捻じ曲げる禁忌
10 彼の正体と、救われし忘れ去られたもの
caution!! キラ、ラクス(ところによってはアスラン)がお好きな方は、お読みにならないことをお薦めいたします。 もし不快に思われましても、苦情等はお受けできませんので、ご了承ください。 申し訳ありません…。 なお、もし不快に思われましても、苦情は受けかねます…。(すみません) |
セレベス、セントラル空港。 セレベスで一番大きな空港は、すでに夜だというのに、観光客や地元の人々でごった返していた。ごく最近に建てられた透明と半透明のガラス張りの空港。全体的に白でまとめられた小奇麗な外観だが、格式の高さが目立つ近寄りがたさはない。庶民的な会話や笑いで、空港のロビーはざわめいていた。市場にいるような、活気。ロビーを見下ろす吹き抜けの階上で、知らず、サイの表情は緩んだ。 「なんだか、いいね。セレベスって」 「そうだろ?」 サムが、正確にはサムと名乗った青年が、満足そうに笑む。その表情から、彼がこのセレベスを心から愛してるのだ、と知れた。 「で、待ち人は到着したの?」 手すりに寄りかかって、到着ロビーを覗き込む。丁度、どこかからの便が到着したらしい。先ほどまで閑散としていた到着ロビーに、人があふれ出してきていた。 「…うーん、今到着した便のはずなんだけど…。……あ、いた」 きょろきょろと到着ロビーを探していたサムの目が、一点で止まった。どうやら、待ち人を発見したらしい。 サイに「行くよ」と目で合図すると、すたすたと階段を下りてゆく。ゲートに近い場所で、迎えに来た人々や到着した人々が、ちいさな人だかりをつくっていた。その人だかりからはほんの少し離れ、再会に感動して抱き合う人々を、ぼんやりと眺める。 サイは、手持ち無沙汰にサムの視線を追うと、サムが目で追っている人物は、手続きを終えてゲートから出てくる中盤の順序あたりの人なのだろう、と見当をつけた。 …と、なぜだか目に付く人物がいる。セレベスでは良く見る、黒髪、黒い瞳、褐色の肌を持つ人物。空港にいる人々の半数以上は、そういった人々なのに、なぜか気になった。 くりくりとしたウェーブのかかった黒髪は、肩につくかつかないか。ラップかレゲエでも歌いだしそうなその頭は、ひょこりと他の人々よりも高い位置にあり、長身なのだろう、と思った。セレベスでは見慣れた褐色の肌で、遠目にも、彼が黒い瞳の持ち主なのだろう、と知れるが…。 何が気になったのだろう、と、サイは首を傾げる。 と、その彼がゲートをくぐったとき、サムが歩みだした。ずんずんと、迷いなく彼に近づいていく。彼が待ち人だったのだろうか?と首をひねっていると、だんだんとはっきりとしてきた彼の容貌に、サイは、あれ?と思う。 彼が近づくサムに気づいた。一瞬ちらりとサムを見て、気にも留めなかったのだろう。すぐに目を逸らしたが、直後に信じられないというような目つきで、髪を振り乱して振り向き、サムを凝視した。ぽかんと口を開けていて、まことに申し訳ないが馬鹿面にしか見えない。 彼の見開いた目は、…なんというか。幽霊でも見ているような。そんな驚愕の眼。 「いよう、『サム・ルシフェルド』?」 サムが軽く手を挙げて、気安く話しかけた。一方、『サム・ルシフェルド』と呼ばれた黒髪の彼は、目を見開いたままサムを指差し、口をぱくぱくさせた後、ようやっと言葉を吐き出す。 「…ラ、…ララララ、ラスティ……!?」 「久しぶりだねえ。元気?って、元気かどうかなんて、実はどーでもいいんだけどね」 あははー、と、陽気な笑い声をあげつつ、ラスティと呼ばれた青年が応じる。 「…おま…、ちょっ…、死んだはずじゃ…?」 「そうそう。そうなんだよねー。大変だったんだよ、ホント。良く生きてたよねー、俺」 うん、多分、目は笑ってない。 「…オレ、夢見てないよな…?」 そして、黒髪のサムは、呆然としたまま頬をつねる。顔をしかめた。痛いらしい。そりゃ夢じゃないってことだ。 「目、覚めた?」 