捻じ曲げる禁忌
11 潜む真意、彼らの決意


caution!!
キラ、ラクス(ところによってはアスラン)がお好きな方は、お読みにならないことをお薦めいたします。
もし不快に思われましても、苦情等はお受けできませんので、ご了承ください。
申し訳ありません…。

なお、もし不快に思われましても、苦情は受けかねます…。(すみません)


 さんさんと降り注ぐ陽の光。壁一面の紫外線カットの窓ガラスで、柔らかな明るさに満たされた室内。磨き上げられた大理石の白い床に、50人は軽く収容できそうな丸テーブルが並んでいる。
 あたかも、高級ホテルのレストランのような空気の中、焼きたてパンと湯気の上がる卵料理で、ディアッカとサイは優雅に朝食をとっていた。ほのかに甘みのあるクロワッサンをかじっていると、一瞬ここがどこだか分からなくなる。
 実際、セレベスのどこかということしか判別はつかず、詳細な場所は良く分からないのだが、一夜明けて明るい日差しの下外を眺めると、規則正しく立ち並ぶ白い建物に、どうやらここは何かの研究施設のようだというのは分かった。セレベスの中心街からは、少し離れているようで、遠く霞んだビル群が、ヤシの林の向こうに望むことができる。
 宛がわれた部屋は、ラスティの言っていた通り、一流ホテルには劣るが、なかなかの設備だった。ちょっとおしゃれなホテル、と言っても過言ではない。
「…なんか、現実味ないよな…」
 舌は美味しいと伝えてくるのだが、空気を感じる皮膚は、この場所に現実感がないことを訴えてくる、という感じだ。
「何しにここに来たんだっけ?」
「俺は、視察だけどね。ディアッカは、なんで来たんだろうね」
 くすっと笑いながら、サイは、ぼんやりと口にしたディアッカの呟きに応じる。
 まあ、明確な手段は考えていないが、目的を持ってセレベスを訪れたのは確かだった。だが、こんな平穏に包まれていると、忘れそうになる。
 とろりとした半熟のスクランブルエッグをスプーンで掬い取り、サラダにオリーブオイルのドレッシングをかけ、パクついていると、ラスティが食堂と呼ぶのもはばかられるようなレストラン風味の室内に入ってきた。
 食堂は、がらんとしていて人気もなく、この大きな空間は、ディアッカ達3人で専有していることになる。この上ない贅沢だ。そんな状態だから、ラスティもディアッカ達がついているテーブルに、迷うことなく真っ直ぐ歩み寄ってきた。
「どう?なかなか美味いでしょ?ここの」
「さあ?悪くはないけど?」
 にこやかに笑いかけたラスティに、なんとなく面白くないディアッカは、そう応える。ラスティは、げんなり、という表情をした。
「…相変わらず、かわいくない性格してるよね」
「男に『かわいい』なんて言われたくないんでね」
「男じゃなくても、『かわいい』なんて言わないと思うよ」
 グラスに残ったミルクを飲み干すと、サイがさらりと突っ込んだ。「かわいい」ではなく、「かっこいい」とは言われる、と解釈したいところだが、サイの口調はどう寛大に受け止めても、そうは聞こえない。
 ぐっ、とディアッカが詰まる。
 サイだけでも、ディアッカにとっては難敵であるのに、ラスティまでくると、もう逃げ場がない。まったくかっこ悪いったらない。これは、さっさと話題を変えるべきだ。
「で?そろそろ、オレ達は質問してもいいわけ?」
「待たせたね」
 ラスティは、椅子をひいて席につくと、カゴに入っていた焼きたてロールパンを自分の前に並べられた皿に移した。手馴れた動作で、すでに入っていた切込みにレタスとハムをはさんでいく。
「どこから話そうか」
「まずは、この施設が何なのか、じゃないの?」
「表向きは、工事用機械研究施設」
「ハイハイ。実に簡潔な答え、ありがとうございますよ。…じゃあ、裏向きは?」
「モビルスーツ所有のレジスタンス」
「……」
 ディアッカもサイも、硬直して、絶句した。ラスティが何を言ったのか、真っ白な脳は理解を拒む。
「セレベスのレジスタンスの存在は知ってる?最近、ラクス・クライン率いるプラントの弾圧が激しいからさ、噂は広まってると思うんだけど」
 「最近、俺、もてるんだー」と報告するくらい、軽く話したラスティに、ディアッカとサイは我に返る。
「…ちょ、…待てよ。今『弾圧』って」
「言ったよ。プラントの『弾圧』」
「プラントは『ナチュラルとコーディネーターの共生』を主張してるだけのはずだけど、実際はそうじゃない、ってこと?」
「さっすが。サイは鋭いねえ。その通りだよ」
 打てば響く反応に、ラスティは嬉しそうな顔をすると、すぐにその表情を潜めた。その表情に代わって、瞳に酷薄とも言える冷たい光が差す。
