、メンテナンスの音にまみれ、そんな声が聞こえた。また誰か来たのだろうか、とぼんやり思いつつ、作業に戻りキーボードを打ち込んでいると、ラスティがこちらに向かってくるのが視界の端に見えた。 オレに用事? 「ディアッカ、ちょっと来てくれる?」 照明の逆光で表情が読み取れないラスティが、バスターのコックピットを覗き込む。 「あん?何?」 「うん、ディアッカにはいい話だと思うんだけどね」 それじゃ答えにならない。 まあ、ディアッカの問いにご丁寧に応えるラスティではなかったわけで、すたすたと歩き出したラスティに置いていかれないよう、ディアッカはコックピットを飛び出した。コックピット近くで作業をしていたメカニックに、二三、やっておいて欲しいことを告げる。メカニックが頷いたのを確認すると、既に遠くなったラスティの姿を追って走った。 「何かあったわけ?サイは?」 何か重要な話なら、サイも交えて話した方がいい。サイは今頃司令室で命令系統のチェックをしているはずだ。 「いや、サイのところには、連れて行くから」 「連れて行く?なんだそりゃ?」 「まあ、黙ってついて来れば分かるって」 ラスティが浮かべた笑みは、いたずらをする悪ガキのものだ。本当にコイツはいい性格してるよな、とつくづく思う。再会してみて、さらにレベルアップしたその性格に、ため息が出なくもない。 そうこうしているうちに、扉の前に立っていた。ためらいもなく、ラスティは扉を開け、部屋に入っていく。 「待たせたかな?」 「いえ。お話を受けてくださって、ありがとうございます」 あれ?と思う。まだ見ぬ部屋の中にいる女性の声に、聞き覚えがあった。…あり過ぎだ。思い浮かぶ顔はひとつしかないのだが、こんなところにいるはずはないという思いが、その顔を無理やりに打ち消そうとする。 ラスティに続いて部屋に入り、部屋の中央に据えられたソファから腰を浮かせた彼女は果たして、 「ディアッカ!?」 やはり、思った通りの人物だった。 「な…。なんでオマエがここにいるんだよ」 「それはこっちのセリフよ。なんでプラントにいるはずのアンタが、セレベスにいるのよ」 「それより、オマエが…」 「アンタの方こそ…」 「ストップ、ストーップ!」 今にも噛みつかんばかりの2人の間に入り、ラスティが声を上げた。 「ちょっと待った。痴話喧嘩は後にしてくんない?」 「痴話喧嘩じゃない!」 彼女は、頬を膨らませて否定する。ラスティは、先刻までの大人しい彼女の印象をぶち壊され、頭痛を抑えるようにこめかみに手をあてた。ちょっとばかりショックを受けているディアッカにも、気づく余裕はない。 「ああ、うん。痴話喧嘩じゃなくてもいいから、とりあえず、ストップ。今までのいきさつを、まずは説明するから」 ラスティが、セレベスの状況や、ディアッカやサイがセレベスに集まった理由、これからの戦いのことなど、分かりやすく簡潔にまとめてざっと説明した。 「え?サイもここに来てるの?」 「サイさん!?」 彼女の奥で、赤い髪の少女が声を上げた。血相を変えて、ソファに腰を落ち着けたラスティに迫る。 「サイさんは!?どこにいるんですか!?」 「……ホント。君達、自由人だよね…」 どいつもこいつも、自分の言いたいことばかり。少しは我慢して、人の話を聞けないものか…。 深い深いため息をつくと、ラスティは観念したように席を立った。 「分かった。まずは、君をサイのところへ連れて行くから。…君は、メイリン・ホークだよね?」 「…え?なんで私のことを…」 メイリンと同じく、隣に座る彼女も驚いた表情をする。メイリンの素性は隠し、偽名でレジスタンスを訪問していたからだった。 「ゴメン。さっきも話した通り、こっちはセレベスの国家と繋がっているんだ。君達が入国を申請した時から、君達の行動は知っているんだよ。でも、まさか、そっちから取材の依頼をされるとは思ってもみなかったけどね」 勇ましいお嬢さん達だ。 ラスティの素直な感想だった。なかなか、ここまで行動力のある女性は見たことがないぞ、と。 「ラスティ。今のはちょっと…」 ディアッカが、眉をひそめて咎めた。 言いたいことは分かる。セレベスとレジスタンスが裏で繋がっていると暗に示し、機密情報を漏らしたからだった。これでは、ディアッカとサイがラスティに味方に引き込まれた時と同じだ。その時は、ディアッカもサイも了承した上でのことだったけれど、今度は違う。 「彼女達が、自分の意思でここに来たんだ。