「っつったって、なんで…、どうやって…」 「あー、それは長くなるから、後でね。まずは、紹介したい人がいるから」 と、ラスティが場所を譲る。背後に隠れていたサイが、サムと呼ばれた黒髪の青年の前に現れた。更に見開かれる瞳。 「サイ!?」 「久しぶり」 いつもと違う容貌に、どんな表情をしていいのか戸惑い、サイは控えめにぎこちない笑みを浮かべる。 「…な、なんでサイまで!?」 「ま、それは、おまえが馬鹿ってことなんじゃない?」 ラスティは、あっさりと当然のように言う。 「なんで!」 「分かんないところが馬鹿だって言うんだって、ディアッカ」 はーっ、と大仰なため息をついて、ラスティはやれやれと腕を広げた。 「ま、こんなところで立ち話はなんだから。ついてきなよ」 訝しげにラスティを睨んだディアッカを放置し、ラスティはすたすたと空港を後にしようとする。サイもそれに続くと、不承不承ディアッカもついていった。 小馬鹿にされて腹を立てた表情は消え、狐につままれたような間抜けな顔で。 大きな地揺れで、気がついた。 硬い床に接したところから、揺れが伝わってくる。同時に、体の数箇所が悲鳴をあげた。 「…っ…!」 朦朧としていた意識が、痛みで鮮明になっていく。 思い出した。俺は、敵に撃たれて、ここに倒れたんだ。 床に突っ伏したまま、顔も動かさず、目だけで周囲を窺う。 標的は、…もうそこになかった。仲間も、…いない。最後に一緒にいたはずのアスランも、姿はなかった。あちこちに転がっている遺体に、ザフト軍のものはない。 焼け焦げた悪臭が漂い、黒い煙が充満する辺りは、すでに虫の息なのは明白だった。近くから、遠くから、爆音が絶え間なく聞こえる。あれは、形あるものが爆発し、死にゆく音だ。 焦燥する気持ちを無理やり抑え、ひとつずつ時系列を追い、さらに状況を把握しようと努める。 オーブの造ったモビルスーツを奪う任務で、ヘリオポリスに潜入した。敵の抵抗はほぼないものと予測していたが、モビルスーツの格納庫にて、銃撃戦が発生。応戦した。 銃弾を受けたのは、完全に俺の落ち度だった。自分の任された標的を目の前にし、その影に隠れた敵に注意が向けられなかった。マシンガンの銃弾は、数発体にめり込み、そして通過していった。防弾ジャケットを身につけてはいたが、マシンガンの銃弾を完全に止められるわけもなく、体のあちこちが激しく痛み、そして、胸に1つの銃弾を受け、倒れた。 覚えているのはそれまでだった。 そして、今。 …生きている。 生命を削っていきながら、皮肉にも生きていることを主張する痛覚を、歯を食いしばって耐え、胸を探った。血潮を流すはずのそこから、金属片を取り出す。その真ん中に、銃弾が食い込んでいた。 「…これは…」 ひしゃげた金属片で、元の姿を思い出すのに、数瞬かかった。 非常救命装置。 持ち主が最悪の事態に陥った場合、使用するものだった。そのため、一番重要な心臓の前に、それは収納される。 合点がいった。非常救命装置が壊れ、本部からの通信に応えられなかったのだろう。だから、俺はMIA…死んだものとされた。そして、だから、ここに独り取り残されている。 残された時間は少ない。今にも崩れ落ちそうな床は、先刻からずっと大きく揺れ続けている。 …さて。せっかく繋ぎとめた命。あっさりと手放す気はなかった。ザフト軍で鍛えられた精神は、そんなに諦めが良くない。 俺は、機械的にひとつずつ確認していった。 腕と手は、非常救命装置を手にしたときに、なんとか動いた。足も…、左太ももに鋭い痛みがあるが、なんとか動く。ラッキーなことに、右足は無事のようだった。問題は、臓器。胸や腹の感覚を探ってみるが、痛みはあるものの、致命傷は免れている気がした。その証拠に、出血はそれほどでもない。自分の倒れていた場所には、血の海がなかったからだ。 ゆっくりと起き上がってみる。腹の辺りに突き刺さるような激痛が走った。身体に埋まった弾丸が、あばらに擦れたのだろう。そのイメージだけでもぞっとしない。