 ああ、思い出した。ラスティのこの表情は、モビルスーツに乗った時、戦争をする時のものだ。
 普段はとても朗らかな、明るい笑みを浮かべているのに、自分の身が危険に晒されるときに見せるこの瞳は、一転して酷く冷えていたと、強く印象に残っている。
 ディアッカには、クルーゼ隊に所属していたときの記憶が蘇っていた。
「プラント、はてはラクス・クラインは、何でも許す神じゃない。むしろ、その逆だ。自分に従わない者は許さない」
「…天使…」
「うん、そう。『天使』という表現が分かりやすいね」
「…オレは反対に混乱するけど?『天使』ってやつはそもそも、なんでも許す神みたいな存在じゃないのか?」
「一般的に知られているのは、そうだね。でも、実際の『天使』は、そんな生やさしい存在じゃないんだ」
 首を傾げたディアッカに、サイが説明する。サイの表情も、いつのまにか真剣だ。ディアッカだって、随分前から人を食ったような笑みは消えている。
「天使は、善という法に、がんじがらめに縛られているんだ。秩序という法を少しでも破った者は、許されない。完全なる善が支配する世界を理想とするために、混沌はことごとく排除される。そこに、例外はないよ。天使は、疑っていないんだ。自らが目指す世界が、全世界の理想であることを。だから、自分達に逆らう者へ、容赦がない。むしろ、法に逆らった者、秩序を乱す者を排除することは、その者を救うことだと信じているんだ」
 ぞっとする。
 サイの説明した天使の姿は、ディアッカが懸念していた、プラントの姿そのものだったからだ。
「でも、それがなんで、セレベスのレジスタンスが弾圧されることに繋がるんだよ」
「簡単だよ。ナチュラルのみの国を作ろうとしてるから」
「そんな強引な…」
 サイにあっさりと断言されて、思いは無意識に口をついていた。
 ラスティは、ニヤリ、と笑う。
「つまりは、こういうことだよ。『ナチュラルとコーディネーターの共生』を理想の世界とする、プラントという天使は、『ナチュラルだけの国』も『コーディネーターだけの国』も、またそんな世界を提唱する者も、存在自体を許さない、ってわけ」
「…っ。それじゃあ…」
「そう。彼らこそが圧制者さ」
 その意味を、正確に理解して、ディアッカはしばし押し黙った。
「でも、待って。ラスティは、セレベス大統領の秘書なんでしょ?」
 状況を整理しているのだろう。考え込んでいたサイは、ふと顔を上げると疑問を口にした。
「そうだよ。…ここから導き出される答えは…」
「…レジスタンスと大統領は繋がっている」
 普通なら相反する存在が、裏で繋がっていることに驚きながら、導き出された答えをサイは呟く。
「そういうこと。正しくは、国とレジスタンスは繋がっている、かな。レジスタンスの意思は、国の総意だ」
「…コーディネーターを排除する…」
 ディアッカは、半ば呆然としながら、呟いた。その気落ちした様子に、ラスティが大仰なため息をつく。
「あのさ、ここに俺がいるのを忘れてない?」
「?」
「俺も、コーディネーターなんだけどね」
「…あれ?そういえば、なんでラスティはセレベスにいるわけ?」
 ディアッカは、数度、瞬きをした。
「セレベスの意思を、正確に理解してるからさ」
「セレベスの意思?それは『コーディネーターを排除する』ってやつじゃないの?」
 はぁー。
 今度は、天井を仰ぎ見て、心底がっかりした、というように、ラスティは大きなため息をつく。
「分かりやすい理想を掲げるのは簡単だけど、複雑な意思を理解してもらうのって、思ったより難しいんだねぇ…」
「そうだね」
 サイの相槌に弾かれたように、ラスティは身体を起こした。
「サイ?」
「俺には、段々分かってきたよ。それというのも、前にラスティから『コーディネーターもナチュラルも同じ人間って言われたら』って質問されたからかな」
「なんだよ、それ」
 おいてけぼりをくらったディアッカは、ふくれっつらで問う。
「簡単だよ。コーディネーターとナチュラルは、違うんだ。どう頑張っても、同じにはならない。だから『ナチュラルとコーディネーターの共生』という、ある意味コーディネーターとナチュラルを強引に一緒くたにする考えは、コーディネーターにもナチュラルにも受け入れられないってこと」
 サイは、そこで一呼吸置く。ディアッカは、その説明だけで納得できるはずもなかった。
「『共生』って、『共に生きる』ってことだろ?それは、『一緒くたにする』とは違うんじゃないか?」