俺は、その意思にきちんと応えるべきだと思うけど?」 「だからって、巻き込んでいいってことじゃない」 声を低めてこそりと言ったが、目の前にいる彼女らに、聞こえないはずがない。明らかに、彼女の表情に険が浮かぶのが見て取れた。 ラスティは、ふん、と鼻を鳴らす。 「それは、おまえの我侭だろ。俺は、客観的に見て、彼女達がこちら側に来る意思があると判断したから喋ったんだ。少ない味方の条件を持つ彼女達でもあったしね。もちろん、俺は彼女達を歓迎してるからでもある」 「だからって、ここにいたら死…」 言いかけて、彼女が澄んだエメラルドグリーンの瞳でじっとこちらを見ていることに気づき、言葉を飲み込んだ。 「知らない。じっくり彼女と話せばいいさ」 あっさりと拒絶すると、ラスティはメイリンを促して退室していった。心配そうにメイリンが振り向いたけれど、彼女の頷くような笑みに、ホッとしてラスティに続いていく。 小さな応接室を、静寂が包んだ。 レジスタンスの基地中心部からは、少し離れるのだろう。外を全く窺えない格納庫と違って、申し訳程度の窓が、外の景色を覗かせていた。そうは言っても、開放的な景色はない。木々がその視界を遮って、森の中に取り残された気分になる。レジスタンスの基地であることを本能的に知っているのか、鳥達のさえずりが聞こえることはなかった。 彼女は、押し黙ったままだ。表情は、…少々腹を立てているように見える。久しぶりの再会なのに、これじゃ色気がないなァなんて言ったら、即刻ひっぱたかれるんだろう。 気まずい空気のまま、ディアッカはおもむろに話しかけた。 「あの…、オマエ、さ…」 「ミリアリア!」 「……ミリアリア…」 「……なによ」 まったく本当に、情けない。彼女の名前を紡げることに、彼女が直接呼べる場所にいることに、この体は喜びを覚えている。 むっつりとした表情は、相変わらず演技が下手だと思い出させた。彼女は、優しいから。 だから。彼女をこんなところにいさせるわけにはいかない。 「ミリアリア、なんでこんなところに来たんだよ。ここは…」 「危険だとでも言うの?『ここにいたら死ぬ』とでも?」 はっとする。それは、先刻ディアッカが飲み込んだ言葉だった。 「それは…」 「私は、セレベスで争いが起こることは知ってたわ」 「!」 「馬鹿にしないで。私だって、報道の人間よ。セレベスの内情を知ってるし、最近のプラント情勢も知ってる」 「じゃあ、なんでこんなとこに」 ミリアリアは、ゆっくりと瞬きをした。澄んだ瞳が、ディアッカを真っ直ぐに見つめる。 体は金縛りに遭ったようだった。ディアッカは、その瞳にすこぶる弱い。世界を斜めに見ているような時も、その瞳に見つめられたら、いつのまにか嘘をつけなくなっていた。 「…何があったの?」 うっと詰まった。咄嗟に返事の言葉が出て来ない。 何かあったの?という問いではなかった。何かがあったことが前提での、『何があったの?』 ディアッカは、プラント情勢について、ミリアリアに愚痴をこぼしたことはない。メールをするときでも、話すことは他愛のない日常のことだけ。ミリアリアが、ディアッカの境遇を知るはずはないのだ。 知るはずはないのに。 ミリアリアの真摯な瞳が痛い。思わず、目を逸らした。 「話したくないんなら、いいけど」 思いのほか、消沈した声。弾かれたように視線を戻すと、彼女の気持ちは、伏せた瞳が物語っていた。 「話したくないわけじゃ、なくて…」 衝動的に、手が彼女の手を引いていた。数瞬後に、ディアッカの腕にすっぽりと収まる小さな彼女の体。 ミリアリアは、抵抗しなかった。静かにディアッカの背中に腕を回すと、労うように優しくぽんぽんと軽く叩く。体温の温もりが、胸を打った。 体格の差では、ディアッカがミリアリアを宥めているように見えるが、実際は、母親がよしよしと子供の頭を撫でているようだった。誰も知らないけれど、誰も知ってくれようとはしなかったけれど、独り誰も知らないところで頑張ったことを、良く頑張ったね、と。 ディアッカは、自嘲気味に笑う。 「なっさけねぇな、オレ」 「別に、情けなくなんてないわよ」 言葉と裏腹に、優しく柔らかい声音。 「はは。オレ、泣いちゃおうかなァ」 「泣けばいいじゃない」 泣けない彼を、ミリアリアは知っていたけれども。 「サンキュ」 その言葉だけで、満足だった。 「…で?オマエは何があったわけ?」 そんな返しがあるとは思っていなかった。慌てて体を離そうとするけれど、ディアッカの力強い腕に阻まれる。 