ギシギシと、油の切れた機械人形のように、ぎこちない動作。全身の激しい痛みに気を失いそうになる。 「うあぁぁぁ…っ!!」 せり上がってきた唸り声を、俺は我慢しなかった。…できなかった。どうせ、聞いている者なんていない。ここは死人の場所だ。 声を上げるのにも、痛みが伴う。が、声を上げる分、生きる気力が湧いてくるのは、本当だった。半分寝ながら聞いていた、アカデミーでの授業内容を思い出す。 …言葉にならない声を上げながら、…立てた。一歩、踏み出す。ツルハシで貫かれるような馬鹿げた痛みが響き、脳天まで直撃する。思考は全て激痛で埋め尽くされた。…だが、足は前にでた。 動ける。 その希望は、激しい全身の痛みを本能から遠ざけた。 脱出の方法を、めまぐるしく考える。民間の非常救命シャトルは無駄だ。この余命いくばくもないヘリオポリスでは、民間人は避難を終え、もう残っていないに違いない。…なら、この格納庫に設置されている、オーブ軍の非常救命シャトルは…。 潜入前に渡された施設の情報を、薄れていた記憶から引っ張り出す。 記憶を頼りに辺りを窺う。…あった。敵は全滅したのだろう。使用された形跡はなく、使用可能な青いランプがドアの隣のコンソールに点灯していた。 足を引きずりながら、痛みを引きずりながら、吹き出た脂汗を流し、恐ろしく気が遠くなるような歩みを進める。多分、辿り着いたら気を失う自信があった。それは、…まずい。今着用しているスーツは、ザフト軍の潜入用のもので、ご丁寧に防弾ジャケットまでついているものだ。 眉間に皺を刻みながら、スーツを脱ぎつつ、十数センチの小さな歩幅で歩みを進める。ロクに見る注意力さえ残っていなかったが、青いインナーは、血で赤黒く染まっていたようだ。 スーツを脱ぎ捨てる。非常救命シャトルのコンソールに手が届く。ボタンを押すと、ドアがスライドして開いた。十数人が座れるシートには、誰もおらず、一番手前側のシートに倒れこみ、日頃の訓練の賜物か、無意識にシートベルトを締めていた。そして、シートに備え付けられていたシャトル発射のボタンを押す。 ドアが閉まる音がした気がした。 その後の記憶はない。世界が沈黙すると同時に、視界も暗転した。 「…よく、生きてたな…」 事の顛末を聞き、ディアッカがぼそりと呟いた。サイも、こくりと頷き、同意する。 「運良く、セレベスの救命シャトルに拾われたからね。俺が乗った非常救命シャトルが、オーブ製だった所為もある」 セレベスも、オーブにとってのヘリオポリスのように、小さなコロニーを所有していた。そこへ搬送されたラスティは、意識のないまま救命措置を施されたらしい。 「まあ、でも、それなりに大変だったかな。体力回復させて状況探るまで、記憶喪失のフリしたりとかー…」 「ザフトに今更連絡もとれないってか」 「そうだね。内心複雑だったし?」 「…げ。もしかして、恨んでるとか」 「ご想像にお任せするよ」 ラスティが、ハンドルを握りながら、後部座席のディアッカに笑顔を見せる。さわやかに見えて、真っ白な笑顔には程遠かった。女難の卦がある元戦友を、多少の同情と共に思い浮かべたが、「まあ、あいつだからいいか」と、ディアッカはすぐに考えるのをやめる。 ラスティの運転する、ごく一般的な乗用車は、颯爽とセレベスの海岸線沿いの道を走っていく。陽はとうにとっぷり暮れて、闇に浮かんだ月と瞬く星が、ぼんやりとさざなみを浮かび上がらせていた。 「でも、まともな方法で連絡がとれなかったのは確かだよ。非常救命装置が壊れちゃったのに、生きてるなんて、今まで例がなかっただろうからね」 非常救命装置は、その名の通り、非常事態に最後の手段としてザフト本部に救援を求める装置だ。逆に言えば、ザフト本部から非常救命装置に信号を送り、反応がなければ、装置を持った人間が死んだことを意味する。 モビルスーツに乗っていれば、コックピットに装備されているものだ。 「あー、何か聞いたことあるな、ソレ。