「本来の意味はそうだね。けれど、一人歩きをし始めたプラント、クライン議長の主張は、『一緒くたにする』、『同じくする』になっているんだ。少なくとも、世界の人々の受け止め方は、そうなってる。でも、そんなことは、無理なんだ。例えて言うなら、『オーブ人と、セレベス人を、ユーラシア人にする』という感じかな」
「アレか。他の国の人間見て、『貴方は私と同じ人類だから』って言うのと同じか」
「うん。聞こえは理想的だけど、それはその国ごとの特徴をなくすことになるよね。そしてもちろん、各々の国の人が、自国の尊厳を捨てるわけがない」
 あえて言えば、自尊心。
 自分が自分であるということ。それを、それぞれの国の特徴になぞらえるところは多い。自尊心を捨てるということは、自分を捨てるのと同じだ。自尊心を捨てた、死んだ目をした人々に埋め尽くされた世界など、薄ら寒い。
 …と、思い出すことがあった。それは…。
「デュランダル議長が提唱した『ディスティニープラン』も、ラクス・クラインが率いるアークエンジェルに、そう思われていなかったか?」
「そう。ラクス・クラインは、同じことをしようとしてることに、気づいていないと思うよ」
 そもそも、その『ディスティニープラン』は、自尊心を捨てることと同義ではない。遺伝子の食い違いによる悲劇が多いのなら、遺伝子に合った人生の道筋をあらかじめ用意する、ということだけだ。もし、その道筋が意にそぐわないのなら、自ら道を切り開けばいい。
 少なくとも、ディアッカはそう思っている。
 しかし、ラクス・クライン率いるアークエンジェルは、『ディスティニープラン』を『死んだ世界』の生成だと、批判していた。一貫したその主張は、果たして『ディスティニープラン』を正確に理解していたものだったか。
「だから、さっきの『分かりやすい理想を掲げるのは簡単だけど、複雑な意思を理解してもらうのって、思ったより難しい』になるんだよ」
「全世界の人々に…。世間に…、ってことか」
「そういうこと」
 ラスティは、やっと自分の言いたいことが伝わったことに、今度は安堵のため息をつく。
「ん?でも、そうすると、セレベスの意思って何なわけ?」
 ディアッカが、今までの議論を頭の中で整然と並べる。すぐに至った疑問がそれだった。
「やっと聞いてもらえるんだー。やれやれ、長かったね」
「もったいぶってないで、さっさと教えろっつーの」
「はいはい。じゃあさ、ディアッカは『コーディネーターもナチュラルも同じ人間』って言われたらどう思う?」
「やだよ。それが?」
 あっさりと即答する。考える必要もなかった。そんな質問自体、腹が立つ。
「それは、なんで?」
「なんで、って…。同じじゃないだろ。コーディネーターは確かに凄いかもしれないけど、ナチュラルも違う意味で凄いからな」
 にんまりと。ラスティが笑った。真実、迷いのない答えに、胸がすっとする。
「その言葉が聞きたかったんだ。その意思を持つ人間は、至極少ないんだ。俺達の味方は」
「それじゃ答えになってないっつーの」
「さっきの話の続きだよ。『コーディネーターもナチュラルも同じ人間』は、さっき言ってた『貴方は私と同じ人類だから』っていうのと同じ」
「だから、それが一体…」
 反論しかけて、ディアッカは小さく「あ」と声を漏らした。
 コーディネーターとナチュラルは、同じではない。それぞれがそれぞれの自尊心を持っているのが当然で、それぞれの存在が尊い。
 つまり。
「セレベスは、コーディネーターをしいしたいわけじゃない。むしろ、ナチュラルの自尊心を尊重した国を造り、コーディネーターにも自尊心があることを理解する…、ってことじゃないの?」
 それぞれがそれぞれを大事にして、その結果、自らと同じように、相手にも大事な世界があることを知る。
「そういう意味になるね。ナチュラルの自尊心を尊重して、コーディネーターの自尊心をも認める。それが、セレベスの理念だ」
「コーディネーターのための国を造る、フェブラリウス市第5コロニーとの同盟は、その理念を理解しあったから…」
「そう。他にも、理解してくれた人物はいるよ」
「そんな奴、他にもいるのか?」
 胡散臭いと疑った表情のディアッカに、含み笑いを向けた後、ラスティはその人物の名を告げた。
「ギルバート・デュランダル元プラント議長」
 そうか、と思い至ったことがある。
 「ナチュラルの国」を主張して、ジェネシスに狙われなかった国があったと聞いた。それは、セレベスだ。
 コーディネーターを排除するのではなく、その存在を尊重するからこそ、ナチュラルの国を造ることを主張したセレベスを、デュランダル議長は正確に理解していたのだ。
「…そうか」
 ディアッカは、無意識に呟く。