「オレだけっていうのは、不公平じゃないの」 いつもの調子で、からかうように問う。まったく、少し気を許すと、すぐにこうだ。油断も隙もあったものではない。 …ただ。腕の中のぬくもりはひどく優しかったから。 「…止められなかったから…」 喉の奥から押し出すように、言葉を吐き出した。 「何をだよ」 「…セレベスで争いが起こることを知ってたのに、ラクスさんに直接会ったのに、真実を知っていたのに…」 「…」 ディアッカは、ミリアリアを急かすこともなく、じっと次の言葉を待った。 「…書いた記事も、撮った写真も、報道されることはなかったから」 無力だった。 いつだって、判断すべきなのは、民のはずだったのに。民は、正確な情報を得る権利があるというのに。判断するための材料は、元から操作されていたのだ。 ラクス・クラインに都合の良い報道。プラントに都合の良い報道。オーブに都合の良い報道。…に都合の良い報道。 真実を知らずに、何を判断するというのだ。 そして、今、争いが起こる現実がある。 「争いの起こる真実を知っているのに、皆に知らせることもできないし、争いを止めることもできなかったから」 「…馬鹿だな、オマエ」 「何がよ!」 振り仰いで、頭一個分上にあるディアッカの顔を睨む。予想に反して、そこにあったのはドキリとするような、穏やかな表情。 「相変わらず、すげぇ戦ってたんだな。なかなかできるもんじゃねえよ」 馬鹿みたいに必死に、がむしゃらに走った。けれど、望む結果は手に掴めず、絶望に打ちひしがれて、掌に残ったものは何かあったのか。 けれど、認められると、それだけで報われた気がした。救われた。 「…ありがとう」 「それは、こっちのセリフだっつーの」 ミリアリアは、ディアッカの温もりの中で、ふっと微笑んだ。その小さな吐息を胸で感じて、ディアッカも満足そうに笑む。 いつの間にか、森の静寂の中、澄んださえずりが小さくこだましていたのを、ディアッカとミリアリアは聞いていた。 「サイさん!」 「メイリン!?」 字のごとく、目を丸くしたサイが、飛び込んできたメイリンを抱きとめた。慌ててメイリンの体を離すと、メイリンも思わず抱きついたことに我に返ったのか、顔を赤くしてサイから体を離す。けれど、触れるか触れないかという傍からは、離れようとしなかった。 「たくましいお嬢さん方で、俺もお相手が大変ですよ」 珍しく、ラスティの顔には疲労が浮かんでいた。モビルスーツの調整で徹夜しても、そんな表情は見ることが出来なかったのに。 「…お嬢さん方…?」 「へぇ、珍しい。サイは知らなかったんだ。ミリアリア・ハウも、来てるよ」 「え!?なんで!?」 珍しいサイの驚いた顔を、面白そうに眺めた後、ラスティは続けた。 「レジスタンスがね、取材を受けたんだよ。スーパーハッカー様が、この場所を探り当てたらしいのが、発端だったらしいけどね」 あ、と思い当たる節があったらしい。サイはメイリンを振り返った。こちらを見たサイに気づき、メイリンは小さく舌を出すと、誤魔化すようにサイの腕をかき抱く。仕方がないと諦めて、サイは小さくため息をつくと、メイリンにされるがまま、腕を貸した。ラッキーと言わんばかりに、メイリンはそのままサイの腕に抱きついて、嬉しそうに頬を赤らめる。 げっそりとして、ラスティが「ごちそうさま」と呟いた。 「ホント不思議なんだけどさぁ。なんであいつら、傍目から見てもラブラブなのに、認めないわけ?」 「は、…はは…」 それには、乾いた笑いを返すしかない。サイだって、前から思っているというか、頭が痛いというか…。 「強情だよね。頑固というか。…ま、そうじゃなけりゃ、こんなとこまで来ないと思うけどさ。ホント、お強いお嬢さん達ですよ」 「それで…」 サイは、返ってくる応えを予想しつつも、ためらいつつ、問うた。 「メイリン達は、どうして、ここへ来たんだ?」 メイリンは、得意そうに笑った。すでに覚悟を決めている表情。 サイはすぐに、自分の予想が外れていなかったことを知ることになるのだった。 to be continued |
ここにきて、やっと役者が揃いました。 …長い道のりだった…。 実は、書いているキャラの中で、一番強いのはメイリンじゃないかと。 彼女には、誰も敵いません。 いや、もちろん、サイも(笑)。←やっぱりドリーマー。 |
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