…あ、オレもそうだったからか」 「でも、俺の方が早い」 「そうね。ラスティに前例はなかったんだな。オレには前例、あったのかぁ…」 ディアッカが、さも残念そうに言う。 2人の様子は冗談のように軽いが、内容はとんでもないものだ。救援をまともに呼べない状態で、戦死寸前の目に遭った、ということ。普通の人間が、軽々しく話せる内容じゃない。 「でも、セレベスはその頃にはもう、コーディネーターを国民として認めない政策をとっていなかったっけ。大丈夫だったの?」 サイは、今までの話が何でもないように、さらりと問いを口にした。 こんなことでは、動揺しなくなっている。よくもまあ、肝が据わったもんだ、と他人事のように思う。 「だからさ。そこで、『記憶喪失』ってわけ」 「…単純」 「いいじゃない。通用したんだし」 「でも、なんでそれが『大統領直属』になるんだ?」 素朴な疑問だった。さすがにサイも想像がつかなかったらしく、首を傾げる。 「ハァ!?大統領直属!?なんだよ、それ」 「サイが『大統領秘書』で納得してないとは思ってたけどね。ま、それは、いろいろと、ね」 含みのある口調。あえて突っ込みたくない、黒い雰囲気があった。まっとうな理由じゃないと、ディアッカとサイはあたりをつけて、黙る。 触らぬ神に祟りなし。 「それにしても。サイは驚かないんだな。俺の正体を知っても」 「なんとなく、想像してた通りだったからね」 「はは。何の考えもなしに、疑いなく俺の偽名使った馬鹿もいたけどねぇ」 「…悪かったな。調べてみたら、ごく一般のセレベス人だったし、オレとデータは近いし、パスポート期限がありあまってるくせに、国外に出ることが殆どなかったから、丁度いいと思ったんだよ」 「そりゃあ、そのために、泳がせておいたデータだし」 「…は?」 鳩が豆鉄砲食らったような顔、というのは、こういうものを言うのだろう。ディアッカは、ぽかんと口を開けた。 「思った以上に食いつきが良かったよ。餌の」 要するに、ディアッカはラスティに一杯食わされたわけだ。そこそこデータを調査できる人間が見れば使いたくなる偽造の人間を、泳がせておく。そして、その存在しない偽造の人間が動きを見せたとき、到着先に赴けば全てが解決するというわけである。 苦虫を噛み潰した表情で、ディアッカがバックミラーに写ったラスティを恨めしそうに見た。涼しい顔で、ラスティは運転を続ける。 「でも、なんでサイは、俺のこと分かったんだ?」 「分かったっていうか…。なんかおかしいな、とは思ったよ」 助手席で顎に指をあて、サイは海岸を眺めていた視線を前方に戻した。 「名前がね。アークエンジェルとかドミニオンとか、天使の名前がついた戦艦がいた関係で、一度天使について調べたんだけど…」 サム・ルシフェルドという名。 「まず、『ルシフェルド』が聞き慣れない名前だな、って思って。それに、どうしても『ルシファー』…『ルシフェル』をイメージしちゃったんだよね。『ルシフェル』と言ったら、堕天使で、後に地獄の王『サタン』として恐れられる存在だ。で、『サム』の方は、『サマエル』という名前の堕天使がいて、その語源は『sam』、毒という意味だから。これだけ堕天使に所以のある名前も、珍しいというか、名づけたところに意図が感じられるというか、ね」 にやーっ、という嫌味な笑みを、ラスティは口の端に浮かべた。もちろん、それは後部座席に座るうっかり者に向けてのもの。 「しかも、堕天使っていうのは、天界から堕ちた天使のことだし。『天地』を語るとき、基本的に『地』は地球を意味するから、『天』の『天界』はプラントを意味するのかな、って思って。堕天使は、自らを陥れた天界というプラントに憎悪する。それなら、『サム・ルシフェルド』は、プラント出身で、地球に降りたコーディネーターじゃないか、ってね」 良くもまあ、そこまで考えていたもんだ、と感心しながら聞き耳を立てていると、バックミラー越しにラスティの視線を感じる。