「デュランダル議長の唯一の計算違いは、ラクス・クラインの存在の大きさだったろうね。自らがプラントの象徴になるより、ラクス・クラインの方が、プラントを鼓舞するには適任だと判断したんだろうけれど。暴走しだしたプラントは、ラクス・クラインに目がくらんで、本質が見えなくなってた。…そこに、本物の襲撃だ」
 ギルバート・デュランダルは、政治家だった。策略を巡らせて、中庸を進む。犠牲がゼロの政治などあり得ず、必要とあらば、己の手を血に染めることも厭わない。決して完全な善などではなく、当然のごとく混沌をはらんでいた。
 政治家とは、そのようなものだ。
 それを、自分に都合の良い部分だけを享受し、気に入らない部分が見えた途端、「いやだ」と跳ね除けるのなら、それは子供なのだろう。
 世界は、それほど単純ではない。
「そして、ラクス・クラインに屈した…」
「デュランダル議長は、的確に状況を判断していたんだ。中庸を進むべくオーブも、カガリ・ユラ・アスハが長になっては、ラクス・クラインによって『善』に染まるとね」
「だから、ジェネシスにオーブは狙われたんだな」
「そういうこと」
 闇に埋もれていたパズルのピースが、ひとつひとつ埋められていく。
「しっかし、良くそんなに情報を集めたもんだよなァ。…どうやったワケ?」
 ディアッカは、背もたれに寄りかかり、頭の後ろで手を組むと、椅子を傾かせ、片足のかかとだけで器用に揺らした。
「知りたい?」
 ニヤリ、とラスティは含みのある笑みを見せた。腹黒い笑みに、一瞬たじろいで椅子を揺らすのを止めたが、ディアッカはあっさりと口にした。
「まァね」
「…ディアッカ…。聞いて、いいの?」
 サイが、慎重な声を出した。食事を終えたサイは、使用した皿を綺麗に重ねると、テーブルの奥に追いやって、手前で肘を突き手を組んでいる。その組んだ手の上には、神妙な顔つきの顎が乗っていた。
 その様子に、椅子を揺らすおちゃらけた動作をやめると、ディアッカはテーブルに乗り出した。反対に、ディアッカの表情は、薄い笑みを浮かべたままだ。
「言いたいことは、分かってるつもり。でもサ、どっちみち、戻れないわけだし?」
「戻れないわけじゃないけど、いろいろと面倒なことはしてもらわなきゃいけないかな」
「へ?そうなの?」
 予想しなかったラスティの提案。…けれど。
「…うーん、でもやっぱ、オレはこのまま聞くつもり。どっちみち、このままいったら、どっかで戦わなきゃいけないでしょ、『善』ってやつと」
 ここまで、セレベスの状況を聞いてしまった以上、「ハイ、そーですか」と立ち去るわけにはいかなかった。ある意味、これはラスティの張った罠とも言えるが、ディアッカもサイも、それを承知でラスティの話に耳をすましていた。そして、ディアッカとサイが承知していることに、ラスティも当然のごとく気づいていたのだ。
 セレベスのために、立つこと。
 ナチュラルのために、戦うこと。
 世界の未来のために、護ること。
 そして、自らの居場所を荒らさせないために。
「じゃあ、俺達は、何をすればいいのかな?」
「順に説明していく。聞きたいことは聞いて」
 話が早いが、話についていけない者が誰もいない。流れる一体感に、覚えがあった。
 …なんというか。ここにきてやっと気づくのも、大概に間抜けなのだが。
 ディアッカは、腹を立てていたのだった。
 散々孤立していたため、意思を共有する者がいなかったというのもあるだろう。孤独の痛みの裏側に、腹の奥底で膨らみ重くなるものを、なんと呼ぶのか知らなかったのだ。
「…あー、オレ、結構腹立ててたみたいだわ」
「なんだよ、自分で気づかなかったのか?」
 呆れたようにサイが言う。
 気づいてはいたが、その気持ちを何と言うのか分からなかった。サイの方がよっぽど、ディアッカの腹に潜む怒りに気づいていたようだ。
「それより、サイもいいわけ?」
「当然。俺は、大事なものは、自分でできる限り守りたいからね」
「死ぬかもしれないけど?」
「死ぬつもりはないよ。負けるつもりもないけど」
 ディアッカは、その応えに満足する。
「オーケー。じゃ、気合入れていきましょ」
 誰ともなく、3人は手を差し出した。重ねられた手のひら。互いの瞳で、目配せをしあう。
 声が聞こえた。
 ここから、始まるのだ、と。


to be continued




多分、サイに負けず劣らず、
「彼」は、いい男だと思います。(ドリーマー)
……ディアッカ?
……いい男だと思います…よ…?(目を逸らし)

これでも、ディアッカ好きです。



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