ディアッカが気づいたのを見計らったのか、ラスティが人差し指でこめかみをつんつんと指し示した。 「せっかくコーディネーターに生まれて、いい頭脳持ってるんだからさ。使えよ〜?」 「悪かったな!」 まったく。相変わらずラスティは変わらない。 ヘリオポリス潜入の頃、ラスティはディアッカ、アスラン、イザーク、二コルの赤の面々を率いるリーダーだった。明るく柔軟な人当たりと、的確なリーダーシップで信頼は厚く、礼儀にうるさいニコルでさえ、全信頼を置いていたものだ。あのイザークも、ラスティの言葉には素直に耳を傾けていたんだから、天変地異の前触れというものは、そのへんからあったのかもしれない。 対して、ディアッカはというと。いけ好かない奴だ、というのが印象だった。その頃は、イザークもラスティに懐いているというか、手懐けられていたので、アスランともニコルともそりが合わなかったディアッカは、隊で孤立していた。もちろん、自分のペースを乱されるのは大嫌いだったから、ラスティに合わせる、なんて死んでも御免だった。 そんなディアッカを知ってか知らずか、ラスティのディアッカへの態度は、嫌味ったらしいというか、からかうというか。そういった真っ直ぐでない、少々曲がったものになっていく。ディアッカもディアッカで、普段なら相手にしないはずが、ラスティにからかわれるといつの間にか反応していた。今考えれば、それは孤立しがちなディアッカを、自然、輪に入れいていたのかもしれない。 まあ、ラスティとしては、いじりがいのあるディアッカをそれなりに気に入っていたのだが。それはまた別の話。 「サイが考え過ぎなんだよ。オレは普通」 実際、『サム・ルシフェルド』を調べ上げる時点で普通ではないのだが、言いたいことはそれではなかった。コーディネーターであり、元赤のエースパイロットでもあったディアッカより、サイの方が深く推察していたことが、実はとんでもない事実だと、そうディアッカは言いたかったのである。 「そうかな。好きで調べただけなんだけど」 「どうかと思うぜ、その勉強好き過ぎなとこ」 うんざり、という表情で、ディアッカは突っ込む。やっかみでも、嫌味でもない。本当に凄い、ということを、皮肉っただけだ。勉強嫌い…というか努力嫌いなディアッカは、コーディネーターでなければ、相当の落ちこぼれだったんじゃなかろうか、と最近サイを見ていて思う。 全く自覚のないまま小首を傾げたサイを斜め見て、ディアッカは深いため息を吐いた。 「で?どこに行くわけ?」 「どうせ、宿も決めてなかったんだろ?俺の家に案内するよ」 「はぁ?おまえん家に、男3人でザコ寝かよ。むさくるしいにも程があるんじゃないの?」 「残念ながら。一人一部屋で、ちゃんとベッドも装備されてるよ。一流ホテルには劣るけどね。サイにはセントラル空港近くのホテルを予約してあったんだけど。こうなったら、うちに来てもらった方が、話が早いしね」 「いつのまに、んな豪邸に住むようになったんだよ」 「豪邸っていうか、…まあ、広いところではあるよ」 言葉を濁したラスティに、サイは小さく頷いた。サイは、その短い説明で、何か勘付いたらしい。分からぬのはまた、ディアッカだけだった。 「…なんだよ」 ぽつりと出た呟きに、ラスティが気づいて大笑いする。ツボに入ったらしく、涙を浮かべ、しばらく車内には笑い声がこだました。 まったく、ディアッカにとって腹立たしい夜。そして、久しぶりに思いのまま言いたいことを言えた夜。 まるでディアッカの今の心境のように、車は空を飛ぶように。海岸沿いの道を走り抜けていった。 「ディアッカって、結構わがままだよね」 「は?」 どこかの施設らしい建物で降ろされ、ラスティにここで待っているよう指示されると、おもむろにサイがそう切り出した。 ディアッカはすでに金髪に戻っている。「いい加減、その紛らわしい格好やめない?」と、ラスティが嫌そうに言ったからだ。暑苦しい黒髪のウィッグを取り、黒いコンタクトを外す。サイがこっそりとほっと息をついたから、普段と違う外見は思いのほか気になるようだった。 「だってさ、ラスティにライバル意識を持っているのに、面倒事は引き受けたくないところとか。リーダーのように注目されたいけど、リーダーにはなりたくなかったんだよね。そこに、リーダーに相応しいラスティがいて、嫉妬してるというか」 「うぐ」 ディアッカは思わず詰まった。 「かまってもらいたいけど、下手に出るのが嫌だから興味のないふりをするというか。なんていうのかな、親子に見える」 「あんな親いてたまるかっつーの!しかも、ふたつしか歳が違わないんだぜ!?」 「でも、そう見えるんだから仕方ないじゃない。いちいち子供っぽいんだよね。ラスティが大人っぽいというか。…ああ、そうか。そういう人が、ラスティ以外にディアッカの周りにいなかったんだな」 サイは、イザークやアスランを頭に思い浮かべる。悪いが、彼らを「落ち着いた大人」と呼べるほど、こちらも人間ができちゃいなかった。 「いい大人なんだから、『ないものねだり』も大概にした方がいいと思うよ?」 「大きなお世話だっつーの!」 痛いところを突かれて、ディアッカは声を上げた。地団太を踏みたくなったが、これ以上醜態は見せられないので、必死にその衝動を堪える。 …本当に。 言いたいことを吐き出せるのは、久しぶりだ。自分の思いを言い当てられるのも。相手の言葉を疑わず受け入れられるのも。素のままの自分でいられるのも。 …ほっとした。 ふと、ディアッカは表情を緩める。困ったような、面映いような、ぎこちない笑みを、その顔に浮かべた。 「…久しぶりだな」 「そうかな?…そうかもね」 サイは、やわらかく笑う。 …なぜだろう。その笑顔で、なぜだかディアッカは泣きたくなった。胸が熱い。サイの顔をまともに見ていられなくて、思わず顔を伏せる。 「プラントは、…思ったより状況が悪化してるみたいだね。近いうちに話を聞こうと思ってたんだけど」 「…ああ、そうだな」 「もっと早くに聞けば良かったかな」 「そんなこと…!」 最後まで言葉は続かなかった。顔を上げて目の合ったサイの表情は、優しく、それでいて申し訳なさそうだったから。 …ヤバイ。 ディアッカは、無言のままサイの肩に額を乗せた。 「…わりぃ。今、まともに状況説明できそうにないわ、オレ」 「言いたい時、言える時で構わないよ」 「…笑えるくらい、ひとりだったから」 「そっか」 その一言で、何を理解できたというのだろう。 「つらかったんだね」 でも、なぜ、一番欲しかった言葉が返ってくるのか。 その言葉で、初めて自分が辛かったのだと自覚した。 ああ、本当に、ヤバイ。 「…わりぃ、もう少しこのままでいてもいいか?」 何を今更、という沈黙が返って来た。何より心強い存在。額が触れたサイの肩は、温かかった。 久しぶりに、目頭に熱いものがこみ上げそうになって、慌てて誤魔化すように口を動かす。 「だっせえな、オレ」 「やることはやったんだろ?なら、いいじゃない」 「そんなことはないよ」という、否定の言葉は紡がれなかった。言葉にすることさえ、情けなさに上塗りするような気がしたから。 その思いやりが嬉しかった。暗に、労いの言葉をかけてくれることが、この上なく嬉しかった。 「ディアッカがプラントにいてくれて、良かったよ」 貴方を誇りに思う。 大切な人達を想い、彼らの掲げた目標のため、自らの信念を貫いた。 たとえ、その場に独りきりでも。 「泣かせるなよ」 言葉とは裏腹に、弱々しい声。 「別に、俺は構わないけど?」 はは、とディアッカは弱く笑う。冗談ではなく、溢れてきそうな気持ちがおさまるまでは、しばらくサイの肩を借りることになりそうだった。 to be continued |
忘れ去られそうだった主人公、やっとこさ再登場。 彼の正体は、彼で。 ずっと描きたかったキャラでした。 相変わらず、ドリームマッチ開催中。 |
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